第4話 楽しみながら本を作ること | デザインってオモシロイ -MdN Design Interactive-
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名久井直子氏の装丁・デザイン術を紹介してきた本連載。最終回となる第4話では、錚々たるメンバーが制作に携わっている同人誌『Melbourne 1』に注目。「本を作る」という行為の根源的な欲求に迫るお話を伺う。



第4話 楽しみながら本を作ること



今後に役立てるためだけではなく
あくまでも「楽しいから作る」



──まず、この同人誌の概要と、制作を始めた経緯からお聞かせください。


名久井●小説家の柴崎友香さん、長嶋有さん、福永信さん、現代美術作家の法貴信也さん、そこに私を加えた5人のメンバーで制作しています。寡作な福永さんに作品を書いてほしいと長嶋さんが考えていたり、長嶋さんのエッセイを私が装丁していて、そこで法貴さんの絵を装画にさせていただいていたり、別の出版社で柴崎さんの本の装丁をしていたりと、同時期にグルッと5人がつながった瞬間があって、そこから同人誌を始めることになったんです。創刊号のゲストには、中原昌也さん、ほしよりこさん、穂村弘さんも参加してくださっています。


──定期的な発行日を決めて制作しているわけではないですよね?

名久井●何月何日に発行しようと厳密に決めているわけではありませんが、今後も続けていく考えはあって、2号目の話も出ています。1号目は、第五回文学フリマを目標に定めて完成させたのですが、そこではありがたいことですが、行列を作ってしまいました。でも2号目は文学フリマに出なくてもいいかもしれないとみんなで感じていて、違った方法も考えているところです。


──同人誌ということで、一般に流通している文芸誌と違う点などはありますか?

名久井●アンチ文芸誌ではないし、本当に楽しいから作っているだけで「文芸誌と比べてどうか」と意識することはまったくありません。みんなで制作している雰囲気は、サークルのノリに近い部分がありますね。ただ、本の真ん中に、三角に切り込みを入れた見開きが綴じられていますが、そのような工夫は商業誌ではなかなかできないことで、同人誌ならではと言えるかもしれません。


──根本的には同じですが、少なからず、デザインにおける自由度が高い側面はあるということでしょうか?

名久井●そうですね。たとえば、作家やイラストレーターの既存の作品を装画に提供していただく場合には、画廊の絵をお借りして、大事に複製して使わせてもらう立場であり、また時間がない場合が多いので、相談もあまりできません。その結果、大胆な加工やトリミングもなかなかできず、遠慮がちになることも。ただ、今回は同人誌で、並列の立場として参加させていただくことができたので、法貴さんの作品に色を付ける提案をしたり、相談しながら描いていただけたり、思い切ったことに挑戦しやすかったです。


──三角に切り込みの入った部分は、まさに大胆な挑戦の典型だと思いますが、1つの文章が上の紙と下の紙にまたがって配置されていて、まるで2枚の紙をズラして重ねながら刷ったような不思議な見栄えです。どのように制作されているのでしょうか?

名久井●切り込みのない下のページは、上のページが重なる箇所だけデータを消して印刷し、三角に切り込みの入った上のページは、通常どおりに文章を刷った後で型抜き処理しています。製本の際には、中綴じの処理を2回行っているんですよ。まず最初に、切り込みのない折りだけをすべて束ねて綴じて、その上に三角のページを重ねてから、もう1度綴じています。そうすることで、下のページとのズレを防止して、文章がピッタリつながるようにしているんです。


──なるほど。これまた趣向の凝らされた作りですね。

名久井●そのほかにも、異なる色を用いた2色で印刷されているページも盛り込まれています。印刷の際の面付けを考えて折りを調整する作業などは、とても苦労しました。


──そのような苦労があったからこそ、充実感は大きかったのではないでしょうか?

名久井●そうですね。本当に充実していました。文学フリマでは、自分たちで販売を担当しましたので、その場で本にサインを書いて渡してお礼を言ったり、お釣の心配などもしました。書店に置いてもらっている所もあるのですが、そこに自分たちで、本を運んで納品をしたり、納品書も書いたりしたんです。今まで、同人それぞれ、たくさん本は出しているのだけれど、そのようなことを体験したことはなかった。それを体感することができたので、勉強になりましたし、とても楽しかったです。


──普段とは違う立場を経験したことで、何か普段のデザインにも影響がありましたか?

名久井●自然に役立っていることもあるのかもしれませんが、実感として、何かが大きく変わったようなことは、正直なところありません。色々なことを知っていたほうが良いと思いますし、自分のフィールドを限定したくないので、面白そうなことには積極的に携わるようにしていますが、常に「これを仕事に役立てよう」と考えながら行動していたら、疲れてしまいますよね(笑)。それよりは、純粋に、同人誌を作ることで知り合いが増えたり、まったく縁がなかった分野の方の話を聞くことができて楽しかったりすることが、重要なのではないかと思います。
(取材・文:佐々木剛士 人物写真:谷本夏)



「このアートディレクターに聞く」第9回名久井直子さんのインタビューは今回で終了です。

[プロフィール]
名久井直子(なくい・なおこ)●1976年盛岡市生まれ。武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒業。 広告代理店勤務を経て2005年に独立。装丁デザイン、エディトリアルデザインを中心に、印刷媒体のグラフィックデザインを主に手がけている。2005年 11月に長嶋有、柴崎友香、福永信、法貴信也と同人誌「メルボルン 1」を創刊。


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