Apple的予定調和の世界―WWDC 2012キーノートを振り返って

Apple的予定調和の世界―WWDC 2012キーノートを振り返って
2012年06月15日
TEXT:大谷和利(テクノロジーライター、原宿AssistOnアドバイザー)

2011年秋のiPhone 4S、2012年春の新型iPadに続く、ティム・クックCEOにとって三度目の大きな製品発表イベントとなった、WWDC2012のキーノートが終了した。

クックのプレゼンテーションは、依然としてスティーブ・ジョブズのような派手さのない淡々としたものだ。それは、オープニングの饒舌なSiriによる趣向を凝らした連続ジョークが披露する演出により、一層際立って感じられた。

おそらくクックは、ジョブズがそうだったように、それなりのリハーサルを重ねてこの日に臨んだはずである。そして、15インチのRetinaディスプレイを搭載したオール・フラッシュアーキテクチャのMacBook Proという最高の新製品が手中にあった。その新ハードウエアのお披露目を担当したワールドワイドマーケティング担当上級副社長、フィル・シラーも、役割をそつなくこなし、会場もそれなりの盛り上がりを見せてはいた。だが、やはりジョブズであれば、その何倍もの興奮を会場にもたらしたであろう。

クックが、直接の担当者たちの個々のプレゼンテーションの前に、MacBook、OS X Mountain Lion、そしてiOS 6の写真やアイコンをスクリーンに映し出して、その日のテーマの手の内を見せてしまったことも、個人的には疑問を感じた。もちろん事前の噂などである程度予測されていたことではあったが、それでもサプライズをもたらすようでなければApple本来のプレゼン構成とはいえまい。

筆者がクックの立場ならば、すでに概要が発表されているOS X Mountain Lionを最初に登場させ、次にそろそろ発表されてもおかしくないiOS 6をプレビューし、3番目にMacBook系のアップデートを公表したうえで、最後にRetinaディスプレイ搭載の15インチMacBook Proで締めくくっただろう。

と、いきなり苦言を呈したものの、発表内容自体は充実していた。まず、MacBook Airの新型は基本性能を向上させたうえで、11インチ・15インチ共に上位モデルの価格を100ドル下げている。同じIvy Bridgeベースのアーキテクチャで、さらに安価なUltrabookも存在するが、ブランド力のあるMacBook Airの100ドルの値下げは、ただでさえ薄い利益で勝負している他社にとって大きな脅威となるはずだ。

一方、ハードディスクを内蔵した既存のMacBook Proのアップデートは、大容量フラッシュメモリがまだコスト高であることから、リーズナブルな価格で多くのストレージ容量を必要とするプロユーザーの受け皿としての意味合いが大きい。進化の方向性は確実にRetinaディスプレイ+フラッシュメモリストレージに向かっているが、現時点では、それらを搭載する薄型の15インチMacBook Proは、価格的に初代MacBook Airのようなプレミアムモデルの扱いだ。

だが、すでに3~4週間待ちとなっているこのモデルによって大容量フラッシュメモリの量産効果によるコストダウンをさらに進め、1~2年後にはメインストリーム化するというのが、いかにもブランド力を武器にしたAppleらしい戦略といえる。結局のところ、他社もUltrabookに続き、このジャンルのPCでも追従せざるを得なくなるに違いない。

ちなみに、薄型MacBook Proが映像出力端子としてHDMIを選んだことも注目に値する。これは、近い将来に登場が予想されるディスプレイ付きのAppleTVと密接に関係する仕様といえそうだ。

OS X Mountain Lionは機能の充実もさることながら、19ドル(日本では1700円)という価格設定と同一Apple IDのマシンへのマルチインストール対応、そしてエディションがふたつ(もうひとつはサーバ版)しかないという点が大きな意味合いをもつ。すでにiOSはすべてのバージョンアップが無償となっているが、これはAppleがOSだけでなくハードウエアの販売で利益を上げているからこそ、十分に可能で現実的な価格設定なのだ。対応機種の制約はある(http://www.apple.com/osx/specs)が、Lionユーザーだけでなく、Snow Leopardユーザーもこの価格でアップグレード可能なので、移行はすばやくスムーズに進むものと思われる。

Windows 8もWindows 7のユーザーに対して1200円の優待価格を設定しているが、これはWindows Vistaの失敗をなんとか挽回したWindows 7のインストールベースからの移行を促すための施策である。それでも今の経済状況下で、Windows 7に満足している企業ユーザーのアップグレードを促進するのは容易ではなさそうだ。

単独販売ぶんの価格は未発表だが、Windows 7と同水準であれば200~300ドル前後。しかも、1パッケージ1ライセンスでエディションが多岐に渡る(非公式だが、プレビュー版のレジストリ情報によれば9種類)のも、これからの時代とユーザーにマッチしているとは言いがたいので、なんらかの措置が採られても不思議ではないだろう。

最後のiOS 6も順当な進化だが、iPhoneを日常不可欠なものとするという目的において、eチケットやクーポンなどのバーコード付きパスを一括管理して瞬時に提示できるPassbookが特に興味を惹いた。

もちろん、iOS 6にはWWDC2011におけるiOS 5と2011年秋のSiriの発表に見られたのと同様に明らかにされていない機能があり、それはiPhone 5でサポートされるはずのNFC(近距離無線通信)と思われる。

しかし、当然ながら世の中にはNFC未サポートのiPhoneやiPod touchもたくさんあり、また瞬時にすべてのサービスがNFC対応になるわけでもない。その意味で、バーコード付きパスへの対応は、リアルワールドとの接点として非常に重要であり、実際にサードパーティ製アプリでも複数の製品がリリースされている。

Appleが巧みで、しかもズルいのは、この機能をサードパーティには解放していないロック画面に対応させ、ロケーションサービスとの組み合わせによりスリープ解除ですぐに使えるようにしたことだ。同じく、マップ機能のターン・バイ・ターン・ナビゲーションをロック画面から確認できるようにしたことは、自動車分野のIT化を攻略するうえで特筆できるポイントである。

だが、ユーザーは大歓迎でも、みずからは臨んでも手の届かない機能を見せつけられたデベロッパーの中には、複雑な心境の者も少なからず居ただろう。マップに関しては、確かにFlyover機能は魅力だが、ストリートビューに代わるサービスを全世界規模で提供できるかどうかという点にも注意しておきたい。

いずれにしても、クックが指揮するプレゼンテーションには、どこか予定調和的な雰囲気が漂う。その中で印象に残っているのは、デザイン担当上級副社長のジョナサン・アイブのビデオ出演が、これまで以上に長くなっていたことだ。少し前に、アイブが自分の代表作になると語っていた製品は、新しい薄型MacBook Proだったのだろう。

同じ素材を料理するのであっても、もう少しドラマチックな味付けを用意してほしいと思ったのは、筆者だけではないだろう。


WWDC2012のキーノートに登場したティム・クック

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[筆者プロフィール]
おおたに・かずとし●テクノロジーライター、原宿AssistOn(http://www.assiston.co.jp/) アドバイザー。アップル製品を中心とするデジタル製品、デザイン、自転車などの分野で執筆活動を続ける。近著に『iPodをつくった男 スティーブ・ ジョブズの現場介入型ビジネス』『iPhoneをつくった会社 ケータイ業界を揺るがすアップル社の企業文化』(以上、アスキー新書)、 『Macintosh名機図鑑』(エイ出版社)。

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