オブジェ作家・勝本みつるさんの作品集を、以前「これがデザイナーへの道」に登場した坂本志保さんが手がけている。今回の対談では、編集者の加藤郁美さん(月兎社)を加えながら、その制作過程をたどってみよう。
第2話 素材が「何か」を語りだす
共通する「本を作りたい」という原点
——今回の本は、初期の作品を集めたものということですが。
勝本●はい。そこは加藤さんの采配なのですが、実は前作も年代的にはほぼ同じぐらい、1996年から2001年までの仕事を集めたものなんです。緑色をモチーフにしたシリーズが2002年に始まり、それ以前と以降で変わったと見られるので「まず分けましょう」と。それで2001年までの仕事を中心に、あと2点ほど昨年のものが入っています。だから、正確には初期と言ってよいものか……。
——そもそも、こうしたオブジェ作品を作り始めたの動機は?
勝本●「絵を描きたい」というのが、こういう活動の原点にある場合が多いですよね。私にもそれはあったのでしょうが、さほど大きな動機ではなかった。描いている絵の画面よりもパレットに置かれた絵の具の盛り上がり具合とか、たっぷり色を吸い込んだ筆に気がゆくような子どもでした。当時、将来なりたい職業のひとつが「本を作りたい」というもので。なぜかしら出版社に勤めたいと思っていたようです。
——編集者ですか?
勝本●それは小学生の終わり頃ですから、なにを思っていたのか……どうも本に関わる仕事をしたかったようですね。一方で、洋服のデザインにも興味があったのですが。
——造形的なものが好きだった?
勝本●そうですね。ペンや筆で絵を描くということに、なんだか飽きたりなさを感じていた憶えがあります。今回の作品集に収録される嶋崎吉信さんのテキストに、私が使っているもの(素材)は、蒐集家にとっての物ではなく、たとえば画家にとっての画布や紙や絵の具のような存在と言えないだろうか……というようなくだりがあって、とても印象的でした。いろいろな素材に対して、愛着は持っていても執着はあまりなく、むしろ回ってゆくことが快適です。
——では、素材が目の前にあって、そこから作っていく。
勝本●あるとき、ふっと目にとまるものが運動を始め、連鎖してゆくような、体とものがシンクロする感じ……とか言いだすと、お会いする前に坂本さんが持ってらしたイメージどおり(笑)。
——最初から「こんなものを作ろう」というのが、あまりない?
勝本●ええ。作家の小川洋子さんの本の装画に何度か仕事が使われていますが、たしか彼女のエッセイのなかで、あるテーマが降りてくると、そのことについていろいろ調べ、プロットを立て、具体的なことを決めてゆき、そしていざ書き始めると、あとは物語がおのずと動き出すというような話を読んだのですが、その「動き出す」という点にひどく共感をおぼえました。
——坂本さんも以前、当サイトのインタビューで「編集者になりたかった」と発言してましたね。
坂本●そう。私の場合、具体的に本を作りたかったのですが……。いま勝本さんの話を聞いて、作品作りそのものが編集的なのだと感じました。いろんな素材を、絵の具の色みたいな感じで扱われているのですね。
勝本●なるほど。整理して、選んで、組み合わせる……。
坂本●でも、最初に素材の中でもピンとくるものがあるわけですよね?
勝本●あ、それが編集テーマですね。
今回の作品集『one day 或る日』より
(上左)
a birth / pollen
mixed media, 256×96×108mm, 2005
(上右)
麒麟がつれてくる少年
a boy the camelopard brought herein
mixed media, 192×220×130mm, 1998
(下)
飛ぶことの試み
an attempt to fly
mixed media, 310×138×130mm, 1997
今回は「抽斗」に注目する
——話を今回の作品集に戻しますが、構成は?
勝本●加藤さんが3つの章に分けて、最初は白い函を使ったものが主で、次が抽斗の写真、コラージュ……という構成で。細々した材料を抽斗などに分類しているのですが、それを見せようということに。
加藤●その抽斗の中が、素晴らしいんです。勝本さんが蒐集された素材が、鉱物、樹の実、紙といったマテリアル別、色彩別に納められていて。ひとつひとつが見たこともないめずらしい物である上に抽斗の中にすばらしく美しく配置されている。
勝本●加藤さんならではのアイデアと思いました。本ができるのはとても嬉しいことなのですが、単調に作品が並んでいるのは退屈に思えて。加藤さんからそういう編集プランが出され「さすが」と。これまで制作を続けてきたなかで、使われなかったものがおりおりに抽斗のなかに投げ込まれたまま残っているのですが、それはたとえば言葉を使う作家だと、原稿に載らなかった言葉のようなものかな。それを撮りましょう、と。
加藤●ところが実際に撮影するとなると抽斗をそのままというわけにも行かなくて、中味をとりだして再構成することになりました。カメラマンの松浦文生さんにファインダーを覗いていただきながら、勝本さんが台の上にすっすっと素材を並べていてくださったんですが、勝本さんが作品をお作りになる最初の過程——素材を選ぶ、素材を配置する、という場面を見せていただいたという感じで、たいへんスリリングな体験でした。
——それは編集冥利に尽きますね。
加藤●素材のひとつが過剰だと感じると網を被せて弱めたり、ちょっと素っ頓狂な素材をすみっこに配したり、そうした引き算足し算が、プリントアウトした写真を見るとすばらしい効果を発揮している。勝本さんの作品が、物に依りながらも物に流されない、けっして甘ったるくならない、その秘密の一端を見せていただいたような気がして、作品集の編集にあたっても、そうしたある種の厳格なバランス感覚が大切だとあらためて肝に命じました。
勝本●ついつい最近やってきた素材を優先して並べてゆくうち、予定のカット数を超えていた。あとは坂本さんに選んでいただこうということで。
坂本●けれど、それが結構増えちゃったんです。あまりに写真が素晴らしかったので。当初は前作に掲載した小さな作品で構成したページを予定していたのですが、一回本になっているし、抽斗の写真を増やした方がいいのでは……と、加藤さんと相談して。
——レア感もある、と。
坂本●ええ。カバーに抽斗の写真を持ってくるというのも、作品集なのでダメなのではないかと、はなから除外していたんです。で、最初は作品でラフを作っていたのですが、次第に作品をカバーで見せるのはもったいない気分になってきて。その後、文字だけのデザインに固まりかけていたら、加藤さんが「抽斗の写真はどうですか」と。それはいいじゃん! という話になって。
——勝本さん的には、抽斗をカバーにするというのは?
勝本●実は、そういうプランが出てなんだかホッとしました。自分の仕事というのは、客観的に見にくいところがあって……。編集者やデザイナーの方に判断していただいて、初めて「そうなんだ」と気づくことが多いのです。
今回の作品集より、本文で触れた「抽斗」の撮り下ろし写真。様々に配置された素材群が観る者の想像力を喚起させる、文字通り“お蔵だし”といった情景だ
次週、第3話は「創作と“本作り”の関係」を掲載します。
(取材・文:増渕俊之 写真:FuGee)
[プロフィール] さかもと・しほ●グラフィック・デザイナー。安齋肇氏のアシスタントを経て、1985年に独立。岡崎京子、いとうせいこう、ナンシー関、戸梶圭太、中村うさぎなどの書籍装幀、竹中直人、吹越満をはじめとする演劇ポスターやパンフレットなどを手がけている。 |
かつもと・みつる●美術家。2004年「living things」(ガレリア・グラフィカ)、2006「a birth」(MA2ギャラリー)など、ほぼ年1度のペースで個展。小川洋子の著作、江戸川乱歩全集など、書籍の装画も多い。 |
かとう・いくみ●出版・編集「月兎社」を主宰。
http://www.gettosha.com
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