
様々なジャンルで活躍するデザイナーの来歴をたどるシリーズ、第7回は「デザインとメディア供給の融合」編。エディトリアルからWeb、パッケージなど幅広いデザインを手がけながら、自主制作マガジンの発行や海外誌のディストリビューションも兼ねた“アソシエイツ”を主宰する高橋伸幸さんを取材し、その経歴から現在に至るまでの足跡をうかがいます。
第2話 独立、そして自主出版

高橋伸幸さん
別の世界を見てみたい
――編集プロダクションでデザインを担当するようになって、グラフィックへの興味が芽生えたわけですね。
高橋●デザイン担当というほどでもなく、単なる“係”でしたが、他にもインテリアの季刊誌などを任されて、次第に「紙って面白いな」と思うようになりました。もちろん専門教育を受けていないので、編集スタッフや印刷業者の方々の手助けが必要でしたが。
――その勤務を辞めて、独立したきっかけは?
高橋●建築やアートの雑誌って、どこどこに素敵なものが建ちました、できましたとか、アカデミックな言葉を並べて、理論武装するようなところがありますよね。最初はそこに面白みを感じて入ったのですが、徐々に嫌気が差してきて、少し離れたほうがいいかな……と思ったんです。日々インタビューの現場などに立ち会っていると、内心「この世界だけではないところも一回見てみたいな」と感じて。
――インテリアデザイナーになろうと思って入ったけれど、出口は違ったわけですね。
高橋●ええ。で、グラフィックで仕事を続けようと思って独立したのですが、やれる自信なんてまったくなかった。なんの保証もないし…。ただ、やる限りはできるだけのことをやって、やった結果、満足できなければあきらめてもいいかな、と。
――97年7月に事務所を設立してますが、ちょうど当時DTPが浸透して、グラフィックデザインの間口が広がった時期でもありましたね。
高橋●確かにそういうタイミングでした。よくも悪くも、マシン一台あればグラフィックデザイナーになれるという勢いがあった。営業でいろんな出版社や編集プロダクションを回ってみても、若いからとりあえず仕事一本頼んでみようか……というムードが漂っていたように思います。
――立ち上げは一人で?
高橋●いいえ。もう一人パートナー(小林俊之氏。後にスリーミンを離れて独立)がいて、その後、いまも在籍している堀場佳代子が加わりました。
――当初はエディトリアルをメインに?
高橋●そうですね。あと、映画配給会社の仕事がありましたが、最初から事務所名義で自主的に本……というか雑誌みたいな媒体を作りたいと思っていました。編集プロダクションでの勤務時代はいろんな人の声や好みを引き出すのが仕事で、自分はそうでないと思っていても形にしていかなければならないことがある。そういうものを一切考えないで、100%自分達だけで考えた媒体を作ってみたかったんです。
高橋●デザイン担当というほどでもなく、単なる“係”でしたが、他にもインテリアの季刊誌などを任されて、次第に「紙って面白いな」と思うようになりました。もちろん専門教育を受けていないので、編集スタッフや印刷業者の方々の手助けが必要でしたが。
――その勤務を辞めて、独立したきっかけは?
高橋●建築やアートの雑誌って、どこどこに素敵なものが建ちました、できましたとか、アカデミックな言葉を並べて、理論武装するようなところがありますよね。最初はそこに面白みを感じて入ったのですが、徐々に嫌気が差してきて、少し離れたほうがいいかな……と思ったんです。日々インタビューの現場などに立ち会っていると、内心「この世界だけではないところも一回見てみたいな」と感じて。
――インテリアデザイナーになろうと思って入ったけれど、出口は違ったわけですね。
高橋●ええ。で、グラフィックで仕事を続けようと思って独立したのですが、やれる自信なんてまったくなかった。なんの保証もないし…。ただ、やる限りはできるだけのことをやって、やった結果、満足できなければあきらめてもいいかな、と。
――97年7月に事務所を設立してますが、ちょうど当時DTPが浸透して、グラフィックデザインの間口が広がった時期でもありましたね。
高橋●確かにそういうタイミングでした。よくも悪くも、マシン一台あればグラフィックデザイナーになれるという勢いがあった。営業でいろんな出版社や編集プロダクションを回ってみても、若いからとりあえず仕事一本頼んでみようか……というムードが漂っていたように思います。
――立ち上げは一人で?
高橋●いいえ。もう一人パートナー(小林俊之氏。後にスリーミンを離れて独立)がいて、その後、いまも在籍している堀場佳代子が加わりました。
――当初はエディトリアルをメインに?
高橋●そうですね。あと、映画配給会社の仕事がありましたが、最初から事務所名義で自主的に本……というか雑誌みたいな媒体を作りたいと思っていました。編集プロダクションでの勤務時代はいろんな人の声や好みを引き出すのが仕事で、自分はそうでないと思っていても形にしていかなければならないことがある。そういうものを一切考えないで、100%自分達だけで考えた媒体を作ってみたかったんです。
はじめての自主媒体
――それが自主制作・発行の『3minutes at tokyo』ですね。
高橋●そうです。事務所を立ち上げてから1年半ぐらいのとき。お金はないかわりに時間だけはあった。だからできたということはあったかもしれません。ちょこちょこ仕事もありましたが、ほんと事務所を維持するだけのお金しかなかったから。
――とはいえ、内容も仕様も素晴らしい。書店で見かけたときに感心したのですが、かなり制作費がかかったのでは?
高橋●いや、部数も少なかったし、それほど制作費はかかってません。使用したザラ紙も包装紙も安くはなかったですが、普通の雑誌と同じに見えてしまったら意味がないと思って。インディーズはインディーズとして、インディーズにしかできない内容と仕様にしたかったんです。
――当時、インディーズ・マガジンを取り巻く気運も世間に広まってましたが、その中でも異彩を放ちつつ、きちんとテキストを読ませる造りが新鮮でした。
高橋●ビジュアル重視で、なんとなくタレントやアーティストを引っ張ってきて特集を組むような雑誌が多かったじゃないですか。むしろ、この『3minutes at tokyo』はあまりデザインしたくなかった。あくまでも自分たちの視線から見えた「日常」を、編集・デザイン的な演出を加えない、ありのままの姿で伝えたかったんです。いま読み返すと稚拙で恥ずかしい部分もありますが……。
――スタッフは事務所の方々以外にも?
高橋●基本的に表紙のゴミの写真以外は、テキスト、写真、映像は全部自分たちでやってます。あと添付したCDには、FARR(現在、CALM名義で活動中)に音源を作ってもらいました。翻訳テキストは、知り合いのネットワークをフルに活用しました。
高橋●そうです。事務所を立ち上げてから1年半ぐらいのとき。お金はないかわりに時間だけはあった。だからできたということはあったかもしれません。ちょこちょこ仕事もありましたが、ほんと事務所を維持するだけのお金しかなかったから。
――とはいえ、内容も仕様も素晴らしい。書店で見かけたときに感心したのですが、かなり制作費がかかったのでは?
高橋●いや、部数も少なかったし、それほど制作費はかかってません。使用したザラ紙も包装紙も安くはなかったですが、普通の雑誌と同じに見えてしまったら意味がないと思って。インディーズはインディーズとして、インディーズにしかできない内容と仕様にしたかったんです。
――当時、インディーズ・マガジンを取り巻く気運も世間に広まってましたが、その中でも異彩を放ちつつ、きちんとテキストを読ませる造りが新鮮でした。
高橋●ビジュアル重視で、なんとなくタレントやアーティストを引っ張ってきて特集を組むような雑誌が多かったじゃないですか。むしろ、この『3minutes at tokyo』はあまりデザインしたくなかった。あくまでも自分たちの視線から見えた「日常」を、編集・デザイン的な演出を加えない、ありのままの姿で伝えたかったんです。いま読み返すと稚拙で恥ずかしい部分もありますが……。
――スタッフは事務所の方々以外にも?
高橋●基本的に表紙のゴミの写真以外は、テキスト、写真、映像は全部自分たちでやってます。あと添付したCDには、FARR(現在、CALM名義で活動中)に音源を作ってもらいました。翻訳テキストは、知り合いのネットワークをフルに活用しました。

1999年3月、スリーミン・グラフィック・アソシエイツ制作/発行のCD-EXTRA付きマガジン『3minutes at tokyo』。「東京12章:空想と現実の3分間」をテーマに、小説、写真、映像、音楽の複合によって都市の不確かな「日常」を記録している。クールかつダイナミックなビジュアル、繊細なまなざしが向けられたテキストから浮かび上がる「東京像」は、高橋氏らスタッフの高い意識を伝えている。
――かなりレスポンスがあったのではないですか?
高橋●初対面の人と会うときにすごくわかりやすくなりましたね。こういう媒体がひとつあると、自分たちはどういうスタンスで何を考えているのか、素早く伝わるのが大きかった。まあ、それで採算がとれればよかったのですが……とれなくてもいいやと思っていたところはあります。
――プロモーションツールとして見たら、すぐに仕事を頼みたくなりますよ。
高橋●そう感じてもらえたら、それだけでも十分です。
??書店への流通も自分たちで回ったのですか?
高橋●はい。電話して担当者をつかまえて、配送から清算も全部自分たちで。
――大変だったのでは?
高橋●ええ、きっと若かったんです(笑)。
次週、第3話は「仕事と自分たちの興味の共存」についてうかがいます。
(取材・文:増渕俊之 写真:FuGee)
高橋●初対面の人と会うときにすごくわかりやすくなりましたね。こういう媒体がひとつあると、自分たちはどういうスタンスで何を考えているのか、素早く伝わるのが大きかった。まあ、それで採算がとれればよかったのですが……とれなくてもいいやと思っていたところはあります。
――プロモーションツールとして見たら、すぐに仕事を頼みたくなりますよ。
高橋●そう感じてもらえたら、それだけでも十分です。
??書店への流通も自分たちで回ったのですか?
高橋●はい。電話して担当者をつかまえて、配送から清算も全部自分たちで。
――大変だったのでは?
高橋●ええ、きっと若かったんです(笑)。
次週、第3話は「仕事と自分たちの興味の共存」についてうかがいます。
(取材・文:増渕俊之 写真:FuGee)
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[プロフィール] たかはし・のぶゆき●1968年静岡県生まれ。建築・アート雑誌の編集プロダクション退社後、97年7月に「スリーミン・グラフィック・アソシエイツ」を設立。雑誌や書籍、アパレルメーカーのカタログなどのエディトリアル、Web、商品パッケージなどのデザイン/ディレクションを手がけている。同時に『3minutes at tokyo』などの自主制作・発行、海外誌のディストリビューションも行っている。http://www.3min.jp/
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