アップルが仕掛けた、MacOS/iOS普及戦略「Swift Playgrounds」の思惑

2017年5月10日
TEXT:大谷和利(テクノロジーライター、AssistOnアドバイザー)

▷「Swift Playgrounds」に込められたアップルの狙い

STEM/STEAM教育におけるプログラミング学習に対する、アップルの回答ともいうべきiPadアプリに「Swift Playgrounds」がある。

プロのプログラマが実際のアプリ開発に用いているSwiftを、子供にもわかりやすく解説を加えながら、パズルを解くように学んでいけるこのアプリは、各方面から高い評価を受け、iPadを教育市場に浸透させていく上での大きな力になっている。

アップルは公式にはこのアプリについて、あくまでも、これからのベーシックなスキルとなる「プログラミングの基本的な知識」を身につけてもらうためのツールであると位置付けており、子供たちをMacOSやiOSのプログラマ予備軍として育てる意図はないという(ちなみに、Swift自体はオープンソース化されており、アップル固有の言語ではなくなっている)。

また、このアプリによってSwift自体をプロモートするつもりもなく、これでプログラミングを学んだからといって、最終的に自分で使う言語は自由に選んでもらって構わないというスタンスだ。

こうしたアップルの姿勢は確かに正論であり、プログラミング教育の本質がアルゴリズムという概念の理解と応用にあることを考えれば、コードを書くための言語がツールによって規定されないことが理想となる。実態においても、例えばある外国語を習得すると、同じ系統の他の言語の習得も容易になる傾向があるように、Swiftをマスターすれば同じようなプログラミング言語を学ぶ上での障壁は低くなるだろう。

ただ、現実には、たとえそれがグラフィカルなコマンドブロックを並べるようなコーディング手法であったとしても、特定のルールや文法に基づくプログラミング言語を用いなければ現実に機能するプログラムを構築することができない以上、ツールと言語を切り離して考えることは難しい。ましてや「Swift Playgrounds」における学習アプローチは、テキストベースの言語をそのまま操作するものだ。結果として、多くのユーザーがSwiftに安住する可能性は高い。

そのような前提のもとに考えると、建前はどうあれアップルが「Swift Playgrounds」によって、iPadはもちろん、Swiftの普及を期待していると思われる。だからこそ、GUIやグラフィカルなアプリの在り方を推進してきたアップルでありながら「Swift Playgrounds」ではアイコン的なブロックベースの言語などは使わず、現実のアプリ開発に直結したテキストベースのSwiftをそのまま利用しているのだ。

やはり、「Swift Playgrounds」は将来的にMacOSやiOSのデベロッパーとなりうる人材を育成するためのトロイの木馬的存在であることは明らかであろう。


▷これからの「Swift Playgrounds」に期待されるもの

現在公開されている「Swift Playgrounds」のターゲット層は12歳以上、つまり中学生よりも上となっており、iBooks形式で提供される教師向けのガイドブックにも「このガイドは、中学生以上を対象とした授業を想定しています」と書かれている。

だが、「Swift Playgrounds(特に初期のレッスンコンテンツ)」は、それ以下の子どもでも十分楽しみながら学べる作りとなっており、事実、アップル自身も発表の場(WWDC 2016)で、"Swift Playgrounds trasform how kids learn to code"(Swift Playgroundsは、子どもたちのコーディング学習を変える)と表現した。

マーケティング業界の通例として、“kids”とは、1960年代には2~11歳を、ターゲットの細分化が進んだ現在では6~8歳を意味する。アップルの発言を素直にとらえれば「Swift Playgrounds」の対象年齢層には小学生も十分に含まれているのだ。

「Swift Playgrounds」でのプログラミング学習

日本においても、iPadがあれば小学生から学ばせたいと思う親や教師は十分に居るだろう。しかし、その際にネックとなるのが「Swift Playgrounds」の日本語版で使われている漢字である(コマンド自体が英単語ベースなのは、さほど問題にはならないと考える)。そこには学年によってはまだ学んでいない漢字が含まれており、フリガナもないため、子どもが自習的に使おうとしても説明を読めない可能性がでてきてしまうのだ。

そこで、是非とも「Swift Playgrounds」の低年齢層への対応を提言したい。そもそも、インタラクティブなアプリなのだから、学年別の漢字かな設定が選べるようにすることも簡単なはずだ。実際に、サードパーティ製のコミュニケーション支援ツールであるUDトークでは、そうした機能が実装されている。

もし同様の機能が「Swift Playgrounds」にも備われば、より多くの人々にコーディングの機会を与えるというアップルの目標とも合致することになり、アプリの普及にもさらに弾みがつくはずだ。アップルがSwiftの普及を目指しているのであれば「Swift Playgrounds」の小学生対応の推進を切に希望する。


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[筆者プロフィール]
大谷 和利(おおたに かずとし) ●テクノロジーライター、AssistOnアドバイザー
アップル製品を中心とするデジタル製品、デザイン、自転車などの分野で執筆活動を続ける。近著に『iPodをつくった男 スティーブ・ ジョブズの現場介入型ビジネス』『iPhoneをつくった会社 ケータイ業界を揺るがすアップル社の企業文化』(以上、アスキー新書)、 『Macintosh名機図鑑』(エイ出版社)、『成功する会社はなぜ「写真」を大事にするのか』(講談社現代ビジネス刊)。
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