
春。新入学&就職など、新たな出会いが生まれる季節……にコジつけるわけではありませんが、今回の対談は“異文化コミュニケーション”編。登場するのは、タイの作家/アーティストのプラープダー・ユン氏と、日本のグラフィック・デザイナー=遠藤一成氏。二人の邂逅を通して、一冊の本が作られていく過程を追っていきます。文化、言語の違いを超えて「デザイン」はいかに出会い、距離を埋めていくか? お楽しみください。
第3話 自分を見つめるコミュニケーション
たったひとつの“居場所”
──イラストレーター、ペインティング・アーティストとしても活動するプラープダーさんですが、彼の描く絵、遠藤さんはどう感じますか?
遠藤●個性的で、なかなか独特の絵ですよね。おそらく、文章にしているものと絵で描いているものは、意味合いが一緒なのだろうという気がします。どこか人に興味があったり、繋がるものを得ようとするコミュニケーションを非常に感じます。
PY●表現は、すべてコミュニケーションですから。
遠藤●つねに、コミュニケーションのありかたを模索しているのですね。だから、小説になったり、イラスト、デザイン、写真……と、いろいろな手段になってもブレが感じられない。たぶん純粋であればあるほど、そういうふうになるのでは? ひとつを突き詰めるほうが矛盾が出てくるじゃないですか。
──日本では“マルチクリエイター”というと、うさんくさい感じがしますが(笑)。
遠藤●いろんなところに顔を出してね(笑)。でも彼は、そういう嫌らしさが全然ない。すごく純粋で、ピュアだからこそ、そうなっているのだと思う。文章の中でも、いろんな手法を使っているんです。あるときはト書きだったり、あるときは会話だったり、自分を相対化してフィクションとノンフィクションを入り混ぜたり……自分というものをすごく客観視して見ている。自分すらも材料みたいに、俯瞰から見てる目が非常にクール。
PY●その指摘は、すごく恥ずかしいけれど当たっています。
──表現の原点は何だったのですか?
PY●子ども時代に遡って、つねに感じていることがあります。それは“他者と合わない、とけ込めない”ということ。自分は“別者”ということを小さいときから感じていて、それが僕の内面的な問題でした。なぜ自分が他人と同じではないのか? なぜ考え方が違うのか? なぜ視点が違うのか? 他者も僕を理解できないし、同時に理解してくれなかった。でも、アートと触れることによって、自分の居場所が見つかったんです。この世界の中で、たったひとつの居場所がそこなんだ……と。
遠藤●なるほど。
PY●そうした原点から、いろんなことを始めて繰り返していくうち、それが自分の世界になってきたという思いがあります。



2005年に開催された「Sea Different」展から、プラープダーさんのペインティング作品。
内省的だが、ぬくもりあるアコースティックな質感が特徴だ
何事にも“疑い”を持つ
──だから、プラープダーさんの作品には、どれもコミュニケーションを求めようとする意識が感じられる。特にそれは、脚本を手がけた映画2作のテーマに通じ合いますね。
PY●ええ。コミュニケーション不能者が求めるコミュニケーションですね。
遠藤●コミュニケーションを求めてるし、どこか確定したひとつの見方に対する不信感みたいなもの……こんな見方、あんな見方もあるのではないかという、世の中を疑ってかかる感じがある。それは僕も一緒で、80年代?90年代を通して同じような感覚を憶えているんです。昨日よかったことが、翌日突然ダメになったりするから。
──たとえば?
遠藤●テンションの高いヴィジュアルが80年代にピークを迎えた後、90年代に入るとクライマックスがないというか、アンダーで暗目のものが出現してきましたよね。で、ミレニアムを迎える頃になったら、やっぱり光が欲しいとか、ハッピーな笑顔が欲しい……と。以降はずっと、その揺り戻しが続いている。表現もその時々によって変わるし、人によって一括りにできない時代になったのは理解できますが、コミュニケーションの面ではすごく疑ってかかっていて。クライアントが一同に「いい」と言ったものが、納品する前にはもう「よくない」とか(笑)。その流れの加速度は肌身に感じています。だから、受け手に届く前までは絶えず疑ってかからないと、本当に伝えたいことが伝わっているのか?……と、つねに緊張感を強いられることになる。
──価値観が日々変わるような世界ですからね。
PY●ええ。自分がしっかりしていないと吹き飛ばされてしまう。
遠藤●だからこそ、プラープダーさんのように純粋で、精力的に様々な活動をする人が求められていると思うんです。……そのバイタリティ、どこから生まれるんですか?
PY●自分の中では、わかりません(笑)。わからないからこそ、自分ができることを続けているのだと思います。


海外アーティストとの“コミュニケーション”が日常不可欠な遠藤さんの作品より。
左/フランスのファブリス・イベールによる、コシノヒロコのTシャツ・プロジェクト。
右/イギリスのポール・デイヴィスを起用したPARCOのポスター
左/フランスのファブリス・イベールによる、コシノヒロコのTシャツ・プロジェクト。
右/イギリスのポール・デイヴィスを起用したPARCOのポスター
次週、第4話は「ヴィジュアルに国境なし」を掲載します。
(取材・文:増渕俊之 写真:FuGee)
(取材・文:増渕俊之 写真:FuGee)
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[プロフィール] ぷらーぷだー・ゆん●1973年バンコク生まれ。中学卒業後、渡米してニューヨークの「Cooper Union for the Advancement of Science and Arts」で美術を学ぶ。終了後はグラフィック・デザイナーとして働き、98年にタイへ帰国。2000年に2冊の短編小説集を発表し、ベストセラーを記録。以降、作家、評論家、編集者、イラストレーター、写真家、脚本家、そして作詞家など、幅広く活躍中。http://www.wildwitness.com/ |
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えんどう・かずなり●1973年生まれ。水谷事務所勤務を経て、2005年4月より独立。アートディレクター/グラフィックデザイナーとして、広告、ファッション、パッケージなどのジャンルで活動の一方、エキシビション・シリーズ「MERRY」に関与。自身も「96」「BLUE」などの展覧会を開催。 |





