中村至男氏のアートディレクション術を紹介してきた本連載。最終回となる第4話では、「うごく-ID」、「天才デコメスキー」を中心に、携帯電話のコンテンツについて詳しく話を伺う。
携帯技術の進歩とコンテンツの面白さは
必ずしも比例しない。
──まずは「うごく-ID」から、お話をお聞かせください。
中村●ユーザーが入力した文字情報を小さなアニメーション作品に加工するという、もう6年前から続けてきている携帯電話サイトです。これだけ長くやってきているので、携帯電話をとりまく環境もずいぶん変化しました。このサービスを開始した当初と比べると、電話機の性能は格段に向上して、今や映画の予告やミュージックビデオなども見られる時代になっています。「うごく-ID」でも新機能の展開はしているのですが、その作業の中で作り手としていろいろ気づかされることが多いのです。世の中の動向や傾向とは無関係なのですが、この時期になって、少ないコマ数で魅せるリミテッドアニメが面白くなってきました。なんでもできる時代になったことによって、僕の中であらためてアニメーションに必要なことが浮き彫りになってきました。
──それは、具体的にはどのようなことでしょうか?
中村●面白さは画素数や絵の枚数にはそこまで依存しないと感じています。アイデアや世界観も含めて、そのアニメが見ている人の頭の中で、どれだけ主体的に動いているかが重要だということです。制約のないところで、だらだら動いているよりも、制約を活かして最大原に動いて見せているほうが、見るよろこびを高めてくれる。アニメーションを作っている人にとっては当たり前のことかもしれませんが、5枚絵の小さなアニメをたくさん作ってきた過程で、体験的に気づけたことが僕にとってはすごく大きい。
──なるほど。そのほかに、携帯電話のコンテンツの潮流に関して感じることなどはありますか?
中村●今はメールに絵などをデコレーションできる「デコメール」の機能がよく使われていて、「うごく-ID」の姉妹サイトとして「天才デコメスキー」というデコメールサイトもオープンさせています。このプロジェクトで開発された文字合成配信をメールに転用した「署名」は、今の世のニーズにあったものですね。魚の骨が自分の名前に変化する「サンマ署名」など、デザインされた署名などをたくさん提供しています。自分の名前を入力すると、それに対応した署名が合成されるのですが、それをメール画面に貼り付けて送信できます。これは、機能とアイデアと絵が相成った面白さです。
──紙媒体とは違って、携帯電話では新しい技術やフォーマットが急速に進化しているので、それに対応するのは大変ではありませんか?
中村●そうですね、技術によって成し得る表現はありますが、技術のデモになってはいけないと思います。時間や環境が違っても作品の面白さが劣化しなければいいので、フォーマットが変わったときはそれが判定できるいいチャンスだとも思っています。実際、初期に作った100×80ピクセルほどのドット作品が今の機種で見ても、すごく面白いこともあるんです。フォーマットが変わっても何も失われていない。そういうときに、その作品において何が大事な部分だったのかを感じ取れます。ほんとに、ささいなことでもいいのですけど。
──携帯電話のジャンルだけではなく、他のメディアとの関係ではいかがでしょうか?
中村●今は、テレビ番組が観れたりゲームができたり、音楽を聴いたり、携帯電話における他メディアのライバルも多く、携帯サイトをみても膨大なコンテンツが乱立しています。でも、タレントやキャラクターなどに付随した、第2メディアとしてのサイトが多いですね。人気のある「何か」のサイトを作れば、その人気をひっぱってこれるからですね。そう考えると「うごく-ID」も「天才デコメスキー」も、すごく特殊な小さな専門店という感じでしょうか。小さくても携帯電話を第一メディアとして据えたオリジナルコンテンツなので、ここでの表現そのものが一番目なんですよね。ほかのメディアになかなか転用できない。
──携帯電話ならではのコンテンツが重要なのですね。
中村●「うごく-ID」も「天才デコメスキー」も携帯電話での表現です。作り手としては、やはり、本でも映像でもポストカードでも、そこでしか成立しないような表現を目指したい。それは、絵でもアイデアでも構造でも何でもいいんです。これはビジネスとか話題性とか、そういったこととはちょっと別の話ですけど。
──たとえば待ち受け画面のコンテンツなどでは、やはり絵柄の完成度も重要なポイントなのでしょうか?
中村●もちろんそうですね。「この絵がほしい」「人に送りたい」などの価値感は携帯電話独特のものがあって、イラストレーションやデザインの力が、小さなピクセルの中でも試されてしまいます。アイデアを盛り込んだアニメよりも、すごく小さなクマの絵のほうが驚くほど評判が良かったりして、今でも思いがけない価値に気づかされています。これからも、パーソナルな持ち物である携帯電話という存在に対して、もっと持ち主が関与した表現が必要になっていくのかなと意識しています。
(取材・文:佐々木剛士 人物写真:谷本夏)
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「このアートディレクターに聞く」第8回中村至男さんのインタビューは今回で終了です。次回からは名久井直子さんのお話を掲載します。
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