
さまざまなジャンルで活躍するデザイナーの来歴をたどるシリーズ。今回はグラフィック&映像クリエイターのヨシマルシンさんを取材し、今日までの足跡をたどります。
第3話 さまざまな転機

ヨシマルシンさん
就職、そしてユニット結成
──就職は?
ヨシマル●周囲が就職活動している中、僕はまったく頭になくて。やっぱり、ゆたんぽさんとか天久さん、タナカカツキさんみたいな人が憧れ。とにかく個人で面白いものを作れるようになりたいな……と。そういうことを大学4年の正月に親に話したら「ああ、そう」って。ずっと放任主義で、やりたいことをやれって言う親でしたから。でも、なんとなく表情に曇りを感じたんです(笑)。で、やっぱりちゃんと就職したほうがいいかと察して、年が明けてから就職活動を始めました。キャイ〜ンの卒業制作とかを持って、いろいろデザイン事務所を回って、そのうちのひとつに就職しました。
──どのような仕事を?
ヨシマル●そこの面接で「今後Web制作もやろうと思っている。君、興味あるか?」と聞かれたんです。まったく興味なかったのですが「あります」と答えたら、Webデザイナーとして採用されて(笑)。でも、知識ゼロ。その新設部署って、僕と一緒に入った新卒の2人だけで、彼はWebの知識があったんですね。だから、教わりながら覚えていった感じです。
──大変だったのでは?
ヨシマル●でしたね。いきなり「ミニストップ」のHPとか作ってました。会社がミニストップのポップやポスターのデザインを受注していたんです。その頃、いろんな会社のHPが出始めていたから、全然わからないのに「いかにもできます」って感じでプレゼンして。いま見ると、すごく恥ずかしい作りでしたが。
──Webもそうですが、グラフィックの経験もそんなにないでしょ?
ヨシマル●学校の課題ぐらい。まったくイチから現場で経験しましたね。で、2年目ぐらいに、ちょっとこのままだと理想としている方向じゃないな……と思って。そう思っていたら、高校時代の親友がソニー系の賞をとったんです。で、東京に出てくるという話になって「一緒に何かやらないか」と。僕もちょうど会社の仕事を辞めたくなったときだったので、フリーのユニットを始めました。
ヨシマル●周囲が就職活動している中、僕はまったく頭になくて。やっぱり、ゆたんぽさんとか天久さん、タナカカツキさんみたいな人が憧れ。とにかく個人で面白いものを作れるようになりたいな……と。そういうことを大学4年の正月に親に話したら「ああ、そう」って。ずっと放任主義で、やりたいことをやれって言う親でしたから。でも、なんとなく表情に曇りを感じたんです(笑)。で、やっぱりちゃんと就職したほうがいいかと察して、年が明けてから就職活動を始めました。キャイ〜ンの卒業制作とかを持って、いろいろデザイン事務所を回って、そのうちのひとつに就職しました。
──どのような仕事を?
ヨシマル●そこの面接で「今後Web制作もやろうと思っている。君、興味あるか?」と聞かれたんです。まったく興味なかったのですが「あります」と答えたら、Webデザイナーとして採用されて(笑)。でも、知識ゼロ。その新設部署って、僕と一緒に入った新卒の2人だけで、彼はWebの知識があったんですね。だから、教わりながら覚えていった感じです。
──大変だったのでは?
ヨシマル●でしたね。いきなり「ミニストップ」のHPとか作ってました。会社がミニストップのポップやポスターのデザインを受注していたんです。その頃、いろんな会社のHPが出始めていたから、全然わからないのに「いかにもできます」って感じでプレゼンして。いま見ると、すごく恥ずかしい作りでしたが。
──Webもそうですが、グラフィックの経験もそんなにないでしょ?
ヨシマル●学校の課題ぐらい。まったくイチから現場で経験しましたね。で、2年目ぐらいに、ちょっとこのままだと理想としている方向じゃないな……と思って。そう思っていたら、高校時代の親友がソニー系の賞をとったんです。で、東京に出てくるという話になって「一緒に何かやらないか」と。僕もちょうど会社の仕事を辞めたくなったときだったので、フリーのユニットを始めました。
ヨシマルさんの仕事より
m-flo remix album『electoriCOLOR』CM SPOTとPV
「曲の後半にブレイクがあって、そこで女の子の顔もブレイクする……というのがただやりたかったんです(笑)」
タナカカツキ「デジオ」の衝撃
──ユニットの名前は?
ヨシマル●1年目は「モリンコララバイ」で、2年目は「バリンコララモイ」(笑)。活動は結局2年だけでしたが、ソニーミュージック系の仕事を貰えて。ラルクアンシエルのネットゲームとか、真心ブラザーズのHPを作ってました。
──ようやく音楽関係の仕事にありつけて。
ヨシマル●ええ。やりたことにちょっと近づいてましたね。その頃、Flashもやり始めたんです。で、アニメーションを作るようになって、VJとかもやるようになった。ユニット解散して1人になってからは、自分のやりことにもっと近づけるように、映像を主体にやろうと思うようになりました。
──1人でやっていくのに、不安は?
ヨシマル●最初は全然仕事がなかった時期もありましたね。だから、ちょこちょこ自分の作品を作って、ちょぼちょぼ仕事が来たときに、こういうのをやりたいんだという話をいっぱいして。あと、いろんなイベントとか、クリエイターが集まるようなところに行って、VHSに作品をダビングしたものを出会った人に渡して。
──地道な営業活動ですね。
ヨシマル●その次に大きい転機があるんですけど……タナカカツキさんが「デジオ」というものを始めたんですね。いまでいうポッドキャストやネットラジオの先駆けで、家で一人で喋ったものをMP3でアップしてて。それを聴いて、大好きだったタナカさんの生声に初めて触れて。こういう人でこういうこと考えてるんだと、非常に生々しく感じながら聴いてました。で、ひんぱんにメール出していたら、それを読まれるわけです。
──深夜ラジオのノリで。
ヨシマル●ええ。読まれるのも面白いから、また出して……と続けていたら、タナカさんから返事が来て「君もやれば」と。で、自分でも「ヨシマルシンのデジルマシーン」という名前でやり始めたんです。それがきっかけでタナカさんとお会いできるようになって、夜な夜なお喋りしたり、周囲のクリエイターの方々と急激に知り合えて。刺激も増えて、そこでまたモチベーションが上がった。タナカさんを筆頭に面白いことをやって、それを仕事にしていくことの実践を間近に見たんですね。すごく影響を受けたし、いろんな出会いのきっかけから結婚もするんですけど。その頃から映像の仕事も増えてきました。それがここ2〜3年で、現在に至るわけです。
ヨシマル●1年目は「モリンコララバイ」で、2年目は「バリンコララモイ」(笑)。活動は結局2年だけでしたが、ソニーミュージック系の仕事を貰えて。ラルクアンシエルのネットゲームとか、真心ブラザーズのHPを作ってました。
──ようやく音楽関係の仕事にありつけて。
ヨシマル●ええ。やりたことにちょっと近づいてましたね。その頃、Flashもやり始めたんです。で、アニメーションを作るようになって、VJとかもやるようになった。ユニット解散して1人になってからは、自分のやりことにもっと近づけるように、映像を主体にやろうと思うようになりました。
──1人でやっていくのに、不安は?
ヨシマル●最初は全然仕事がなかった時期もありましたね。だから、ちょこちょこ自分の作品を作って、ちょぼちょぼ仕事が来たときに、こういうのをやりたいんだという話をいっぱいして。あと、いろんなイベントとか、クリエイターが集まるようなところに行って、VHSに作品をダビングしたものを出会った人に渡して。
──地道な営業活動ですね。
ヨシマル●その次に大きい転機があるんですけど……タナカカツキさんが「デジオ」というものを始めたんですね。いまでいうポッドキャストやネットラジオの先駆けで、家で一人で喋ったものをMP3でアップしてて。それを聴いて、大好きだったタナカさんの生声に初めて触れて。こういう人でこういうこと考えてるんだと、非常に生々しく感じながら聴いてました。で、ひんぱんにメール出していたら、それを読まれるわけです。
──深夜ラジオのノリで。
ヨシマル●ええ。読まれるのも面白いから、また出して……と続けていたら、タナカさんから返事が来て「君もやれば」と。で、自分でも「ヨシマルシンのデジルマシーン」という名前でやり始めたんです。それがきっかけでタナカさんとお会いできるようになって、夜な夜なお喋りしたり、周囲のクリエイターの方々と急激に知り合えて。刺激も増えて、そこでまたモチベーションが上がった。タナカさんを筆頭に面白いことをやって、それを仕事にしていくことの実践を間近に見たんですね。すごく影響を受けたし、いろんな出会いのきっかけから結婚もするんですけど。その頃から映像の仕事も増えてきました。それがここ2〜3年で、現在に至るわけです。

ヨシマルさんの仕事より
ヨシマルシンのデジルマシーン http://www6.ocn.ne.jp/~yosiruma/degiru/
「デジオ(でっちあげラジオ)を始めた事は、ぼくにとって大きな転機となりました。今も続いています」
ヨシマルシンのデジルマシーン http://www6.ocn.ne.jp/~yosiruma/degiru/
「デジオ(でっちあげラジオ)を始めた事は、ぼくにとって大きな転機となりました。今も続いています」
次週、第4話は「キャットダンサーになりたい」を掲載します。
(取材・文:増渕俊之 写真:FuGee)
(取材・文:増渕俊之 写真:FuGee)
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[プロフィール] ヨシマルシン●1972年岩手県盛岡市生まれ。グラフィック&映像クリエイターとして活動中。テレビ番組のオープニング・アニメーション、ミュージックPV、コマーシャルなどの他、DVDやCDのパッケージ、Webデザイン、VJなどを手がけている。 |




