「ARKit」で裾野を拡げ、iPhone X / TrueDepth+αで頂点を極めるアップルのAR戦略
TEXT:大谷和利(テクノロジーライター、AssistOnアドバイザー)
▷ARプラットフォームの登場で身近になるアプリ開発
念のために書いておくと、"AR year for the rest of us"の"for the rest of us"の部分は、初代Mac登場時のキャッチフレーズだった、"Computer for the rest of us"(マニア以外のすべての人のためのコンピュータ)に倣って、ARに当てはめてみたものだ。初代Macにとって、コマンドを打ち込まなければ使えなかったそれまでのコンピュータを日常的な存在にするための仕掛けは、GUI(グラフィカル・ユーザー・インターフェース)だった。
同様に、これまで特殊なマーカーやハードウェアが必要で、好奇心に満ちた一部のユーザーやゲーマーの占有物的な存在だったARを、誰もがいつでもどこでも使えるようにするという使命を、iOS 11のARKitは担っている。
もちろん、ARを普及させようとする試みは他にもあり、マイクロソフトの「Hololens」などは未来的なデザインのゴーグル内に情報処理やAR表示に必要な機能をすべて収めているが、現時点ではあくまでも開発者や企業の特定業務向けで、価格的にも利用スタイル的にもコンシューマー向けではない。
とはいえ、「ARKit」を後追いする形で発表された「ARCore」の登場は、iOS・Android双方のスマートフォンで、ミドルウエア企業の手を借りずともARアプリの開発が容易になったことを意味しており、今後、サードパーティーによるアプリ開発が活発化していくことは間違いのないところだろう。
▷ARKitで裾野を拡げTrueDepth+αで頂点を極める
ここで「ARKit」と「ARCore」を取り巻く環境の違いを見てみると、Android 7.0以降に対応する「ARCore」は、正式リリース前のプレビューの段階で1億台のデバイス上での動作を目指すとされている。
対して、iPhone 6/6 S以降のモデルで機能する「ARKit」は、ハード的にはすでに3.8億台以上のiPhoneで動作可能であり、iOS 11へのアップデート率が過半数を超えることを勘案すると、現時点ですでに2億台前後が実際に対応済みであると考えられる。このあたりは、シェアが多くともハード仕様やOSのバージョンが分断化しているAndroidと、統一性の高いハードウェアを持ち新機種への買い替え率も高いiPhoneの違いが如実に反映された数字だ。
さらに、2017年、グーグルが「Tango」の閉鎖を表明した一方で、アップルは、iPhone XにおいてTrueDepthカメラの実用化に踏み切っている。TrueDepthカメラは、内蔵されたドットプロジェクターから、目に見えない3万個の赤外線のビームを顔に照射し、その三次元形状を克明にデータ化することができるものだ。iPhone Xではこれに、AIのマシンラーニングを駆使して得られた、ユーザーの表情によって変化するデータの変形を加味して、顔の認証を行うFace IDという形で結実させている。
そしてアップルは、このTrueDepthカメラの延長上にある技術を使い、遅くとも2019年にはハードベースのAR対応iPhoneをリリースし、ARKitで拡げた裾野の上に、さらに進化したAR環境を作り出していくと考えられる。グーグルが諦めざるを得なかった、強化されたハードウェアの上に成り立つARを単独で実現するのである。
最終的には、インカメラだけでなく、アウトカメラ側でも正確な距離測定や空間把握ができるようになり、ARKit単体よりも精度が高く、しかも、合成されるCGより手前にあるべきものも正確な重ね合わせで表示することさえ可能となっていく。ソフトベースからハードベースへと展開するこうした流れは、すべてのiOSデバイスの開発を自社で手がけるアップルだからこそ可能な、グーグルとは逆のアプローチといえよう。
▷開発者は思いつくことをすべて試し
ユーザーもARを学ぶべきである
とはいえ、ARKitにせよARCoreにせよ、それはあくまでもOSがデバイスに可能性を与えるものであり、実際にユーザーが感じるメリットは、対応アプリによってもたらされる。この意味で、2017年は物珍しさが先に立った感があり、開発者側もどんなことができるのか、手探りで試してみたというところだろう。
その結果、実用系では家具などの配置をARで試せたり、仮想的なメジャー(巻尺)などの発想が似通っているアプリ。エンターテイメント系では、既存のゲームの背景としてカメラを通した風景やテーブルが使われる、実はARでなくても成立するようなアプリが目立った印象を受けた。しかし、後述するように、もっと様々なアイデアをARで試そうとする動きも出てきており、今後の展開に期待できる。
また、ユーザー側にもARに関するリテラシーがなければ、単に目新しい機能というだけで終わってしまいかねない。たとえば、フランスは2015年の段階で指導要領にあたる政府発表のカリキュラムにおいて、すでにARを教育過程に採り入れていくことを明記している。日本でも、英語やプログラミングだけでなく、児童のARに対するリテラシーを高める取り組みを行なっていくべきだろう。
▷ARの未来を予感させる、特徴的な5つのアプリ
『echoAR』
デベロッパ: ELIX Inc
https://itunes.apple.com/jp/app/echoar/id1309675088?mt=8
『TweetReality』
デベロッパ: Oscar Falmer
https://itunes.apple.com/jp/app/tweetreality/id1295207318?mt=8
『Chicago00 The Eastland Disaster』
デベロッパ: Geoffrey Rhodes
https://itunes.apple.com/jp/app/chicago00-the-eastland-disaster/id1158733744?mt=8
『Shadows Remain: AR Thriller』
デベロッパ: Halfbrick Studios
https://itunes.apple.com/jp/app/shadows-remain-ar-thriller/id1292142288?mt=8
正面からだけでなく、顔を左右に振ったときの見え具合も確認できるので、実物を見ながら選ばなくても、かなりそれに近い体験がモバイル状態で可能となる。
『Topology Eyeware』
https://itunes.apple.com/us/app/id1110119242?mt=8
(アメリカのApp Storeでのみ入手可能)
いずれにしてもTopology Eyewareのアプリは、これまで対面販売でなければ実現不可能だったサービスがセルフサービスで行え、さらに3Dの状態で試着してから購入を決められることを意味しており、Eコマースの適用範囲を大きく広げるものだ。
これらのアプリには、発想、適用分野、UX(ユーザー体験)の作り込み、ストーリーテリングの流れなどの点で、他のデベロッパーに参考になる部分も多い。こうした例をヒントにして、2018年には、さらに充実したARの応用例が現れることに期待したい。
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大谷 和利(おおたに かずとし) ●テクノロジーライター、AssistOnアドバイザー
アップル製品を中心とするデジタル製品、デザイン、自転車などの分野で執筆活動を続ける。近著に『iPodをつくった男 スティーブ・ ジョブズの現場介入型ビジネス』『iPhoneをつくった会社 ケータイ業界を揺るがすアップル社の企業文化』(以上、アスキー新書)、 『Macintosh名機図鑑』(エイ出版社)、『成功する会社はなぜ「写真」を大事にするのか』(講談社現代ビジネス刊)。