第2話 運がよかった人との縁 | デザインってオモシロイ -MdN Design Interactive-
【サイトリニューアル!】新サイトはこちらMdNについて



様々なジャンルで活躍するデザイナーの来歴をたどるシリーズ。今回はグラフィックデザイナーの仕事と並行しながら、ミュージシャン/ライター/編集者としても多彩な活動を展開する江森丈晃さんを取材し、今日までの足跡をたどります


第2話 運がよかった人との縁



江森丈晃さん

江森丈晃さん


夜中、プロのデザイナーからトンボを学ぶ



──ソニマガの後は?

江森●その後、ある編集プロダクションに席を置くんです。そこから派遣されて、宝島社の『フェイマス』という雑誌の編集にも携わりました。音楽関係の記事が多いティーン誌で、会議や入稿など、必要とされるときだけ会社に呼ばれるという感じで。音楽やライター仕事と平行して、そこでも2〜3年は仕事をしていたと思います。

──編集者としてのキャリアも積まれて。

江森●ですね。ただ、僕はすごく偏ってます。自分の考える編集者って、あらゆるジャンルで遊び尽くしちゃって、身体的にはすっかり抜け殻になってるんだけど、まだ頭はメチャクチャ切れる大人の趣味人(笑)……みたいなイメージがあるんですね。でも、自分の場合は好きなものにしか詳しくなれないし、勉強ベタ。もう、ほかのジャンルは犬以下っていうか……。

──でも、編集の道を極める選択もあったわけでしょ?

江森●いまもやっていきたいですよ。実際やってますし。でも、たぶん編集だけでは食えないと思います。収入的にもそうですし、実力的にもそう。また繰り返しになりますけど、僕の場合、たとえばCD1枚をとってしても、好きになるのは内容とパッケージだけで、いつ誰がどこで作ったかというデータ面にはまったく興味が沸かない。やっぱり編集者を名乗るからには、そういう態度は通用しないと思うし。

──デザイナーとしての仕事を本格的に始めるのは、まだ先の話ですか?

江森●もうやってました。その編プロは、デザイナーとしても仕事をくれたし。

──スキル的には、もう十分に?

江森●それも徐々に、ですね。でも、当初は散々でした。……ちょっと話が戻りますが、「CITRUS」のメジャー盤をリリースしたのがソニマガ在籍時なんですね。その頃の自分は「トンボってなに? なんの略?」って感じで(笑)、素人デザインもいいところ。だから、そのときに初めて入稿の基本ルールにぶち当たってしまって。もう、イチからわからないから、ソニマガの社内デザイナーの人に泣きついたりしてましたね。

──お、職権乱用ですね。

江森●それまではアマならではの“ほころび”の部分が喜ばれていたというのもあって、恥ずかしい思いをしたこともなかったんですけどね。あと、もう一人、後に初めてのMacを譲ってもらうことになるプロのデザイナーがいるんですけど、その人とは普段からよく遊んでいたから、ほかの社員さんが帰る頃を見計らって事務所に押しかけてオペレートしてもらったり。

──トンボを引いてもらうために?

江森●ええ(笑)。で、プロの作業を見ていると、だんだん自分でもやってみたくなるじゃないですか。それまでは“踏んじゃいけない地雷だらけのナノテク最先端医療現場”みたいなのを想像してたんだけど(笑)、実はローテクなガテン世界なんだってこともすぐにわかったし、いつもすごく切羽詰まった状況だから、吸収も早かったんだと思います。


セカイイチ「RAIN/THAT/SOMETHING」ジャケットセカイイチ「RAIN/THAT/SOMETHING」雑誌広告

江森さんのデザインワークより
セカイイチ「RAIN/THAT/SOMETHING」(Toy's Factory 2007)+AD for Rockin' on Japan Magazine
4人組バンド「セカイイチ」のシングルCDジャケット(左)と雑誌広告(右)。
カッサンドル風のアイコンは「S」と「I」が絡んだもので、これを象徴的に打ち出していこうというアイデアがあり。
11月21日発売のアルバムなどでも“不穏な謎ロゴ”の様々なバリエーションを展開中

いよいよ三位一体化のフリー活動へ



──デザインの現場を見て、いろいろ身につけていったわけですね。

江森●そうです。専門学校に通うよりも向いていたと思います。そのデザイン事務所の社長さんもすごくイイ方で、一銭の利益も産んでいない僕をハワイに連れていってくれたり。僕、これまで社員になった経験はないんですけど、社員旅行の経験はあるという(笑)。

──なんじゃそりゃ!

江森●それは極端な例としても、人との縁に関してはすごく運がいいと思います。前回お話した「CITRUS」の100本しか作らなかったテープとかも、友達の友達が(テレビ番組等の音声を編集する)MAスタジオで働いてて、夜中にそこに忍び込むことで、最初からメチャクチャ豪華な機材で録音できたりして。その人自身も面白がってくれたというのも大きくて、カセットへのコピーも「やるからにはちゃんと作ろう」って、1本1本DATからやってくれたり。で、僕は僕でそういう苦労が全然わからないものだから、そのへんのチェーン居酒屋でビールを奢って「助かりました!」って。やっぱモノを知らないというのは強いですよ。いまだったら悪すぎて絶対頼めないから(笑)。

──で、宝島社の後は?

江森●もうフリーですね。それまでの知り合いからCDジャケットやエディトリアル・デザインの仕事が入るようになって。もしかしたらこっちのほうが面白いかも……と仕事がシフトしていった時期。Macも新しいものに買い替えたら、ビックリするぐらい速くて、一気に仕事のスピードもあがった。そもそも機械になんてなんの興味もないから、どれもいっしょだろ? ぐらいに思ってたんですけど。

──自信はありました?

江森●ありませんでしたし、いまもありません。自信ということなら、音楽のほうが全然あります。

──最初に手応えを感じた仕事は?

江森●印象に残っているのは、小山田さんから振ってもらった『Prego! 2001〜Night Performance』のジャケットですね。あのあたりが、デザインのスキル的にも、自分の頭の中にあるものと近いものが作れるようになった頃です。プラス、全身を使って絵を描けたのも気持ちよかったし、ブックレットの構成にしても、編集者的なページの使い方ができたと思う。ようやくトンボやバーコードもきちんと置けるようになって(笑)。

──ようやく三位一体に?

江森●あ、そっか。『Prego! 2001〜』には自分の曲も入ってますからね。


Edwin AD

江森さんのデザインワークより
Edwin AD(Edwin/Club King/2006年)
『DICTIONARY』に提供したEDWINの「地球を大切に」広告。
所持する大量のレコード点検&ヤフオク検索し、
ないものは「西新宿まで借りに行った」という70枚余りの
空モノ・ジャケットをスタジオにてクレーン撮影。
労力が「爽やか」に転化した、抜けのいいコラージュ作品だ。
地面が繋がって、全体がジオラマとして見えるところに注目。
やっぱカラダ使わなきゃね!


次週、第3話は「毎回“実験”を楽しむ」についてうかがいます。

(取材・文:増渕俊之 写真:FuGee)

江森丈晃さん

[プロフィール]

えもり・たけあき●1972年東京都生まれ。グラフィック・デザイナー/ミュージシャン/ライター/編集者。ソニーマガジンズ〜宝島社での編集修業を経て、98年にデザイン事務所+インディペンデント・レーベル「TONE TWILIGHT」を立ち上げる。90年代初頭から中盤までバンド「CITRUS」の中心メンバーとして活動、最近は新しいユニット「yoga'n'ants」のアルバムを発表したばかり。http://www.tonetwilight.com/




twitter facebook このエントリーをはてなブックマークに追加 RSS
【サイトリニューアル!】新サイトはこちらMdNについて

この連載のすべての記事

アクセスランキング

8.30-9.5

MdN BOOKS|デザインの本

Pick upコンテンツ

現在