第3話 毎回“実験”を楽しむ | デザインってオモシロイ -MdN Design Interactive-
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様々なジャンルで活躍するデザイナーの来歴をたどるシリーズ。今回はグラフィックデザイナーの仕事と並行しながら、ミュージシャン/ライター/編集者としても多彩な活動を展開する江森丈晃さんを取材し、今日までの足跡をたどります


第3話 毎回“実験”を楽しむ



 「Untitled」(tone twilight 2005)

江森丈晃さんのドローイング作品「Untitled」(tone twilight 2005)

面白さが“マトリョーシカ状態”のものを



──そんなこんなで、98年に事務所「TONE TWILIGHT」を立ち上げて。

江森●兼レコード・レーベルですね。規模はどうあれ音楽はずっと続けていくつもりなので、自分の録音を好きなペースで出せるベース(基地)があったらいいなぁ、という思いがあって。プラス、同時にデザインなどの仕事も本格的に取っていければと、初めて名前をつけたんです。「TONE」というのは色調のことでも音色のことでもあるし、夕暮れや明け方のパープルやブルーに通じるような、嬉しくも悲しくもない、感情の端境期……みたいなニュアンスを込めてます。だから“微妙”な作品が多い(笑)。

──以来、ずっと一人で?

江森●ええ。人に振ったとしてもOKを出すのは自分だから、それでもいけるとは思うんですけどね。でも、たぶんそのやりとりも面倒だし、2〜3のチェックだけで済むようなデータを作るような人であれば、その人もひとりでやったほうがいいと思う。隣で年下に溜め息とかつかれたりするのも精神衛生上よくないし、そんな子にはお菓子を買ってきてあげちゃいそうで(笑)。

──逆に一人でやることの苦労は?

江森●チームじゃないということは、客観視の弱さにも繋がると思うので、最初は自分のキャラクターをどうやって出せばいいのか全然わからなくて、少し悩んだ時期もありましたね。

──キャラクター?

江森●たとえば、この事務所に頼んだら必ずこういうものが上がってくる……という保証みたいなもの。「それしかできない人」ならではの強みみたいなものです。特にいまはレコード会社にせよ出版社にせよ、まったくバクチを打てないご時世じゃないですか。僕みたいに、毎回作風の段階から練っていって……というのはあまり喜ばれないから。自分的には、バクチどころか、これがいちばん堅実なやり方だと思っているんですけど……。

──作風的に、意味深な図案ものが多くないですか?

江森●そうかもしれません。ユーザーとしての自分も、パッと見て「あぁ、カッコいいね」「わぁ、かわいいね」となるようなものには、そんなに惹かれないんですよね。直球な表現には、絶えず照れがあります。たとえばCDだったら、デザインするところが大抵10面ぐらいあるんですけど、その10面のなかで「どれだけ見る人に謎をかけられるか」というトライアルを楽しんでいる部分もあって。

──細部をつぶさに見ないと、全体像が明らかにならないような?

江森●表1の魅力はもちろんとして、他の部分がそこに絡むことで、デザインの意図がマトリョーシカ(入れ子)状になるようなものが好きですね。ブックレットなんて、実際には一回見たら終わりのものかもしれないけれど、苦労してデザインするからには、そうやって作り込んだほうが楽しいし、たとえば10代だった子が5年経ってもう一度それを見たときに「俺はなんて若かったんだ!」と驚いてもらえるようなものが目標。

──自身でもHPでドローイング作品をアップしてますが、あれはいつぐらいから描き始めたのですか?

江森●あれはまさにHPに載せようかと思って描き始めたんです。単にああいうアーティな雰囲気のものがあったほうがいいかな、と思って(笑)。……こういうことをどんどん話しちゃうというのも仕事のうちだと思ってます。あの程度のアブストラクト・アートであれば、天才不思議ちゃんでなくても描けるんですよ。「心の美しい人だけが美しいものを創れる」というのは、本当に汚れた考え方だと思います。

──すごく達者に思いましたが。

江森●でも、ああいう線画のレコード・ジャケットとか、いくらでもありますからね。明らかにアートスクールあがりじゃない感じの。だから、やっぱりそれも「自宅に先生がいる」ということなんだと思います。つくづくレコードがなかったら、デザインなんてやってなかったと思いますね。


Cornelius『Gum / Cue』ジャケット

江森さんのデザインワークより
Cornelius『Gum / Cue』(Korova UK/2007年)
UK盤のみリリースされた
コーネリアス、7インチ・シングルのデザイン展開図。
HPにアップしている江森さんのドローイング作品を使用したいと
小山田氏よりアプローチがあり、
アルバム『SENSUOUS』のジャケット・イメージをスキャン&コラージュ。
裏ジャケやラベルも含め“マトリョーシカ”なデザインの一端が発揮されている

編集の経験、あるのとないのは大違い



──編集業も継続されて、最近では北山雅和さんの作品集を手がけてますね。

江森●あれは死ぬかと思うぐらい楽しかった。北山さんは世代的には少し上で、デザイナー的にも大先輩なんですけど、すごく僕のアイデアを尊重してくれて。あの本は編集を100%、アート・ディレクションとデザインも50〜60%は自分がやらせて貰っているのですが、もとのデザインがよくなければ、僕もそこまで頑張れなかったと思うし、北山さんの作品を素材にめちゃくちゃ遊ばせてもらったという感じです。延々と打ち合せ兼酒盛りが続いていたような気もするし(笑)、とても感動的な現場でしたね。いまは同じチームで、コーネリアスのツアーパンフに取りかかっています。

──他にも、書籍の編集とデザインを両方手がけたり。

江森●特に須永辰緒さん監修のレコード・ガイド『DOUBLE STANDARD』は大変でした。掲載枚数が膨大なので、編集というよりは雑務に追われた感じ。その合間にデザインをしてましたね。あの本は合皮に金箔押しのバイブル仕様なんですけど、サイズもコンパクトだし、宇田川町のド真ん中で聖書っぽく広げさせられたら最高だな、と思ったのがアイデアの始まり。以前、下北沢の中古盤屋さんで、僕が編集した雑誌の特集の切り抜きを頼りにレコードを探している男の子に遭遇したことがあって、それがとても嬉しかったから、その記憶に後押しされた部分もあって。

──編集の経験してよかったですね。

江森●ええ。デザイナーとしても、それがあるのとないのでは大違いだったかもしれない。ページの連続や連鎖でひとつのヴィジョンを作っていくという部分は、確かにCDだけやっていたのでは身につかなかったかも。

──忘れてましたが、ところで「CITRUS」は?

江森●僕も忘れてましたし、もう忘れたいです(笑)。あのバンドは7年ぐらい前に解散しました。アルバム出したらパンクじゃないと思っていたし、同じことをやり続けないとパンクじゃないと思っていたから、そのコンセプトに負ける形で(笑)。その後も音楽は楽曲提供だったりリミックスだったりをいくつかやっていたのですが、やっぱりデザインのほうが忙しかったかもしれません。

──その後「yoga'n'ants」を?

江森●ですね。ここ5年ぐらい、仕事の合間にちまちまとレコーディングを続けてました。代々木に自由に使えるスタジオがあったのですが、一緒にやっていたエンジニア(渡辺正人氏)は他にも仕事がありますから、月に3回ぐらいのセッションが限界で。

──ゆるーく長くやって。

江森●はい。分母も決めないままに、延々と録音ばかり。ユニット名を決めたのもアルバムが出来てからでした。

──1stアルバム、すごく編集的な手腕が発揮されているな、と。

江森●そうですね。楽曲と楽曲が、それこそマトリョーシカ状に連なっているところを聴いてもらいたいですね。あと、アレンジャー的に心がけたのは、時代や原産国はもちろん、やってる人間全員の存在をボカしたままにしておくということで……。たとえば恋愛映画の場合、途中で監督へのインタビューが挟まれるものってありませんよね? 小説だって、章と章の間に著者近影のページが挿入されたりはしませんよね? でも、音楽って嫌というほどにそれがあるんですよね。「こっちは音楽聴いてるんだよ。お前の顔なんて見たくないんだよ」みたいものが、ガンガンにまかり通っている。

──ああ、顔が浮かび上がってくるもの、ありますよね。

江森●音楽はせっかくのファンタジーなのに、ギターが聴こえたらギターを弾いている人の姿しか浮かばないというのが、すごくもったいないと思うんですよね。だから自分の音楽からは、そういう人肌な響きやイメージをとことん排除したかった。ハードコアなまでに形而上的な音というか、いまの日本の音楽のなかでは、最もサインを貰いたくならないアルバムができたと思います。サインペン出されたら失敗だな、という(笑)。


『DOUBLE STANDARD』
『LiGHT STUFf help! 北山雅和のデザイン 1993〜2007』

江森さんの編集/デザインワークより
左:『DOUBLE STANDARD』(ブルース・インターアクションズ/2004年)
写真の外ケースに黒合皮+金箔押しの本体を挿入した、レコード番長=須永辰緒氏監修のディスクガイド。
執筆陣に、小西康陽、クボタタケシ、DJ NORI、池田正典、高宮永徹、常磐響、小林径らが参加。
右:『LiGHT STUFf help! 北山雅和のデザイン 1993〜2007』(ブルース・インターアクションズ/2007年)
以前「これがデザイナーへの道」にも登場した、
北山雅和氏の作品集。
師匠・信藤三雄、小山田圭吾、カヒミ・カリィ、ANI(スチャダラパー)、注目の若手カメラマン浅田政志らも参加し、
単なる“デザイン集”に収まらない、高濃度&発展性のある一冊に仕上がっている
次週、第4話は「ピュアに見えるようにするにはどうすべきか」についてうかがいます。

(取材・文:増渕俊之 写真:FuGee)


江森丈晃さん

[プロフィール]

えもり・たけあき●1972年東京都生まれ。グラフィック・デザイナー/ミュージシャン/ライター/編集者。ソニーマガジンズ〜宝島社での編集修業を経て、98年にデザイン事務所+インディペンデント・レーベル「TONE TWILIGHT」を立ち上げる。90年代初頭から中盤までバンド「CITRUS」の中心メンバーとして活動、最近は新しいユニット「yoga'n'ants」のアルバムを発表したばかり。http://www.tonetwilight.com/




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