WWDC 2011キーノートで大谷和利が注目したふたつの点

WWDC 2011キーノートで大谷和利が注目したふたつの点
2011年06月10日
TEXT:大谷和利(テクノロジーライター、原宿AssistOnアドバイザー)

米西海岸現地時間の2011年6月6日に、Apple WWDC 2011のオープニングキーノートが行われた。概要や全体的な分析は各種メディアで記事化されているので、ここでは筆者が個人的に注目したふたつの点を取り上げていく。

まずありがたかったのは、iPad 2とiOS 5との組み合わせで、AirPlayによる画面のワイヤレスミラーリングが可能となる点だ。すでに筆者は、Apple TVとHDMI端子のあるプロジェクタ、そしてローカルなWi-Fiゾーンをつくり出すためのAirMac Expressを組み合わせ、バックパックに入れて持ち運べるプレゼンテーションシステムを構築している。このセットがあれば、iOSデバイスから静止画と動画をワイヤレスにスクリーン投影することができるのだ。

しかし、Keynoteで作成されたプレゼンテーションを使ったり、iPad 2上でアプリの動きをそのままミラーリングして見せたいという場合には、デバイスとプロジェクタ間を有線接続する必要があった。

振り返れば、2010年11月にアメリカで、スティーブ・ジョブズ宛に「Keynote画面もAirPlayで飛ばせないか?」とメールで質問した人物がいた。その返事が「もうすぐ可能になる」というものだったため今回の発表には期待していたのだが、(少し時間はかかったものの)いよいよ秋に現実化することになる。ただし、先のジョブズの返事では、すべてのiOSデバイスが対応するかのような印象を受けるが、現実にワイヤレスミラーリングが可能なモデルは、既存製品ではiPad 2のみだ。

巷には、すでにMacやPCで利用できるワイヤレスプロジェクタ製品が存在している。しかしそれらは高価であり、帯域も消費してしまう。これに対しAirPlayでは、8800円のApple TVがあれば、HDMI接続可能なプロジェクタ(筆者は5万円台のBenQ MW-512を使用)をすべてワイヤレス化できる。

ところで、プレゼン会場に無線LAN環境があるならそのまま利用してもよいのだが、期待できない場所も多い。あったとしても、パスワードやセキュリティの問題が厄介だったりする。そこでプレゼンテーション内でインターネット接続が不要ならば、9800円のAirMac Expressによって、その場限りのローカルなWi-Fiゾーンを構築することにしている。

試みたことはないが、Pocket Wi-Fiなどを利用すれば、インターネット接続とWi-Fiゾーンの構築を両立できるだろう。ただし筆者の場合は、AirPlayの手軽さを参加者にも体験していただけるように、AirMac Expressのパスワードは最初から設定せず、誰でも接続可能な状態にしている。個人所有のPocket Wi-Fiなどの場合、そうもいかない部分もあると思われるので、デモ的に行う場合にはAirMac Expressのほうが便利と思う。

話を戻すと、AirPlayでは帯域を最小に抑えるために、送信デバイス側でデータをQuickTime圧縮し、Apple TVが受信後にそれを展開して表示・再生するという内部処理になっている。したがって、現状では処理しやすい静止画やiOSデバイスで再生可能な動画のみがサポート対象だ。

ワイヤレスミラーリングを行うには、刻々と変化する画面イメージをリアルタイムで圧縮・送信する必要があり、それなりのグラフィックパワーが求められる。そのため、対応機種がiPad 2に限定されるようだ。だとしても、参加者全員が自分の席からケーブル切り替えなどせずに手持ちの情報が提示できるAirPlayは、これからの教室や会議室でのプレゼンテーションの在り方を変えていくだろう。

もう1点は、クラウドサービスのiCloudが広告ベースではないという点だ。Apple社は、ここでも初期のiTunes Music Storeと同じように、サービス自体で収益を上げるのではなく、サービスを呼び水にしてハードの販売を伸ばし、その利益の中でサービスを回していくというビジネスモデルを採用した。

iCloudは一般的なファイルを保存できず、アプリでつくられたデータだけをサポートするという点でほかのクラウドストレージのほうが便利であり、しかも、データにアクセスするためのWebアプリが用意されないことでGoogleドキュメントなどに劣るという見方をしているアナリストがいる。しかしそれらの仕様は、まさにApple社の狙い通りといえよう。

つまり、Apple社はiOSでファイルの存在を可能な限り意識させず、またiOSデバイスの普及によってインターネットの利用方法をWebベースからアプリベースに変化させるようとする意図がある。したがって、iCloudを汎用のクラウドストレージにするつもりは毛頭なく、Webアプリを用意するのもナンセンスだと考えているはずなのだ。

実は、iCloudでアプリのみをサポートすることは、Apple社が広告モデルに頼らずiCloudを無料で提供するうえで重要な意味をもつ。なぜなら、iCloud対応となったサードパーティ製アプリにiAdによる広告が入れば、ハードの利益だけでなくiAdの広告収入も運営費に回せるためだ。

Appleは過去のiPhoneやiPadの広告で、ハードスペックや細かい機能に触れることなく、無数のアプリによって生活がどのように変わり、楽しくなるかということをアピールしてきた。そして、おそらくiCloudのサービスインと同時に、これまでのコンピュータや携帯情報デバイスで起こっていたデータシンクロやバックアップの不備による心配事がどれだけ解消するかという内容のCMを打ちはじめるにちがいない。



WWDC2011




■著者の最近の記事

WWDCのチケットがわずか10時間で完売した驚き
Mac OS X LionとApple TVの深謀遠慮
新MacBook AirでAppleが狙う“新たな”市場
ついに始動したアップルの電子マネー戦略
HyperCard HD登場か?ーiPad上でのオーサリング環境の可能性
円熟のiPhone 4はオーセンティックな価値観の確立を目指す



[筆者プロフィール]
おおたに・かずとし●テクノロジーライター、原宿AssistOn(http://www.assiston.co.jp/) アドバイザー。アップル製品を中心とするデジタル製品、デザイン、自転車などの分野で執筆活動を続ける。近著に『iPodをつくった男 スティーブ・ ジョブズの現場介入型ビジネス』『iPhoneをつくった会社 ケータイ業界を揺るがすアップル社の企業文化』(以上、アスキー新書)、 『Macintosh名機図鑑』(エイ出版社)。

MdN DIのトップぺージ