「ARKit」で裾野を拡げ、iPhone X / TrueDepth+αで頂点を極めるアップルのAR戦略

2018年02月05日
TEXT:大谷和利(テクノロジーライター、AssistOnアドバイザー)
2018年となって、はや1ヶ月。今年は、昨年にARKitが種を蒔いた一般向けの拡張現実技術が、様々なレベルで実を結ぶ"AR year for the rest of us"の年になっていくだろうと予想している。そこで今回は、改めてARKitの意義とiPhone Xが示す今後のアップルのAR技術の方向性を考え、次世代ARの姿を浮き彫りにしてみたい。

▷ARプラットフォームの登場で身近になるアプリ開発

念のために書いておくと、"AR year for the rest of us"の"for the rest of us"の部分は、初代Mac登場時のキャッチフレーズだった、"Computer for the rest of us"(マニア以外のすべての人のためのコンピュータ)に倣って、ARに当てはめてみたものだ。初代Macにとって、コマンドを打ち込まなければ使えなかったそれまでのコンピュータを日常的な存在にするための仕掛けは、GUI(グラフィカル・ユーザー・インターフェース)だった。

同様に、これまで特殊なマーカーやハードウェアが必要で、好奇心に満ちた一部のユーザーやゲーマーの占有物的な存在だったARを、誰もがいつでもどこでも使えるようにするという使命を、iOS 11のARKitは担っている。

もちろん、ARを普及させようとする試みは他にもあり、マイクロソフトの「Hololens」などは未来的なデザインのゴーグル内に情報処理やAR表示に必要な機能をすべて収めているが、現時点ではあくまでも開発者や企業の特定業務向けで、価格的にも利用スタイル的にもコンシューマー向けではない。

Microsoft HoloLens

あるいは、グーグルもスマートフォンをハード的に強化して3D空間の認識を可能にし、新たなARプラットフォームを作り出そうとする「Tango」プロジェクトを打ち出したが、サポートを表明するハードウェアメーカーが少なく頓挫。現在は、標準的なスマートフォンでの動作を前提としたTangoの汎用版ともいうべき「ARCore」の推進に切り替え、あわよくばソフトハウスがARKitアプリを移植してくれることを視野に入れている。

とはいえ、「ARKit」を後追いする形で発表された「ARCore」の登場は、iOS・Android双方のスマートフォンで、ミドルウエア企業の手を借りずともARアプリの開発が容易になったことを意味しており、今後、サードパーティーによるアプリ開発が活発化していくことは間違いのないところだろう。

▷ARKitで裾野を拡げTrueDepth+αで頂点を極める
現時点では、「ARKit」と「ARCore」の機能はほぼ同等とみられているが、グーグルがアップルのデベロッパーを取り込むつもりならば、それも納得できる。しかし、次に触れていくように、ソフトウェアベースのAR競争では、対応できる端末台数からいっても「ARKit」が明らかに先行しており、グーグルがどこまで追い上げられるのかは、2018年の注目ポイントの1つとなりそうだ。

ここで「ARKit」と「ARCore」を取り巻く環境の違いを見てみると、Android 7.0以降に対応する「ARCore」は、正式リリース前のプレビューの段階で1億台のデバイス上での動作を目指すとされている。

対して、iPhone 6/6 S以降のモデルで機能する「ARKit」は、ハード的にはすでに3.8億台以上のiPhoneで動作可能であり、iOS 11へのアップデート率が過半数を超えることを勘案すると、現時点ですでに2億台前後が実際に対応済みであると考えられる。このあたりは、シェアが多くともハード仕様やOSのバージョンが分断化しているAndroidと、統一性の高いハードウェアを持ち新機種への買い替え率も高いiPhoneの違いが如実に反映された数字だ。

さらに、2017年、グーグルが「Tango」の閉鎖を表明した一方で、アップルは、iPhone XにおいてTrueDepthカメラの実用化に踏み切っている。TrueDepthカメラは、内蔵されたドットプロジェクターから、目に見えない3万個の赤外線のビームを顔に照射し、その三次元形状を克明にデータ化することができるものだ。iPhone Xではこれに、AIのマシンラーニングを駆使して得られた、ユーザーの表情によって変化するデータの変形を加味して、顔の認証を行うFace IDという形で結実させている。

そしてアップルは、このTrueDepthカメラの延長上にある技術を使い、遅くとも2019年にはハードベースのAR対応iPhoneをリリースし、ARKitで拡げた裾野の上に、さらに進化したAR環境を作り出していくと考えられる。グーグルが諦めざるを得なかった、強化されたハードウェアの上に成り立つARを単独で実現するのである。
現状では、比較的近距離にある顔に特化したチューニングになっているものと思われるが、技術的には顔以外の物体の3Dスキャンにも応用できるだろう。また、赤外線ビームのまま拡張可能かは不明だが、少なくともこれに類する技術を使って、より遠くにある顔以外の物体や壁の測距や形状把握などにも対応可能なはずだ。

最終的には、インカメラだけでなく、アウトカメラ側でも正確な距離測定や空間把握ができるようになり、ARKit単体よりも精度が高く、しかも、合成されるCGより手前にあるべきものも正確な重ね合わせで表示することさえ可能となっていく。ソフトベースからハードベースへと展開するこうした流れは、すべてのiOSデバイスの開発を自社で手がけるアップルだからこそ可能な、グーグルとは逆のアプローチといえよう。

▷開発者は思いつくことをすべて試し
 ユーザーもARを学ぶべきである

とはいえ、ARKitにせよARCoreにせよ、それはあくまでもOSがデバイスに可能性を与えるものであり、実際にユーザーが感じるメリットは、対応アプリによってもたらされる。この意味で、2017年は物珍しさが先に立った感があり、開発者側もどんなことができるのか、手探りで試してみたというところだろう。

その結果、実用系では家具などの配置をARで試せたり、仮想的なメジャー(巻尺)などの発想が似通っているアプリ。エンターテイメント系では、既存のゲームの背景としてカメラを通した風景やテーブルが使われる、実はARでなくても成立するようなアプリが目立った印象を受けた。しかし、後述するように、もっと様々なアイデアをARで試そうとする動きも出てきており、今後の展開に期待できる。

また、ユーザー側にもARに関するリテラシーがなければ、単に目新しい機能というだけで終わってしまいかねない。たとえば、フランスは2015年の段階で指導要領にあたる政府発表のカリキュラムにおいて、すでにARを教育過程に採り入れていくことを明記している。日本でも、英語やプログラミングだけでなく、児童のARに対するリテラシーを高める取り組みを行なっていくべきだろう。


▷ARの未来を予感させる、特徴的な5つのアプリ
今回の締めくくりとして、筆者の目に留まったiOS向けのARアプリを5つ紹介しておきたい。
まず、1つ目は、視覚障碍者向けに階段や障害物の有無を検出し、その有無を音の変化によって知らせる「echoAR」。視覚的なARではなく、リアルな空間を音で拡張して、目の不自由な人がより安全に移動できるようにする試みだ。

『echoAR』
デベロッパ: ELIX Inc
https://itunes.apple.com/jp/app/echoar/id1309675088?mt=8
2つ目の「TweetReality」は、ツイッターのツイートが目の前の空間に浮かぶように表示され、タップすると拡大されて読めるというもの。iPhone上で使うとギミック感が強いが、将来的に優れたグラスタイプのARデバイスが登場すれば、このような情報の閲覧が当たり前になるかもしれないという意味でショーケース的に採り上げた。

『TweetReality』
デベロッパ: Oscar Falmer
https://itunes.apple.com/jp/app/tweetreality/id1295207318?mt=8
3つ目の「Chicago00 The Eastland Disaster」は、1915年にシカゴのクラーク・ストリート橋に停泊中の客船イーストランド号が転覆した事件のときに撮影された写真を、現在の風景に重ね合わせて表示する歴史教材的なアプリ。ARKitは使われていないが、今後の教材の在り方の1つの方向性を示している。

『Chicago00 The Eastland Disaster』
デベロッパ: Geoffrey Rhodes
https://itunes.apple.com/jp/app/chicago00-the-eastland-disaster/id1158733744?mt=8
4つ目の「Shadows Remain」は、とてもよくできた箱庭的なARスリラーであり、思わず引き込まれる巧みな演出が盛り込まれている。ナレーションはすべて英語だが難解ではなく、字幕(これも英語ではあるが)も表示できるので、語学に堪能でなくても十分に楽しめるものと思われる。

『Shadows Remain: AR Thriller』
デベロッパ: Halfbrick Studios
https://itunes.apple.com/jp/app/shadows-remain-ar-thriller/id1292142288?mt=8
5つ目は、トポロジー・アイウェアというアメリカの眼鏡通販企業による眼鏡フィッティング用のアプリ「Topology Eyeware」である。カメラで顔をスキャンすると、その形状にあった眼鏡をリストアップし、さらに、実際にかけた状態のイメージをARによって再現してくれるというもの。

正面からだけでなく、顔を左右に振ったときの見え具合も確認できるので、実物を見ながら選ばなくても、かなりそれに近い体験がモバイル状態で可能となる。

『Topology Eyeware』
https://itunes.apple.com/us/app/id1110119242?mt=8
(アメリカのApp Storeでのみ入手可能)

Topology Eyeware

特に最後のアプリは、独自技術でiOS 10以上をインストールしたiPhone 6以降のデバイスで機能するため、TrueDepthカメラとARKitは使われていないが、その分、フェイスデータの生成に少し時間がかかる。将来的に、iPhone X以外にもTrueDepthカメラが搭載されるようになって、それに対応すれば、この種のアプリは一層優れたものとなるだろう。

いずれにしてもTopology Eyewareのアプリは、これまで対面販売でなければ実現不可能だったサービスがセルフサービスで行え、さらに3Dの状態で試着してから購入を決められることを意味しており、Eコマースの適用範囲を大きく広げるものだ。

これらのアプリには、発想、適用分野、UX(ユーザー体験)の作り込み、ストーリーテリングの流れなどの点で、他のデベロッパーに参考になる部分も多い。こうした例をヒントにして、2018年には、さらに充実したARの応用例が現れることに期待したい。


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[筆者プロフィール]
大谷 和利(おおたに かずとし) ●テクノロジーライター、AssistOnアドバイザー
アップル製品を中心とするデジタル製品、デザイン、自転車などの分野で執筆活動を続ける。近著に『iPodをつくった男 スティーブ・ ジョブズの現場介入型ビジネス』『iPhoneをつくった会社 ケータイ業界を揺るがすアップル社の企業文化』(以上、アスキー新書)、 『Macintosh名機図鑑』(エイ出版社)、『成功する会社はなぜ「写真」を大事にするのか』(講談社現代ビジネス刊)。
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