この先どうなる!? 米シリコンバレー、
トランプ政権と中国政府の板挟みにあうアップル
TEXT:大谷和利(テクノロジーライター、原宿AssistOnアドバイザー)
ドナルド・トランプがアメリカ合衆国の大統領に就任以来、シリコンバレーを中心とするIT業界から、同大統領の施策、特に移民問題の扱いに関して懸念する声が次々とあがっている。
現地時間の1月28日にも、セールスフォース・ドットコムの幹部が、アップル、グーグル、フェイスブック、アマゾン、オラクル、IBM、ウーバー、ヤフー、テスラなどの企業名を列挙しつつ、第1/第2移民世代がアメリカのIT企業の設立に多大な貢献をしたことをツイッターで指摘。同日、アップルCEOのティム・クックも社員向けメッセージの中で、同社が移民なしでは成り立たないことや、社員の多様性が重要であることを伝え、影響のある社員に支援の手を惜しまないことをアピールした。
クックは、大統領選の結果が出た直後の社員向けメッセージでも、トランプの名前は出さないものの、アップルが社会的発展と平等性の確保を重視し、人々が外見や出身国、信仰などで差別を受けてはならないと強調。同社は、トランプ大統領の当選以前から名指しでユーザーのデータ保護や製品のオフショア生産に関して非難されており、社会の寛容性や多様性に否定的なトランプの価値観にも疑問を呈していた。
一方で、自動車の販売台数でフォルクスワーゲンを、トヨタを抜いて世界一のメーカーに押し上げる原動力ともなった中国は、トランプ大統領の「通貨操作を行う中国からの輸入品に45%の関税を課す」という選挙中の公約に対して反発。環球時報(政府系メディア「人民日報」の国際版)紙上で「iPhoneやアメリカ製の自動車、航空機の国内販売を抑制する手段を講じる」と対決姿勢を露わにしている。
実際にアメリカ政府が中国製品に新たな関税を課すとしても、45%というのは非現実的な数字(中国の米国製自動車に対する関税でも約20%)であるというのが常識的な捉え方だが、こうした感情的ともいえる政治的な応酬の影響をもろに受けるのがアップルであることに変わりはない。
Mac Proの製造が米国内の12の州で生産された部品を使ってテキサス州オースチンで組み立てられていることからもわかるように、クック自身、アメリカの地域産業に貢献したいという気持ちがないわけではない。ところが、米国内製造へのこだわりから同製品のリニューアルが進まないという見方も出てくるほど生産拠点の変更が足かせとなり、再びアジア生産に戻すことも検討しているとの情報もある。
▷国家の面子に翻弄されるアップル
いずれにしてもアップルはジレンマに立たされており、仮にトランプ大統領の意向に従って米国内での製造を拡大すれば、収益性や技術開発の速度が落ちる懸念があり、同時に中国における間接的な雇用を減らすことになって新たな火種を生みそうだ。
このことは、インド市場に目をむけつつも現状では中国市場を無視できないアップルにとって看過できない問題といえ、トランプ政権と中国政府との間で完全な板挟み状態となってしまいかねない状況にある。
だが、このまま進めば、それぞれの国家にとってもメリットが少ないどころか、基幹産業やひいては体制に関しても大きなマイナスの影響が出ることに一刻も早く気付くべきだろう。なぜなら、今の流れは「三方一両得」ならぬ「三方『千』両損」になりかねないからだ。
トランプ大統領はビジネスパーソンとして政治家にはできない判断に期待されているが、これでは米国経済にとってもメリットがあるとは思えない。
そんな状況の中でアップルにできることは、誰もが欲しくなるような魅力的な製品を作り続け、国を問わず消費者を味方につけることに尽きる。その間に、大国同士は実務者会議などを通じて、より現実的な落としどころを見つけるべきだろう。
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大谷 和利(おおたに かずとし) ●テクノロジーライター、原宿AssistOnアドバイザー
アップル製品を中心とするデジタル製品、デザイン、自転車などの分野で執筆活動を続ける。近著に『iPodをつくった男 スティーブ・ ジョブズの現場介入型ビジネス』『iPhoneをつくった会社 ケータイ業界を揺るがすアップル社の企業文化』(以上、アスキー新書)、 『Macintosh名機図鑑』(エイ出版社)、『成功する会社はなぜ「写真」を大事にするのか』(講談社現代ビジネス刊)。