ジョブズのCEO辞任はAppleにとって最良の選択肢
ジョブズのCEO辞任はAppleにとって最良の選択肢
2011年09月08日
TEXT:大谷和利(テクノロジーライター、原宿AssistOnアドバイザー)
スティーブ・ジョブズのApple社CEO職辞任から2週間ほどが過ぎ、世界は、それ以前と変わらずに回っている。まさに、そのことこそが、華々しいセレモニーなどもなく1通の公開メッセージのみで会長職に退いたジョブズの望んだことであり、世間や業界には一時的な白波が立ったものの、今は再び普段の穏やかさを取り戻した。
考えてみれば、新CEOのティム・クックが会社の実務の陣頭指揮にあたり、重要な決定事項についてのみジョブズも関わるという現体制は、過去のジョブズの病気療養時と大きな違いがない。過去の実績があることで、Apple社の取締役会はもとより、アナリストや投資家、そして情報通のユーザーにいたるまで、少なくとも今後数年に渡る同社の運営に過度の不安を抱かずに済んだといえる。
たとえば、MacのIntel化の発表を行った際に、ジョブズは最初のバージョンのときからMac OS Xはシークレットライフを送ってきたことを明らかにした。すなわち、Mac OS Xには、最初からPowerPC版とインテル版が存在し、実際にリリースされていたのは前者だが、実はいつでも後者に切り替えられるように周到な準備がなされてきたというのである。
ジョブズのCEO辞任のニュースを耳にして筆者の頭に浮かんだのは、ひょっとしてApple社のオペレーションに関しても、これと同じことが行われていたのではないかとの考えだ。つまり、クックが社内的にCEOの代理を務めていたのは、ジョブズの入院期間中のみならず、実質的にはその後もずっとそうだった可能性もあるということ。
もちろんこれは大胆な憶測に過ぎないが、世間を欺くのが得意なApple社ゆえに、もしそれが真実だったとしても、個人的にはまったく驚かないだろう。
いずれにしても、今秋Apple社はiPod、iPhone 4S/5(+iOS 5+iCloud)、そしてもしかすると新セグメントのMac製品と、最大3つの大きな発表を控えている。たぶん、クックは、最盛期のジョブズのような、ステージ上のほぼすべての進行を仕切る形式ではなく、最近のアップル製品発表イベントに多く見られた、要所のみに登場して中核部分は個々の担当者に任せる分担制のプレゼンテーションスタイルを採用するだろう。
しかし、そうした大きな舞台をこなすことによって新体制を世界に印象づけることができる機会が頻繁にあるわけではなく、Apple社の将来を誰もよりも考えているジョブズにとっても、ベストな引き際だったといえる。
そして、世間的にはジョブズをしのぐ人物は二度と出てこないという認識で一致しているが、彼のCEO辞任こそは、逆説的にそうした人材が登場してApple社を指揮できる下地をつくるための唯一の方法だった。
ジョブズはスタンフォード大学における有名なスピーチの中で、卒業生たちにこう語りかけた。
「誰も死にたくはありません。天国に行きたいと願う人ですら、できれば死を経ずにたどり着きたいと思っているでしょう。にも関わらず、死はすべての人に訪れますし、誰も逃れることはできません。
けれども、そうあるべきなのです。なぜなら、死こそは、生きとし生けるものにとって最良の発明だからです。死は、変革者だといえます。死だけが古き者を排除し、新しき存在に道を与えてくれるのです」。
その意味で、あえて筆者は、スティーブ・ジョブズのCEO辞任がApple社にとっての最良の選択肢だったと考えるようになったである。
スティーブ・ジョブズ
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[筆者プロフィール]
おおたに・かずとし●テクノロジーライター、原宿AssistOn(http://www.assiston.co.jp/) アドバイザー。アップル製品を中心とするデジタル製品、デザイン、自転車などの分野で執筆活動を続ける。近著に『iPodをつくった男 スティーブ・ ジョブズの現場介入型ビジネス』『iPhoneをつくった会社 ケータイ業界を揺るがすアップル社の企業文化』(以上、アスキー新書)、 『Macintosh名機図鑑』(エイ出版社)。