
様々なジャンルで活躍するデザイナーの来歴をたどるシリーズ、今回は幻冬舎デザイン室の平川彰さんを取材し、出版社のハウス・デザイナーとして多くの書籍装幀や広告などを手がける今日までの足跡をたどります。
第3話 幻冬舎に入社

幻冬舎の社内、現場感を漂わせながら仕事中の平川彰さん
一人で始まったデザイン室
一人で始まったデザイン室
——当時、すでにデザイン室はあったのですか?
平川●いえ、なかったです。僕が入って初めてデザイン室ができました。僕が入社したのは、幻冬舎が立ち上がって3年目ぐらい。これから……という時期で、会社に勢いがあって熱気が充満していました。そこで「一人でもいいから入社して、デザインしたい」と伝えたら、社長が「やってみろ」と言ってくださったんです。
——いきなりアプローチしたのですか?
平川●たまたま、編集と制作のスタッフを募集していたんです。それにまぎれて、デザイナー志望として履歴書を送ったら、トントン拍子で事が進みました。多分、会社もちょうど社内デザイナーを入れようと考えていたのだと思います。あと、フリーの時に一緒に仕事をした編集担当が僕にとてもよくしてくれて、あとから聞いた話ですが、社長に僕のことを話してくれていたようです。
——下地があったのですね。
平川●でも、紹介で入ったと思われるのもイヤだったので(笑)、履歴書を送る時は編集担当には黙っていました。生意気ですが、実力で認めて欲しいという気持はありましたからね。だから、ほんとタイミングよかった。でも……いま振り返ると、ずいぶん失礼な話でしたね(笑)。デザイナーの募集もしていないのに、勝手に応募して、いつの間にか滑り込んだみたいで。
——最初は一人で?
平川●はい。仕事量的には、きつかったですね。フリーの頃とはまったく異なる忙しさ。メインの装幀から新聞広告、書店に置くポップやポスターなどの販促物……あらゆるものを全部やって。だから当初は、毎日毎日朝帰りでした。でも、僕はその状況が楽しかった。もともと出版に興味を持っていたわけですから、編集者と一緒に本を作って売るという作業が面白かったんですね。
——そういう現場感が肌に合った?
平川●そうですね。フリーのデザイナーなら経験しないようなことも、すごく経験していると思います。あのままフリーで仕事していれば、もっと他の会社のいろんな装幀もできたかと思うのですが……それよりも「この会社で働いていこう」という気持ちが勝っていたんです。
平川●いえ、なかったです。僕が入って初めてデザイン室ができました。僕が入社したのは、幻冬舎が立ち上がって3年目ぐらい。これから……という時期で、会社に勢いがあって熱気が充満していました。そこで「一人でもいいから入社して、デザインしたい」と伝えたら、社長が「やってみろ」と言ってくださったんです。
——いきなりアプローチしたのですか?
平川●たまたま、編集と制作のスタッフを募集していたんです。それにまぎれて、デザイナー志望として履歴書を送ったら、トントン拍子で事が進みました。多分、会社もちょうど社内デザイナーを入れようと考えていたのだと思います。あと、フリーの時に一緒に仕事をした編集担当が僕にとてもよくしてくれて、あとから聞いた話ですが、社長に僕のことを話してくれていたようです。
——下地があったのですね。
平川●でも、紹介で入ったと思われるのもイヤだったので(笑)、履歴書を送る時は編集担当には黙っていました。生意気ですが、実力で認めて欲しいという気持はありましたからね。だから、ほんとタイミングよかった。でも……いま振り返ると、ずいぶん失礼な話でしたね(笑)。デザイナーの募集もしていないのに、勝手に応募して、いつの間にか滑り込んだみたいで。
——最初は一人で?
平川●はい。仕事量的には、きつかったですね。フリーの頃とはまったく異なる忙しさ。メインの装幀から新聞広告、書店に置くポップやポスターなどの販促物……あらゆるものを全部やって。だから当初は、毎日毎日朝帰りでした。でも、僕はその状況が楽しかった。もともと出版に興味を持っていたわけですから、編集者と一緒に本を作って売るという作業が面白かったんですね。
——そういう現場感が肌に合った?
平川●そうですね。フリーのデザイナーなら経験しないようなことも、すごく経験していると思います。あのままフリーで仕事していれば、もっと他の会社のいろんな装幀もできたかと思うのですが……それよりも「この会社で働いていこう」という気持ちが勝っていたんです。


平川さんの最近の仕事より
(左)
『悪魔の種子』内田康夫
幻冬舎/920円(2007年6月)
(右)
『裂けた瞳』高田侑
幻冬舎/720円(2007年8月7日発売)
(左)
『悪魔の種子』内田康夫
幻冬舎/920円(2007年6月)
(右)
『裂けた瞳』高田侑
幻冬舎/720円(2007年8月7日発売)
自分が知らない世界のものを
——平川さん一人の状態は、どれぐらい続いたのですか?
平川●2年ほどですね。あまりに一杯一杯だから、他にスタッフを入れようと。
——ちなみに現在は?
平川●僕を含めて4人でやっています。
——年間どれくらいの量を?
平川●僕自身がひとりで手がける装幀は単行本、文庫を含めて大体100冊前後。だから、いままで通算700冊はやっていますね。もっと多いのが新聞広告で、いままで1000本以上やっています。でも、そういうサイドワークも面白い。装幀だけやっているよりも、別の意味で得るものがありますね。
——装幀の場合、中面の文字組みも?
平川●そういう場合もありますし、表回りだけのときもあります。本当は中面まで全部やりたいのですが、それを全部やったら他の仕事が手につかない。だから、文字組みは編集者が決めたり、過去のフォーマットを使ったり。
——とはいえ、いろんなタイプの書籍……純文学から時代小説、エッセイ、実用書など、様々なものを求められる任務だと思いますが、どうですか?
平川●別に僕は、それを苦に思っていません。逆に、いろんな種類の本をデザインできるほうが楽しいし、キャパも広がっていくじゃないですか。僕のほうで仕事を選んでいったらフリーのデザイナーと変わらない。せっかく出版社に身を置いて、同僚の編集者と一緒に本作りしていくのだから、自分が知らない世界のものを作っていきたいという思いのほうが大きいです。
平川●2年ほどですね。あまりに一杯一杯だから、他にスタッフを入れようと。
——ちなみに現在は?
平川●僕を含めて4人でやっています。
——年間どれくらいの量を?
平川●僕自身がひとりで手がける装幀は単行本、文庫を含めて大体100冊前後。だから、いままで通算700冊はやっていますね。もっと多いのが新聞広告で、いままで1000本以上やっています。でも、そういうサイドワークも面白い。装幀だけやっているよりも、別の意味で得るものがありますね。
——装幀の場合、中面の文字組みも?
平川●そういう場合もありますし、表回りだけのときもあります。本当は中面まで全部やりたいのですが、それを全部やったら他の仕事が手につかない。だから、文字組みは編集者が決めたり、過去のフォーマットを使ったり。
——とはいえ、いろんなタイプの書籍……純文学から時代小説、エッセイ、実用書など、様々なものを求められる任務だと思いますが、どうですか?
平川●別に僕は、それを苦に思っていません。逆に、いろんな種類の本をデザインできるほうが楽しいし、キャパも広がっていくじゃないですか。僕のほうで仕事を選んでいったらフリーのデザイナーと変わらない。せっかく出版社に身を置いて、同僚の編集者と一緒に本作りしていくのだから、自分が知らない世界のものを作っていきたいという思いのほうが大きいです。
次週、第4話は「出版人としての気構え」についてうかがいます。
(取材・文:増渕俊之 写真:FuGee)
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[プロフィール] ひらかわ・あきら●1969年神奈川県生まれ。武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科を卒業後、装幀家のアシスタント、フリーランスでの活動を経て、98年に幻冬舎入社。現在、同社デザイン室の室長として書籍装幀、広告を数多く手がけている。2006年、自身の企画展「11人の作家による仮構幻想小説装幀&幻冬舎デザイン室の仕事」を開催。また「ギャラリーハウス・マヤ2003」「ペーターズギャラリーコンペ2007」の審査員を務めている。 |




