円熟のiPhone 4はオーセンティックな価値観の確立を目指す



円熟のiPhone 4はオーセンティックな価値観の確立を目指す
2010年6月10日

TEXT:大谷和利
(テクノロジーライター、原宿AssistOnアドバイザー)

古き良き写真機のようなつくり込み

発表前に複数のプロトタイプが世間に出回ったことを、スティーブ・ジョブズ自身が“I don't know if you've ever seen this.”(これを見たかどうかわからないが)という言葉で自虐ネタにした、iPhone 4発表のキーノートスピーチ。その様子をWebキャストで見たときに第一印象として残ったのは、高解像度ディスプレイや強化されたカメラの画質、FaceTime、iMovie for iPhoneに象徴される、画像機能周りの改良だった(参照記事「アップル、iPhone 4を6/24より発売」、「iPhone4やiOS4などについて語ったスティーブ・ジョブズ氏の基調講演映像が公開」)。

まず、高解像度ディスプレイに関しては、1985年に米Apple社から発売され、黎明期のDTPの牽引役となった世界初の民生用レーザープリンタ、初代LaserWriterの印刷解像度(300dpi:dpi=ドット/インチ)が思い起こされた。iPhone 4の画面ドット密度がそれを上回る326ppi(ppi=ピクセル/インチ)を実現している点は、とても感慨深い。

また、全体デザインとディスプレイの呼び名に関してジョブズが発した言葉に、カメラ好きの人たちはニヤリとしたのではないだろうか?

3GSと比べてフラットでスリークになり、ブラックとマットシルバーのコントラストが映えるiPhone 4のプレゼンテーション画面を前に、ジョブズが放った言葉は“It's like a beautiful old Leica camera.”(美しいオールド・ライカ・カメラのようだ)というもの。さらに、表示解像度が網膜(英語で“retina”)の分解能を超えることから名付けられたRetinaディスプレイも、かつて独Kodak社が製造販売し、35mm判フィルムの大衆化に大きな役割を果たしたRetinaカメラシリーズを思い起こさせる。

別にジョブズが懐古趣味に走ったわけではないだろうが、彼には、iPhone 4がそうしたビンテージ写真機と肩を並べるほどオーセンティックな存在になったという自負があるに違いない。

アウトカメラも解像度こそ500万画素に向上させたが、けっして無理な高画素化には走らずに撮影から再生に至るトータルなレスポンスを重視。さらに、デジタルカメラ製品の世界でもまだ限られた機種にしか採用されていない裏面照射型の撮像素子を採用することでS/N比を上げ、画質そのものを向上させたことも、iPhoneらしい進化の方向性だ。


ハードとソフトの巧みさ

新しい筐体素材の組み合わせや製造手法に挑戦し続ける米Apple社がiPhone 4で選んだのは、切削加工されたステンレス合金と、化学処理によって驚異的な強度を得たガラスのコンビネーションだった。

どちらもリサイクルが容易なことは言うまでもないが、特にフロントパネルのみならず、バックパネルまでもガラスで構成した点は特筆に値し、このことが全体のフラットな形状にもつながっている。

その上で、特殊ステンレス合金製の外枠をアンテナとして利用する構造は、まさにスマートのひと言。一見、アップルらしからぬ分割線入りのメタル部分にも、そのような機能上の意味があったと知り、あらためてこれは同社のデザインの新しい到達点と思った。

こうした知恵の絞り方は、iPhone OS 4.0あらため「iOS 4」にも見られる。特に、単純に組み込むだけでは電力消費が激しくなるマルチタスクも、OSとアプリの連携によって上手に実現した点が秀逸だ(参照記事「アップル、iPhone/iPod touch向け「iOS 4」を6/21より無償アップデート」)。

これは実際にはマルチタスクというよりも、巧妙なアプリケーションスイッチングと呼ぶべきだろう。というのは、ひとつのアプリが管理するタスクを、完全にサスペンドしてよいものと、音楽再生のように一定の処理を続けるもの、そしてメールの着信のように最低限バックグラウンドで機能して何かの変化があれば通知を行うものに分け、起動中のアプリでも、さしあたり必要のない処理をすべてとどめることで消費電力を低く抑える仕組みだからだ。

いずれにしても、当初はiPhoneのマルチタスクの欠如を揶揄していた米Microsoft社も、いざWindows Phone 7をまとめる段になって、マルチタスクに関してはiPhone OS 3.0レベルに留まることを明らかにしたほどなので、安易なインプリメンテーションでは確実にユーザー体験を損ねてしまう。その意味で、iOS 4はよい仕事をしていると言える。

電子書籍に不可欠なしおりと読みかけ個所のデバイスをまたいだシンクロは、すでにKindleプラットフォームでは実現されていることだが、iBooksでも実現される運びになったことはうれしい限りだ。ここから先は、サードパーティ次第だが、たぶん、電子出版を自社ビューワーアプリを通じて行っているソフトウエアメーカーや、デジタルマガジン系の出版元も、同様の仕組みの構築を迫られることになるだろう(その前に、購入した電子書籍が同一ユーザーの複数のデバイスに同時に存在する状態を許す必要が出てくるところもあるわけだが……)。

Googleのモバイル広告事業への挑戦として受け取られているアプリ画面への広告挿入サービス「iAd」も、発表されたスポンサー企業のリスト(Nissan、Citi、Unilever、AT&T、Chanel、GE、Liberty Mutual、State Farm、Geico、Campbells、Sears、JC Penny、Target、Best Buy、Direct TV、TBS、Disney)を見る限り、順調に集まっているようだ(参照記事「アップル、iPhone/iPod向け広告「iAd」を7月1日よりスタート」)。特に、キーノートでも採り上げられた日産自動車(株)の電気自動車「リーフ」のモバイル広告は、ターゲットユーザーもiPhoneなどを積極的に生活にとり入れる層と重なっており、商品特性を見極めて出稿すれば、スポンサーにとってのメリットも大きいと感じた。

ちなみに、リスト内の「TSB」は、日本のテレビ局ではなく、タイム・ワーナー系の米Turner Broadcasting System社のこと。機を見るに目ざといメディア企業である。


リーク情報利用企業への意趣返しも?

最後に、iPhone 4専用のアクセサリとして紹介された樹脂+シリコン製のプロテクター「Bumpers for iPhone 4」は、流出したプロトタイプの情報を利用していち早くケースを開発しようとするメーカーがもしも存在した場合の、意趣返しのようにも思えた。

というのは、このアクセサリは純正品ということもあって興味をもつユーザーが多そうであり、Apple Storeなどでは本体購入時にすすめられる可能性も高い。しかし、これを装着してしまうと、他社製のプロテクターやケースに収まらなくなる。したがって、リークデータを基に発売直あとの特需を狙おうとするアクセサリメーカーがあったとすれば、当てが外れることが予想できるというわけだ。

多少うがった見方だが、あれだけiPhone 4のタフさをアピールしながら、こうしたアクセサリも用意することは、スクリーンフィルムを直営店から撤去させた米Apple社にしては妙に感じられる。その意味で、見方によってはジョブズからアクセサリメーカーへの警告のようにも思えたのである。



iPhone 4


Bumpers for iPhone 4


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[筆者プロフィール]
おおたに・かずとし●テクノロジーライター、原宿AssistOn(http://www.assiston.co.jp/) アドバイザー。アップル製品を中心とするデジタル製品、デザイン、自転車などの分野で執筆活動を続ける。近著に『iPodをつくった男 スティーブ・ ジョブズの現場介入型ビジネス』『iPhoneをつくった会社 ケータイ業界を揺るがすアップル社の企業文化』(以上、アスキー新書)、 『Macintosh名機図鑑』(エイ出版社)。
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