かつての「Apple II」に似た状況とティム・クックの思惑

2017年1月6日
TEXT:大谷和利(テクノロジーライター、原宿AssistOnアドバイザー)

▷アップル社内に流れる不安、言及されるデスクトップの今後

つい先日、ティム・クックが社員向けのフォーラムを通じて「我々のロードマップには素晴らしいデスクトップがある」とのメッセージを書き込んだとの報道があった。

「ハードウェア戦略がモバイルデバイスにシフトし、デスクトップであるMacintoshラインがないがしろにされているのでは?」という話は今に始まったことではない。

iPhoneやiPadの成功を受け、同社の利益のかなりの部分はiOSデバイスに依存するようになった。思えばその時から、このような話はマスコミの論調などにも度々浮上しつつも、大規模なモデルチェンジによってしばらく沈静化するという波を繰り返してきた。そうした報道が取りざたされる度、アップル社内にも不安の声は深まっていた。


▷生産中止となった「Apple II」、Macは同じ道を行く?

初代iMacの頃には、会社の復活や"Think Different"なブランドイメージを育てるため、意図的に派手なモデルチェンジを行なっていたアップル。しかしビジネス基盤が安定してからは、1つのデザインを長期的に維持することで、数年前のモデルであっても古く感じさせない効果を生み出してきた。

 

これは製品作りとして真っ当な戦略であり、消費者からすればありがたくもある。しかし一方で消費者自身が変化を求め、それをメーカーが先取りすることで新たな需要と供給が成立するといった、厳然と存在する市場の原理にはそぐわない面も見られる。

近年、特にコンシューマー市場においては、性能比較によって製品の優劣を論じる意味が薄れていることは事実だ。それでも近年Macintoshシリーズでは、外観だけでなく内部仕様的にも変化が緩やかなため、iOSデバイスと比べて開発に力が入っていないとみなされても致し方ない面があった。

新世代の製品の陰で従来製品の存在感が薄れる。こうした状況は、1970年代末~1980年代半ばまでのアップルを支えた「Apple II」と、1984年に発表され、紆余曲折を経て同社の主力製品へと育った黎明期の「Macintosh(Mac)」の関係と非常によく似ている。

 

成長株のMacに対し、社内リソースが奪われていく不安を覚えたのはApple IIの開発チームであった。Macの誕生後も、Apple IIラインには可搬性に優れた「Apple IIc」や、Mac的なGUIを搭載した「Apple IIGS」が追加されたものの、それを最後にニューモデルは登場せず、IIGSも1992年に生産中止となった。


▷存続と終息の判断を見誤ることにこそ、本当の危機がある

厳密には、当時の「Apple II」と「Macintosh」が同じ「デスクトップ市場」に向けた製品であったのに対し、現在の「iOSデバイス」と「Macライン」は市場のオーバーラップがあっても、異なるベクトルを向いた製品であるという点で、今は棲み分けができている。

 

従ってラップトップやモバイルデバイスのデザインと比べ、画面サイズ、メモリ&ストレージ容量、I/Oの多様性、パフォーマンスの違いなど「デスクトップMac」のユニークさについてティム・クックが言及し、次期モデルに期待を持たせることは、現時点では理に適っているといえよう。

Xserve

今は無き「Xserve」(アップル純正のサーバー専用機)の例を見ても、需要があれば開発、販売は続くが、自社のビジネスの方向性とマッチしなくなればプロジェクトを中止するということは、アップルでも普通に行われてきた。その判断ができなくなった時にこそ、本当の危機はやってくる。

 

やがてVR技術やクラウドストレージなどの発達により、デスクトップ機のメリットを完全に代替できるようになれば、大型ディスプレイをシステムの中核に置く製品は淘汰されることになるだろう。だが、2017年を含めてここ数年はまだそのタイミングではなく、デスクトップMacもまた別の革新を見せてくれるものと期待している。



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[筆者プロフィール]
おおたに・かずとし●テクノロジーライター、原宿AssistOn(http://www.assiston.co.jp/) アドバイザー。アップル製品を中心とするデジタル製品、デザイン、自転車などの分野で執筆活動を続ける。近著に『iPodをつくった男 スティーブ・ ジョブズの現場介入型ビジネス』『iPhoneをつくった会社 ケータイ業界を揺るがすアップル社の企業文化』(以上、アスキー新書)、 『Macintosh名機図鑑』(エイ出版社)、『成功する会社はなぜ「写真」を大事にするのか』(講談社現代ビジネス刊)。
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