アップル vs. グーグル 「Chromebook」は本当の意味で「iPad」の牙城を崩せるのか?
TEXT:大谷和利(テクノロジーライター、AssistOnアドバイザー)
3月末にシカゴで開催されたアップルのスペシャルイベントでは、周知のように低価格、かつApple Pencilに対応した新メインストリームともいえるエントリーiPadが発表された。そして、ひと言でいえば「買い」であるとの、好意的なフォロー記事が数多く書かれている。
その一方では、教育機関へのChromebookの導入が相次ぎ、かつては圧倒的優勢を誇ったアップルから教育市場でのシェアを奪い取っている現実がある。そして、このことを引き合いに出して、新iPadが再びそれを取り戻せるかとの論調も目立つ。
しかし、筆者はまったく逆の見方をしている。それは、Chromebookが、本当の意味でiPadの牙城を崩せるのだろうか? ということである。
▷ セキュリティに考慮した両プラットフォーム
最初にChromebookの利点にも触れておくと、これは4つの観点から非常にセキュアなプラットフォームである。
まず、Webアプリの使用が基本となっており、Chromebook専用のネイティブアプリは存在していない。したがって、そもそも、ウィルスやマルウェアの被害に遭う可能性はほぼないといえる。ただし、
次にOSについてだが、アップデートが自動で行われ、ユーザーは促されるままに再起動するだけ。そのため、つい面倒でアップデートを怠り、セキュリティホールが放置されることがない。
また、アプリは他のアプリやシステムデータにアクセスできないサンドボックス設計であり、悪意のあるコードを仕込むことは不可能に近い(ただし、Chromeブラウザの機能拡張の仕組みを通じて、スパイウェアなど悪意のある拡張機能が組み込まれる可能性はある)。
そして、Chromebook内のデータは暗号化されており、万が一の漏洩時にも情報の内容まで見られるとは考え難いのである。
一方のiPadも、基本的には、アップルが審査したセキュリティチェック済みのアプリのみをApp Storeから直接インストールして使うことになっているため、それを守る限りはウィルス感染などの心配はない。不正な改造が行われていたり、開発者向けのアプリ配布法などを使えば感染の恐れはあるが、普通に使う限りは大丈夫だ。
OSは、自動アップデートを選択することができ、更新頻度も比較的頻繁である(バグ修正の場合も多いが……)。また、Chromebookと同様に、アプリはサンドボックス方式で動作するので、この点についても同等だ。
しかし、ユーザーが許可すれば、連絡先などの情報にはアクセス可能なので、その点で気をつける必要はある。もちろん、データも暗号化され、万が一、読み出されても中身を確認することはできない。
というように、両者ともにセキュリティ対策は、事実上、かなり高いレベルにある。
▷ 製品はツールに過ぎないと自覚するアップル
Chromebookの普及理由は、大きく分けて2つ考えられる。1つは、価格が安いこと。たとえアップル製品より造りが甘いとしても、予算の限られた教育現場にとっては、価格は重要なファクターである。もう1つは、当然ながらグーグルの各種サービスとの相性が良いこと。プラットフォームを問わず、すでにグーグルのサービスに慣れている人は多いので、特別なニーズがなければ、それで事足りる面もある。
しかし、アップルは、いかに優れた製品を作ったとしても、それ自体はツールに過ぎないことを理解している。特に教育市場では、そうだ。だからこそ、ティム・クックは、Chromebookのことを「テストのためのマシン(test machines)」と呼び、デバイスが導入されて、標準的なアプリが使われるだけでは、本当の意味での教育を革新していくことはできないというスタンスをとっている。
アップルにとっての教育とは、クリエイティブなものであり、「ホームワーク」をテーマにした新iPadのプロモーションビデオを見ても、Apple Pencil、120fpsのスローモーション撮影、ARアプリなどをフィーチャーして、それらの機能を子どもたちが駆使する様子が描かれている。
一方、グーグルも同社のARテクノロジーである「ARCore」をChromebookに対応させる予定だが、これはAndroidデバイスでも要件が厳しい技術だ。そのため、おそらくグーグル自身のPixelbook(999ドル)など、Chromebookの中でも高価格の高性能機向けに対応が限られる可能性が高い。新iPadと同価格帯では、ペン対応やスローモーション撮影を含めたトータルな仕様で直接対抗できるChromebookは事実上存在しない。
これを見れば、アップルがいかにアグレッシブな戦略に舵を切ったかがわかろうというものだ。
▷ アップルの強みはカリキュラムとプライバシー
アメリカの新学期に合わせて、今年秋の正式リリースを予定しているこのカリキュラムでは、先に挙げたようなiPadの機能を生かして退屈さとは無縁な学びを実現するのはもちろん、詩の朗読のような、一見地味な授業でも、デジタル音楽の伴奏をつけて情感を増す演出を施すなど、これまでにない提案が数多く盛り込まれることが予想される。
そして、Chromebookには、プライバシーの面から教育現場に導入されることへの懸念がある。というのも、グーグルは、Google Apps for Education(GAFE)と呼ばれる教育向けアプリ群(メール、カレンダー、ドライブ、ドックスなど)では生徒のプロファイル作成や広告表示は行わないとしている。ところが、その他のサービスやアプリ(サーチ、ブックマーク、マップ、ニュース、フォト、ユーチューブなど)は、その限りではない。つまり、教育用アカウントでログインしたChromebookで一般的な操作や処理をすれば、その結果として得られたデータをグーグルが自社のビジネスのために利用できることになる。
この点について、グーグルは問題ないとの立場だが、電子フロンティア財団(デジタル社会における言論の自由についての啓蒙や法律面からの保護を行うことを目的とする組織)は米連邦公正取引員会(FTC)に対して意見書を提出したことがある。
アップルは、今後、ますますプライバシー保護を訴えて、グーグルはもちろんアマゾンなどのデータビジネスを展開している企業との差別化を図ってくるだろう。カリキュラムやプライバシーが、教育市場におけるiPadの最大の強みとなる日は近いと筆者は見る。それこそが、数の上では勝ってもChromebookが崩せない、iPadの本当の牙城となるはずだ。
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大谷 和利(おおたに かずとし) ●テクノロジーライター、AssistOnアドバイザー
アップル製品を中心とするデジタル製品、デザイン、自転車などの分野で執筆活動を続ける。近著に『iPodをつくった男 スティーブ・ ジョブズの現場介入型ビジネス』『iPhoneをつくった会社 ケータイ業界を揺るがすアップル社の企業文化』(以上、アスキー新書)、 『Macintosh名機図鑑』(エイ出版社)、『成功する会社はなぜ「写真」を大事にするのか』(講談社現代ビジネス刊)。