死してなお最高の広告塔となるスティーブ・ジョブズ

死してなお最高の広告塔となるスティーブ・ジョブズ
2011年10月11日
TEXT:大谷和利(テクノロジーライター、原宿AssistOnアドバイザー)

スティーブ・ジョブズがこの世を去ってから1週間が過ぎた。折しも、iPhone 4Sの予約数が1日で100万件を突破し、過去の記録であったiPhone 4の同60万件を大幅に上回ったことが明らかとなった。

ジョブズの逝去報道で筆者がもっとも印象に残ったのは、各民放はもとより公共放送のNHKですらiPod・iPhone・iPadという商品名を挙げながら、彼の業績を振り返る映像を通常のニュースの枠内でそれなりの時間を割いて流したことである(なかには2008年のiPhone 3G発表時の映像を、2007年の初代iPhone発表だと紹介するような細かいミスが目立つものもあったが…)。

そして、ほぼすべてのメディアが、ジョブズの創り出す製品が我々の生活を大きく変えてきたという最大級の賛辞を惜しみなく送った。

このことは、現在のマルチタッチ操作のスマートフォンやメディアタブレットの起源をつくりあげたのが、どの会社であるのかを強く視聴者に印象づけることになり、ひいてはiPhone 4Sの予約を加速させたであろうことは想像に難くない。

反対に大きな打撃を受けたのは、iOSデバイスの追撃に躍起になっているAndroid陣営と、これからWindows Phone 7のセールスを本格化させようとしていたMicrosoftだ。

振り返れば、スティーブ・ジョブズがApple社に特別顧問的な立場で復帰してから最初に行ったのは、当時MicrosoftのCEOだったビル・ゲイツを訪れて、のちのMac OS X向けMicrosoft Officeの開発を始めるよう要請することであり、その席上で彼は「ビル、ふたりを合わせると、デスクトップの100%を押さえていることになる」と切り出した。

ここでいう「デスクトップ」とはパーソナルコンピュータ用OSを意味する。まるで両者のシェアが五分五分であるかのように聞こえるが、実際はWindowsが97%、Macは3%に過ぎなかった。

「できあがってもいない製品には肩入れしたくない」と及び腰になるゲイツを、ジョブズは「前に肩入れしたとき(初代Mac向けのExcelなどを指す)には良い思いをしたじゃないか」と説得し、結局、首を縦に振らせてしまう。ジョブズが帰ったあとでゲイツは「あいつは売り込みの天才だな」とあきれたという。

商売上手のゲイツですら舌を巻いたジョブズは、期せずしてこの世を去ったあとにも最高の広告塔として機能し、Apple社のリードを一層確実なものとする役割を果たしているのである。

問題は、今後のApple社がこうしたリードを保っていけるかという点だが、短・中期的にはティム・クックのマネジメントによって、これまで通りに成長していくものと考えられる。

ジョブズの死去による株価の下落が最小限にとどまったのも、投資家たちがそのように考えている証であり、生前の彼がiCloudの完成を急いだ理由も、そこまで築き上げることでApple社のポジション固めを確実なものにできると踏んだからにほかならない。

たとえば今回発表された新製品は、マイナーチェンジに留まるiPodシリーズはもとより、iPhone 4SにしてもSiri機能の内蔵以外は処理の高速化やカメラ機能の強化といった漸進的進歩にとどまり、革新性という点では見るべきところは少なかった。

その理由としては、全世界的に不況や経済不安の種が残る今の状況では、筐体デザインなどの更新にかかる設備投資をあえて抑え、買いやすさを最優先に据えた製品を出すことでユーザー層の拡充を優先したためと考えられる。

そしてこのシナリオが効果的に働くのは、ハードウエアだけでなくアプリケーションやサービスを含めたトータルな環境とエコシステムがほかのプラットフォームの追従を許さないところまで来ているからだ。これがあるために、一度でも製品を購入してもらえば、そのユーザーをほぼまちがいなく囲い込め、将来に渡るユーザーベースを確保できる。その意味で、ジョブズの最大の功績は、過去のヒット商品もさることながら、このユーザー囲い込みの仕組みをApple社の製品戦略の根幹に組み込んだことにあった。

ティム・クックの使命は、ジョブズの存命中には稼動できなかったiCloudをきちんと運営し、Apple社製品のプラットフォームとしての価値をさらに高めることにあり、それを確立することがCEOとしての次の試金石となるだろう。



スティーブ・ジョブズ


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[筆者プロフィール]
おおたに・かずとし●テクノロジーライター、原宿AssistOn(http://www.assiston.co.jp/) アドバイザー。アップル製品を中心とするデジタル製品、デザイン、自転車などの分野で執筆活動を続ける。近著に『iPodをつくった男 スティーブ・ ジョブズの現場介入型ビジネス』『iPhoneをつくった会社 ケータイ業界を揺るがすアップル社の企業文化』(以上、アスキー新書)、 『Macintosh名機図鑑』(エイ出版社)。

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