第1話に引き続き、高井薫氏のアートディレクション術に迫る。今回ピックアップするのは、雑誌「Esquire」の企画。ファッションブランド「HUNTING WORLD」の商品をテーマとした作品だ。
第2話 デザインにおける自分らしさ
みんなと同じものを作るのだったら
その人のデザインはいらなくなってしまう
──今回の作品は、どのような企画だったのでしょうか。
高井●これは「Esquire」という雑誌内の企画で、バッグブランド「HUNTING WORLD」のビジュアルを、アートディレクター5人が連作するというものでした。1点目が古平正義さん、次が佐野研二郎さんで、3番目が私、その次が野田凪さんで、最後が柿木原政広さんという順番です。
──制作の際には、どのようにイメージを固めていったのですか?
高井●商品がバッグなので、まずはバッグに対してのド真ん中を考えました。すると「持つ」もしくは「詰める」といったことではないかと思えたんですね。バッグの特徴は取っ手を握って重さを感じること。持ち上げる感触こそがバッグのシズルだろうと考えたわけです。そこで、人間の手を紙で作ってバッグを持ち上げているようなビジュアルにしました。
雑誌「Esquire」で展開された企画。ファッションブランド「HUNTING WORLD」のビジュアルをアートディレクター5人が連作
──不思議な印象を受ける作品ですね。
高井●重いものを、はかないものが持ち上げているところで、重力の不一致が生まれているんです。しかも誌面が横位置だったので、ビジュアル全体を横向きに倒しているのですが、さらに重力がどちらを向いているのかわからなくなっているでしょう? そこを狙った作品なんです。
──どのように作られたのか気になる作品に仕上がっていますね。影が出ていますが、実際に浮かせて撮影しているんですか?
高井●そうです。後ろで細工をしてバッグを支えているんですよ。そこに手を引っ掛けてから撮影しているんです。
──制作するにあたって、与えられた制約は少なかったのでしょうか?
高井●アートディレクターが、それぞれの特徴を出すという企画だったので、本当に自由に制作させていただきました。ただ、掲載の順番として3番手でしたし、自分の前のお二人は男性でしたので、私の作品では少し明るめの雰囲気を出して違いを出すようにしました。
──こういったケースでは、ほかの方の作品と並んだ見え方も強く意識するものですか?
高井●より「自分らしい」ものを作ろうとは考えますね。デザインの方向性には、さまざまなものがありますから。私の個性とは違いますが、すごくカッコいいものを作れば、それに人が付いてくると考えているアートディレクターもいると思うし、かわいいことがポイントとなっているデザインもあると思う。興味の引き方は人それぞれですよね。
──高井さんにとっての「自分らしさ」とは、どのようなものでしょう?
高井●ド真ん中を狙っているけれど、少し不思議で変わったように見えるところでしょうか。それと、もう1つは「記憶」なんですよ。自分の記憶というよりは、世の中の全員が持っている最大公約数のような記憶です。懐かしいと思う感情に人はあらがえない。だから、その要素を必ず1つは混ぜるようにしています。これ、制作上の秘密ですよ(笑)。感情にダイレクトに突き刺さることは大事だと思っていて、人を動かすときの力として、それは大きな要素だと私は信じているんです。
──やはりデザインをするうえで「自分らしさ」は大切にしたほうがいいのでしょうか?
高井●そのほうがいいと思います。だって、みんなと同じだったら、その人のデザインはいらないわけですからね。そこは強く意識しています。
──なるほど。ただ、自分の個性を出す必要があるけれども、必ずしもエゴばかりを出すものではないという考え方もあります。ある意味、矛盾のようなところもあって、難しく感じるのですが……。
高井●そうですね。ただ、たとえば私が普段やっている広告のような仕事でも、クライアントの要望と「自分らしさ」が交わる接点って、それほど多くはないんですよ。多分、針の穴くらいの一点しかない。そこを通すポイントって、企画としては意外に考えやすいものなのですよ。
(取材・文:佐々木剛士 人物写真:谷本夏)
次週、第3話は「シリーズものの広告デザイン」について伺います。こうご期待。
(取材・文:佐々木剛士 人物写真:谷本夏)
次週、第3話は「シリーズものの広告デザイン」について伺います。こうご期待。
[プロフィール] た かい・かおる●1967年東京生まれ。多摩美術大学卒業。サントリー宣伝制作部を経て2002年よりサン・アド。最近の仕事には、サントリー、ユナイテッ ドアローズ グリーンレーベル リラクシング、アナザーエディション、CLASSICS the Small Luxury 、Franc francなどがある。ADC賞、朝日広告賞グランプリなどの受賞経験がある。 |