たとえば「携帯電話だけどPC?」「PCだけど携帯?」「Webマシン?」「いやいや、大人の玩具?」……などなど、多種多様な意見が飛び交う中、今回の座談会では日本でいち早くiPhone専用サイトを作ったチームに登場していただきました。ミュージシャン・佐野元春さんのオフィシャル・ファンサイト 「MWS(Moto's Web Server)」を運営している3名のスタッフは、それぞれコアなiPhoneユーザーです。
今後、グラフィックデザインという分野がどのようにコミットしていくのか、それは未知ですが、まず「情報をいかにデザインしていくか?」──そのことの重 要性を語ってもらいましょう。ユーザーの方も未ユーザーも一緒に、新しいデバイスとしてのiPhoneを考えてみませんか?
特別座談会パート2をお送りしましょう。
中:アルバム収録曲の全曲視聴が可能な「音楽カテゴリー」は、MWS13年の経験と蓄積があったからこそ
右:各アルバムごとに、全曲視聴、解説と本人ノートが掲載されている
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[プロフィール] |
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宮田正秀(MWS Web Master/株式会社関心空間 代表取締役社長)●90年代よりマルチメディア作品からWebのプロデュースまで幅広く活動。QuickTimeVR等、最新のインタラクティブ技術の導入・普及に意欲的に取り組む。2000年からMWSの2代目Web Masterを務め、チームと共にオフィシャルサイト、オンライン・ファンクラブ、FM番組サイト等を構築・運営。2001年に関心空間をMWSのコミュニティ「カフェ・ボヘミア」にいち早く導入、以後、最新の「旅達空間」まで数々のサービスの企画・構築・運営に携わる。みゃ〜太の関心空間 |
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バスケ(MWS プログラマ/株式会社関心空間 取締役CTO)●Macとネットのプログラマ。仕事の範囲は広く、古くはQuickTimeのコンポーネントやHyperCard、4th Dimension、FileMakerの外部ルーチンなどを作成。2001年からクチコミサイトの関心空間に従事。2004年、WWDCにおいてDashboard Widgetコンテスト準優勝。バスケの関心空間 |
第2話 iPhoneから始まる未来
SDK入手で、すべてが動き出した
13年間の活動が根底に
今井●iPhoneって、iPod機能やYouTubeなど、音楽や映像にどこからでもすぐにアクセスしたいという想いを容易に実現してくれるデバイスですよね。だから今回のMWS専用サイトを作るときも、そこはすごく意識しました。移植するコンテンツを決めるときも、とりあえずいつどこからでもアクセスできて、価値のあるものといえば楽曲データベースと全曲視聴だろうと。
宮田●試聴体験はぜひとも盛り込みたかった機能で、今井さんが奮闘してくれました。
今井●楽曲試聴のシステムは、ゼロからきちんと作りました。YouTubeはリンクするだけでビューワーが起動するので、既存のDaisyMusic on YouTubeへリンクしてあげればいいだろうと考えた。それよりも、好きな曲をどれでも探せて、いつでも試聴できて、気に入れば「iTunes Wi-Fi Store」で買えるところまでがひとつの体験。それは新しいユーザー体験だと思うんです。そこは念頭にありました。
宮田●僕はできたものを見て「これは秀逸だな」と感じました。さらに下のメニューでのコンテンツの切替も。今後も増やせるし、iPhoneらしい配置ですし。
──他に全アルバムというサイトはないですよね。
宮田●MWSで元々、QuickTimeプラグインでMP3全部視聴できるという一定のフレームは作ってあったので、ファイルは用意があったんです。
今井●文字情報のデータもMWSの13年の蓄積が完璧にある。だから、あとはiPhone上で展開させればいいだろうと。
宮田●ただ、全部「エイヤ!」と人力で作ったというのはすごいね。
今井●13年前からのコンテンツなので情報はHTMLにベタ打ちでしたから、今回新たにXMLへデータ化して、それを読み込むという、まあRSSリーダの仕組みと一緒ですね。ただ今までXMLにしていなかったので、MWSスタッフのみんなに協力をあおいで「XML化お願い!」と言ったら、昔からずっと一緒にやっているスタッフが次の日に速攻で仕上げてくれた。初期のMWSのスピード感は13年経ってもそのままでした。
おすすめアプリケーションは?
──ところでみなさん、アプリはどのぐらい入れていますか?
今井●僕は4ページ分ですね。
バスケ●僕はアプリの開発をやっていたから、入れられなかったんです。入れると自分のソフトを入れるのに10分ぐらいかかってしまう。OSが2.1になってから解消されたので、ようやく猿のように入れてますが(笑)。
──App Storeって、大人のガチャガチャですよね。当たりかハズレかって。
今井●確かに。大体、アプリひとつ100円〜200円で。有料ハズレをたくさん引きましたよ(笑)。
──これはすごいというアプリありました?
バスケ●僕は『Dimensions』ですね。物差しツールがたくさん入っていて、いろいろなところの距離を測れる。メジャーを使って、このようにドラッグを見せたものって今までなかった。この感覚、かなりグッときましたね。じゃあ何に使うかって、いまのところないんですけど(笑)。でも、ヒマがあると立ち上げて、身の回りのものを測ってて。
宮田●僕はiPhoneのGPS機能がどれくらいかと思って『iTrail』を試しています。いままでのGPSのものでもあるけれど、自分の移動経路を記録できて、速度グラフとか高低を残せる。車の運転するときですが、iPhoneを助手席に転がして、ずっとオンにしておくと、東京でも結構標高差があるな……とか発見があります。あとGoogle Map上に書き出しできる。精度の問題はあるかも知れませんが、いろいろな活用を考えたいですね。自転車に乗る人とか、特にいいんですよね。
今井●僕は『Simplify Media』。これが最高です。iPhoneの容量が16GBでもアレやコレや入れられないですよね。ある曲を聴きたいと思っても、iPhoneに入ってない場合が多々ある。でも家には100GBのライブラリがあって、そこには入っているというとき、3Gのネット経由で自宅のiTunesに繋いで、そこにある全部の曲が聴けるんです。
──要するに、母艦と同期できると。
今井●同期というか、その都度引っ張ってこれる。まあ、ストリーミングですね。
バスケ●3Gでも十分な速度だよね。SoftBankが心配するぐらい帯域が(笑)。
左:Dimensions/物差し、メジャー、ノギスなど7つのツールを使って、身近な距離を測るという役立ち系アプリ。まあ、少しは誤差があるでしょうが、なんでも長さを測ってしまいたいクスグリモノだ
中:iTrail/ウォーキング、ジョギング、サイクリングなど、移動系スポーツに最適なGPSソフト。移動距離、速度、高低など、目的に応じて測度を記録。PCへのデータ移植も可能だ。ちなみに、すでに自転車用マウントがあるのはびっくり
右:Simplify Media/今井さんが語るようにiPod機能を多用するような音楽マニアなら、このアプリ機能は神。たった16GB一台で、推定30000曲がどこでも聴けるスゴ技
アレも作れる、コレも作れる……のジレンマ
──バスケさん、いま実際にアプリを開発中だそうで。
バスケ●やっています。まだ公開に至ってないのですが『駅ベル』というのを作ってまして。要は乗り越しを防止しようと。GPSを使って、登録した駅の近くになるとブルルと鳴る。地下鉄に入っちゃうとダメですが(笑)。
今井●それ、早く欲しいんですよ。
──こんなものが欲しいとか、あります?
バスケ●自分で作っているからこそ、たとえばGPSの精度を検証するために、いろいろな場所に行ってプログラミングしているんです。せっかく機体が震える機能があるなら、いろいろ発展していけるだろうと……。で、アプリが完成しないというジレンマに陥っている(笑)。自分で作っていると、アレも作れる、コレも作れると幅が広がりますね。
宮田●あと最初、動作モードで「タテとヨコでモードを替えたい」とも話してて。麻雀で本体を倒したら「ロン!」とか(笑)
バスケ●僕、メモ書きソフトも作ろうとしているので、ブラウズと“書く”を明確に分けたいんです。機体をタテにしているとViewで、ヨコに傾けるとWrite……ヨコにしたときに書き始められて、タテにしたら終わる、と。そういうのが明確なアクションとして、僕らの発想としてひとつ選択肢が増えたわけじゃないですか。例えばパレットを出すとき、前に傾けたら下から出てきて、元に戻したら仕舞うとか……。
──タテヨコの動作って、いまゲームじゃないとあまり活かされてませんね。
宮田●ゲーム畑の人は、そっちに頭をずっと使ってきたわけですから。ツールアプリのプログラマがこれから発想したら大いに飛躍する。
バスケ●これはゲームじゃないと手に入らなかった感覚ですからね。
──最新の話題としてはブライアン・イーノによる『Bloom』が出ましたね。
今井●iPhoneはミュージシャンにとっても、ひとつの指標じゃないかな。トッド・ラングレンとか、何をやってくれるだろうって期待しますよね。
──じゃあ「佐野さんも何を?」という話になりますよね?
今井●ええ。だから僕が欲しいアプリは、ぜひ佐野さんと作りたいと個人的には思っているんです。『エレクトリック・ガーデン』的な何かとか……。まあ、新しい表現デバイスが出る度に『エレクトリック・ガーデン』を……と思ってしまうわけですが。
宮田●昨日ふと思ったのですが……佐野さんも『僕は愚かな人類の子供だった』をCD-ROM化したり、僕もCD-ROMをたくさん作ってきた。でも、もうMac OS9のマシンを捨てると二度と見れなくなるんだって気づいて。WindowsもXPじゃもうダメで、95や98は残してないし。かたやGoogleは10周年を盛大に記念したでしょ?
──今年のネット界における、ひとつのニュースでしたね。
宮田●「続けて残る」ということで「逆転したな」と思いました。形あるものよりもWebのほうが寿命長いんですよ。すると、今後デジタルな作品を作るチャンスがあったら、どっちがいいかな……とも思う。もちろん、手に取れる書籍やCD/DVDなどのパッケージの意義は変わらないにしても、デジタルなものはネットにあるもののほうが寿命長い。そう考えると、今後iPhoneでやりたいことがどんどん増えるでしょうね。
左:ELECTRIC GARDEN/1985年、カセットテープ+ブックという形態で発刊された、佐野氏のポエトリ−・チャンレンジ第一弾。サウンド+テクスト+ビジュアルと三位一体の、当時斬新な表現スタイルを提示した。その後、継続してポエトリーへの取り組みが行われたが、この『エレクトリック・ガーデン』は新たなデバイス・フォームを利用した新シリーズが待たれる
右:Bloom/ブライアン・イーノが開発に名を連ねたアンビエント・サウンド&ビジュアル・アプリ
MWS meets iPhone の先
──今後、MWSで「こんなことをやりたい」は?
今井●ふたつの方向性があって、いまはMWS本家と分けた形のページを用意していますが、完全に統合してしまう可能性もありますし、一方ではiPhoneネイティブなものに突き詰めていく方向もあるでしょう。今後サイトの内部構造を大幅に刷新するというアイデアもあるので、そのときにいろいろ考えていきたいですね。
バスケ●iPhoneをはじめに……と考えて、Webで見せる時はもっとゆったりで。そのほうがページの作りは楽になる。
──もう発想自体、iPhoneを前提にしたパラダイムシフトが起きているんですね。
バスケ●ええ。情報が集中している状態で「ココにある」という考えは変わらない。じゃあ情報を3列で見せようか……とか。
今井●そうですね。最近のWebは900ピクセルの幅で3カラムにしたとき、1ページ内の情報をどう整理するかを考えると、実は結構難しい。どうしてもリッチというか情報過多になっていく。でも、1ページ内で本質的に見せたいのはココだというのは変わらない。だからWebページを作る時も、まずはiPhoneで情報が伝わるのが前提で設計しているというのは理にかなっていますよ。
宮田●ナビゲーションとコンテンツがきちんと、これだと分離されるわけですからね。
──もはや「携帯電話」という言い方が合っているのでしょうか?
宮田●うーん。ケータイ業界では「絵文字の入れ方ひとつで集客力が変わる」とか言われて、なんだかなーって(笑)。それは年齢層のこともあるし、日本の文化ってこともある。でも30アッパーの人やビジネスの世界にいる人に用が足りていたか、よかったかと言えば、iPhoneのほうに需要があるのは間違いないですから。
今井●iPhoneを前提として、iPhone発のサービスを作る。MWSはビジネスとして稼ぐのではなく、ファンにどう楽しんでもらうかが大事ですから。
宮田●ガジェットとして見たときのファンという部分、使いやすくてナビゲーションできるというところ、あとライブで盛り上がれる体験──そういうものを届けたいっていうのが、直近の目標ですね。
今井●iPodも最初はアップル・マニア向けのガジェットだと揶揄されていたのが、いつしか世界が変わり、音楽業界も変えてしまった。MWSも早いタイミングからiTunes Storeにコミットしました。iPodのようなことがiPhoneでまた起きて、音楽への接し方がさらに変化を起こすような気がしています。
──他のアーティストでこういうことやっているのって……
今井●聞いたことないですよね。Webサイトを作るという意識がMWSと違うのでしょう。佐野さんと一緒に、1995年からWebに取り組んできたという歴史があるからこそで、培ってきた13年の重みはありますから。
宮田●最初にチャレンジした重みに応えるべく、なんとか発売初日にiPhone版を公開できたというのが大きいです。もたもたしていたら、MWSじゃないという(笑)。
今井●そのためには、初日に徹夜して並ばなければならなかったんですよ(笑)。
──では最後、今後デザイナーがどうコミットしていくか、予測をしてください。
宮田●限られた面積は前提の上で、情報デザイン、ナビゲーションについてセンスがある人は、すごく面白いでしょうね。いわばコンテンツ・ディレクター的な、構造をやるのが好きな人。逆に、それをやらないと、取り残される。
今井●こういう魅力的なデバイスが出てきたとき、でもまだ売れてない、未完成だってことを言い訳にしたらいけないと思うんです。最初から100万人に見られないかもしれないけれど、それ以上に得られる部分は大きいじゃないですか。そこを発見できるかどうかが、僕たちがサイトを作る一番の理由ですね。
取材・文:増渕俊之 写真:FuGee