紀里谷和明氏のWebマガジン『PASSENGER』に見るオウンドメディアの役割(後編) | デザインってオモシロイ -MdN Design Interactive-

紀里谷和明氏のWebマガジン『PASSENGER』に見るオウンドメディアの役割(後編)

2019.11.13 WED

 スポットインタビュー 
紀里谷和明氏のWebマガジン『PASSENGER』に見る
オウンドメディアの役割(後編)


この春、映画監督の紀里谷和明氏が立ち上げたオウンドメディア『PASSENGER』。紀里谷氏みずからが“実験室”と語る『PASSENGER』は、異国の風景スナップから、女優をモデルとした撮り下ろしの刺激的な写真、撮影現場の模様を伝える動画、エッセイなどのさまざまなコンテンツが登場する。今回は紀里谷氏本人と制作を支えるクリエイティブディレクターの引地耕太氏のおふたりに、制作の裏側についてうかがった。

>>> 前編:『PASSENGER』創刊への想い

『PASSENGER』とは

映画監督の紀里谷和明氏が立ち上げた、月額課金制のオウンドメディア(月額864円 ※税込/2014年6月時点)。創刊に向けて紀里谷氏は「購読者という立場から紀里谷和明を監視し、半熟の作品もおもしろがってつくらせるパトロンになっていただきたい」と語っており、その言葉どおり、紀里谷氏の創作活動を「いつ・どこで」行われたものかがわかる状態で、読者は見ることができるようになっている。
Webサイト:http://passenger.co.jp/



 Interview 

『PASSENGER』へのこだわり


引地耕太氏
引地耕太氏
――『PASSENGER』の開発段階で、いちばんこだわったところはどこにありますか。

引地●まず最初に紀里谷さんから「縦にスクロールさせるのではなく、横にスワイプする形で見せていきたい」という話がありまして……そこはかなりたいへんな部分ではありました。エンジニアから何度も「縦ではダメですか?」と聞かれましたし(笑)。

紀里谷●横スクロールのほうが飛躍的に難しいわけですけれど、これは結局のところ、「本をめくるように見てもらいたい」という僕のロマンチシズムがそうさせてるわけなんですよ。たしかにインターネットで情報を読むには縦なのかもしれないんだけど、やっぱり写真は縦だと厳しいというのがね……僕の考え方が古いのかもしれないんだけど(笑)、そこはこだわったんです。人はそれをアナログと呼ぶのかもしれないですが。

引地●横スクロールについての紀里谷さんの思いを最初に僕が聞いた時に思ったのは――これは僕の印象なんですけども、雑誌や書籍などの紙メディアがもっていたシズル感みたいなものが、Webメディアには欠如しているのかなとつねづね感じていて。iPadのデジタル雑誌やアプリなどで、いちおうそれを実現しようとしてはいるんだけれども、更新頻度の高いオウンドメディアでやるには敷居が高く、とはいえ毎回ダウンロードさせるのは現実的ではないと思っていました。 実際のところ、横スクロールに関しては、かなりエンジニアとのやりとりがありました。すべてのデバイスできちんと見えるところを重要視していたので、iPhoneの縦横、iPadの縦横、PC、一応27インチのディスプレイにも対応して、どのデバイスでもちゃんと見えるようにしたいと。そうするとウインドウサイズが変わっていくので、ページ数も変わるわけじゃないですか。ページ数が変わるというところの計算の部分、そこがかなりたいへんでした。特に文字要素に関しては、かなり長い文章になってくるとあふれてしまう……iPhoneだと10ページだけど、PCだと1ページだとか、それを毎回デバイスのサイズによって計算しなくてはならないところがありまして。検証を何パターンも行って、かつコードレベルでも見直しつつ詰めていったという感じですね。

コンテンツに合わせて用意された多彩なテンプレート。PC版とスマートフォン版それぞれのレイアウトが用意されている
コンテンツに合わせて用意された多彩なテンプレート。PC版とスマートフォン版それぞれのレイアウトが用意されている(クリックで拡大)
――WordPressでつくったとは見えない、グラフィカルなつくりの『PASSENGER』ですが、重要視したデバイスというのは、やはりiPhoneでしょうか?

引地●iPhone、iPadがメインです。システム的なところでは、スタッフが更新するということと費用的な面で、「WordPress」は絶対に外せませんでしたね。そこにレスポンシブWebデザインを組み込む形で実現しました。結果的に、紀里谷さんのようなWeb専門ではない人が、「横スクロールでないとダメだ」と強く信念を曲げないことが、重要なことだったのではないかと感じています。

紀里谷●結局、僕が戦っていることは「思考停止」なんですよ。振り返ってみれば、いちばん最初に僕がPhotoshopを日本のコマーシャルフォトの世界に持ち込んだとき、みんなから「どんなことができるんですか?」という話よりも前に「コンピュータで写真をやるってどういうこと? 意味がわからない」みたいな話が多かった。で、説明して実際にやってみせると、聞こえてくるのは「邪道だ」みたいなことだった。今では信じられないことだけれど。そのときの反応と、その「縦スクロールじゃないと、ちょっと……」という反応は、僕にとってはまるっきり同じことなんですよね。両方とも思考停止しちゃってるわけで、違う考え方があるということを見ていない。別にデジタルがいいとか、アナログがいいとかの話じゃないんですよ。

紀里谷和明氏
紀里谷和明氏
――Photoshopは、今や制作現場には欠かせない存在になっていますね。

紀里谷●今度はデジタル信仰がとんでもないことになってるわけです。最近の広告写真を見ていると、どの女優さんの肌の質感も、同じ質感のツルツルさ加減。ああやって肌をツルツルにする手法も、僕は自分で編み出したんですよ。それで、今なにが起こっているかというと……結局のところ、絵コンテがそのまま撮影されなくてはいけない事態になっている。たとえば女優さんを使う場合、女優さんの既存の写真を絵コンテにはめこんで、そのとおりに撮影して、それを延々とレタッチ加工していく……これはクリエイティブの話ではなくて、逸脱してはいけないというような、非常にネガティブな使い方でPhotoshopが使われているということなんです。僕はこんなことのためにデジタルを広めようと思ったんじゃない、という気持ちがすごくあります。だから今、レタッチはなるべくしないんですよ。しないでそのまま出しちゃうと怒られちゃったりするわけですけど、それはその昔、「映像はデジタルじゃなくてフィルムじゃないとダメだ」って言われた感触とまったく同じことなんです。枠の中に入るために加工してるわけですよね。それは、なんとなく“あると思い込んでいる”枠です。それを越えていく人間と、越えない人間と2種類いて、僕はそれを越える人間が、ほんとうにものづくりをやっている人たちだと思っています。


(取材・文:草野恵子、撮影:片桐圭)


>>> 前編:『PASSENGER』創刊への想い

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