単体でLTE通信が可能となった Apple Watch Series 3 の真の価値

2017年9月21日
TEXT:大谷和利(テクノロジーライター、AssistOnアドバイザー)

前回、アップルのスペシャルイベントに関するコラム「アップルスペシャルイベントへの賞賛と推測される裏事情」の中で、Apple Watch Series 3 について次のように結論づけた。「筆者を含めて、常に iPhone と Apple Watch Series 2 を同時に持ち歩くユーザーにとっては、さほど食指が動かないかもしれないが、ウォータースポーツの愛好者や買い替え/買い増しを考えている初代モデルのオーナーには、かなり魅力的な選択肢といえるだろう」と。しかし、その直後に、この考えを改めることになる出来事が起こった。そこで、Apple Watch Series 3 の価値がどこにあるのか、問い直してみる。


▷偶然が重なって生じた iPhone の置き忘れ

その出来事とは、数日間の出張の際にうっかり愛用の iPhone 7 を自宅に置いてきてしまった――というものだ。ちょうど8月末に、Apple Watch Series 2 のバッテリーインジケーターに不具合が発生し、通常とは違う動作を繰り返していたことも、置き忘れに気付くのが遅れた理由の一つだった。

Apple Watch Series 2 不具合の顛末

8月末頃、筆者愛用の Apple Watch(Series 2のNike+モデル)のバッテリーインジケーターが、なぜか100%のまま減らなくなるという症状が発生した。単なるバッテリー表示の不調ならまだしも、3~4時間経つと突然電源が切れてしまうのである。

その状態でチャージャーに置くと再起動し、ゼロの状態から充電が始まるので、何らかの要因で電力が急激に消費されていたと思われるが、これでは、たとえば Apple Watch の Suica で改札を通った後、電車で移動中に前触れなく電源が切れる可能性があり、非常に厄介である。

これが何回も連続して発生するので、アップルストアのジーニアスバーに持ち込んだものの、原因は不明。まず、定石どおりにリセットを勧められたが、再充電時には電源オフ状態から起動しているため、それだけで解決しないことは明らかである。結局、ペアリングからやり直して様子を見ることになった。

インストールされたアプリに問題がある場合、バックアップからの復元では同じ症状が再発するかも知れず、新規の Apple Watch として設定をやり直すことが求められる。しかし、幸いなことに、再ペアリングとデータの復元によって問題は収まった。ちなみに担当者は大変真摯的で、かつ丁寧に対応してくれた。
さて、出張の朝、駅に向かう途中で Apple Watch に目をやると、なぜか画面上部中央に iPhone との接続が切れていることを示す小さなアイコンが光っている。そのとき最初に思ったのは、Apple Watch か iPhone のスクリーンに不用意に触れてしまって、機内モードがオンになっているのでは……、ということだった。

これも、かつて iPhone をスリープさせないままジーンズのバックポケットに入れた際に、いつの間にか純正メールとGoogle検索の2つのアプリアイコンが削除された経験があり、判断が鈍ったのだ。ご存知のようにアプリアイコンの削除は、アイコンの長押しに加えて、揺れているアイコン上の×印をタップする必要がある。つまり、確率は低いものの、この2つの操作がスクリーンとジーンズの生地との接触によって偶然起こったことになる。したがって、今回の出張の朝にも、それに近い状態となり、機内モードがオンされたものと勘違いしてしまったのである。

ところが、改めて Apple Watch を確認すると、機内モードはオフで問題はない。そこですぐに iPhone も確認すべきだったのだが、先の Watch側の不調が頭に浮かび、てっきり別の不具合で iPhone とつながらないのだろうと考えてしまった。Apple Watch の入手以来、路上で iPhone を取り出す機会が減ったことや、予約した列車の発車時刻が迫って先を急いでいたこともあり、置き忘れに気づいたときには既に引き返せないところまで来てしまっていた。

しかし、iPad Pro もあるので、連絡や調べ物は何とかなると思い、わずか数日だが iPhone のない生活をしてみることにした。

▷iPhone のない日々を過ごして

Apple Watch は、iPhone との接続が切れていても、ある程度までは単独で機能する。たとえば、接続していたときに同期されたカレンダー情報は生きているので、予定時刻や設定した通知時刻になると、きちんとその旨を知らせてくれる。チャージ金額が残っていれば Suica を利用することもできる。ただし、Suica へのチャージ(改札でのオートチャージを含む)は、ネットワークにつながっていないと処理できないため、あくまでも残高内での利用が前提であるが。

また、ペアリングされた iPhone と共に接続したことのあるWi-Fiネットワークには Apple Watch 単体でも自動でつながる。したがって、戸外でも契約しているWi-FiスポットやポケットWi-Fiなどがあれば、Suica のチャージもできることになる。

このWi-Fi経由でのネットワーク利用は、FaceTime や iMessage、あるいは、iPhone側での処理を前提としない天気予報などのアプリでも有効であり、ベーシックなコミュニケーションであれば Apple Watch のみでもそこそここなせるといってよい。

逆に、筆者がよく使う機能で困ったのは、経路探索系アプリだ。これらのアプリでは、まず iPhone側で駅やスタート/ゴール地点の設定が必要なため、Apple Watch がインターネットにつながるだけでは機能しない。また、一般携帯回線経由の通話も Apple Watch のみではサポートされないため、留守宅に届け物にきた宅配業者が iPhone の電話番号宛てに残した伝言なども、出張中には確認することができなかった。

ということで、いわゆるサーチ的な利用を諦めれば、iPhone を持たない生活は思ったよりも苦痛ではなかったといえる。もちろん、出張絡みという部分では、iPad Pro がなければ、かなりストレスを感じたに違いない。本当に必要な場合には、途上で iPad Pro を取り出したり、カフェなどで落ち着いて情報検索や作業を行うこともできたので、それで救われた部分もある。

しかし、日常生活における買い物やポタリング(散歩感覚のサイクリング)であれば、LTE対応の Apple Watch のみを身につけて出かけるというのは、かなり現実的な選択肢に思えた。そして、ユーザーの職種や役職にもよるが、(ほかにノートPCやタブレットがあるという前提で)短期の出張であれば十分対応できるとも感じたのだった。


▷「情報の水門」を強化するLTEモデル
筆者は折に触れて、Apple Watch は「情報の水門」であると説明してきた。情報の波を単純に弱める防波堤でも、情報洪水を遮断する堤防でもなく、流入量を調節できる水門という意味だ。

そして、これまでの自分がそうであったように、常に iPhone と共に持ち歩かないと気が済まないのであれば、Series 3 のLTE対応モデルの恩恵はなきに等しい。結局のところ、必要以上に iPhone を取り出し、見なくても済むような情報をブラウズしてしまうからだ。

しかし、自分を取り巻く情報を積極的にコントロールしたいと思うなら、Series 3 のLTEモデルは、その水門としての機能を強化する存在といえる。LTE経由でクラウドに接続できることが前提となれば、経路探索系アプリも Apple Watch単体で機能し、声による駅名検索や、路線の提示などを行えるようになるかもしれない。(個人的な願望でもある)。

とはいえ、Apple Watch のLTEモデルが電話番号を iPhone と共有するようになっているのは、まだ iPhone の販売台数を維持しておきたいアップルの思惑を強く感じる制約だ。初期設定やアプリの管理には、依然として母艦的なデバイスが必要だとしても、Apple Watch を単独利用できるならば、それが iPhone ではなく、iPadなどでも問題ないと思えるからだ。

そして、LTEモデルを含めて Apple Watch を今まで以上に普及させていくために、おそらくアップルが直面する最大の問題は、路上でも駅のホームでも、あるいは自転車に乗っていても、いわゆる「ながらスマホ」を止めようとしないSNS漬けとモバイルゲーム依存の人たちに、情報をコントロールする意識をどうやって持たせるかという点になるだろう。

結局のところ、受け手の側にそういう意識がなければ、Apple Watch が目指す適度に抑制された情報環境のメリットは理解されないであろうし、そこに対価を支払わせることは、かなりの困難が伴うと言わざるを得ないのである。


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[筆者プロフィール]
大谷 和利(おおたに かずとし) ●テクノロジーライター、AssistOnアドバイザー
アップル製品を中心とするデジタル製品、デザイン、自転車などの分野で執筆活動を続ける。近著に『iPodをつくった男 スティーブ・ ジョブズの現場介入型ビジネス』『iPhoneをつくった会社 ケータイ業界を揺るがすアップル社の企業文化』(以上、アスキー新書)、 『Macintosh名機図鑑』(エイ出版社)、『成功する会社はなぜ「写真」を大事にするのか』(講談社現代ビジネス刊)。
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