第3話 実際の本として印刷すること自体が目的ではない | デザインってオモシロイ -MdN Design Interactive-

第3話 実際の本として印刷すること自体が目的ではない

2024.5.21 TUE

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タイトル画像、第11回Webプロデューサー列伝 中村博久

誰もが、ブログのように簡単にWeb上で本を作れる新しいCGMサービス「BCCKS」(ブックス)が12月からスタートする。そのコンセプトデザイン及びアートディレクションを手掛けているのは、グラフィックデザイナーあり、これまでにも「ポップアップコンピュータ」、「ジャングルパーク」、「動物番長」といった数々のメディアデザインに取り組んできた松本弦人氏。いったい「BCCKS」とはどのような新しいサービスなのだろうか? 松本弦人氏に話を伺った。


第3話 実際の本として印刷すること自体が目的ではない


メディアとして一番効くもの


——この「BCCKS」で作られたものを実際の本や印刷物にはしないのですか?

松本●Webで十分じゃないですか。正直いって今は印刷することにはこだわりがないです。本の形態をしているからといって必ずしも印刷しなくていいじゃないですか。もちろん、絶対プリントする必要がないと思っているわけじゃなくて、「BCCKS」で作ったものが出版社から本になって発行されてもいいだろうし、プリントしてフリーペーパーにしてもいいと思う。今回の「TDC BCCKS」でも認識したんだけど、Webで見たブックがプリントされて実際に手に取れる感覚は、それはそれでグッとくるものがやっぱりあったりするし。でもWeb上に常に置かれていて、世界中の人が見ることできて、それなりに見やすくて、それゆえのおもしろさがあって、そこだから通用する軽さがあって、そこでしか成立しない形態がある。それだけで十分に大きな意味があると思っている。

それに、デザインとメディア性の話でいうと、印刷するために作るものとWebで見るために作るものではデザインの作法がやっぱり違う。企業秘密なんであんまり言えないけど、スケール感も違うし、文字組も違うし、視線誘導も違うし、文字サイズや色使いなどのディテールももちろん違ってくる。本の構成自体から違ってくるものもある。そもそも「BCCKS」はWebで見るために最適にチューニングしてるんで、それをそのままプリントしてもだめなんです。もちろん将来的にはWeb本にも印刷本にも適応する器用なフォーマットを用意することは重要と思ってるけど、今はまずWeb本のメディア性を確立しなければってのが本音です。

そーそー、オイラがたまたまグラフィックデザイナーなんで、いろんな人から「これ印刷できるんですよね?」って言われるんだけど、今回はメディアのデザインです。自分がもともと一番やりたいと思っているのはグラフィックデザインというよりはメディアをデザインすることなんです。メディアをデザインする上で一番そこにジョインできるオイラの能力がグラフィックデザインだったんで、グラフィックデザイナーをやってるんだと思います。

もちろんグラフィックデザイナーというのが仮の姿ってわけでは決してないし、これからもずっとデザインをベースに仕事はしていくわけだけど、表裏一体でそこにはいつもメディアデザインが見え隠れしてます。いつも目指していることは、たとえ一枚の名刺デザインでも、そのメディアとして「効く」ものをデザインすることですね。

「BCCKS」を考えたときも、まず、Web上に存在するメディアとしての「効き」を考えてデザインしているんです。なので、今は、印刷のことまで考えていられないというのが正直なところ。そんなに一度には無理です。


——「効く」というのはどういうことですか?

松本●父親が画家だったんです。子供の頃から個展会場への搬入や額装や受付やらを手伝わされてました。個展といっても1日で20人くらいしか会場に来ないのが普通で、子供心にいったい個展(このメディア)って何なんだろうって思ってました。油絵っていうメディアに対してもなんだかもやもやと「効かなさ」を感じてたんだと思います。
で、その当時、デザインとか広告の概念はわけわからなくても、印刷された新聞広告の美しさとか、効いてるっぽさには強く反応してました。多くの人に見られているといった量の問題だけではなく、新聞広告なら新聞広告としてのメディア性・そのデザイン・効き具合の3つのバランスをもちろん言葉としては認識してなかったけど、生意気にも感じてたんでしょうね、たぶん。

誤解を覚悟で言えば、何ヶ月もかけて絵を描いて、梱包して、美術運送で運んで、展示して、という行為は、効率という意味でなくいろんな無駄を感じるんです。なにやら強制感もあります。世界で自分だけが理解出来ればいいという作家ならいいけど、オイラはぜんぜん違う。世の中との接点を多角的に持って、できる限りいろんな無駄がなくデザインされたものが、結果多くの人に効いたときにものすごく満足します。


——印刷物にこだわりがなくなったのはいつ頃からですか?

松本●あ、こだわってますよ、グラフィックの仕事では。「BCCKS」とか「ゲーム」とかをデザインしているときは考えないですね。


ドライブ感を大切にしているメディア



——印刷する以外に、実際の本と「BCCKS」の違いはなんでしょうか?

松本●実際の本作りってすごいハードルが高いじゃないですか。何部刷るのか、価格はいくらなのか、著者はどんな本にしたいのか、オイラ(デザイナー)はデザインで何をするべきか?しないべきかといったようにいろいろなことを考えちゃう。思想と作品と商品と流通とか、たかが一冊の本なのに様々な力が働いて、意識的にも無意識的にもみんなの中に制約やブレーキや間違った力が働いてしまう。というかなんか構えちゃうんですよね、よそ行きに。

でも「BCCKS」にはそれらのハードルが一本も立ってないんです。誰にも文句を言われることもないし、売れなくてもいいし、個人の思いのままに書いたり、デザインしたり発行したりできる。ぜひ実際に作ってほしいんだけど、特に出版業界の人はびっくりします。本作りってこんなに楽しいんだ!って。とにかくするすると書くことができる、どんどん構成が広がるし、いろんなことを綴じたくなる。そーいった作り方からスピード感が生まれて、モノ作りがドライブするんですね。通常の出版システムのように、印刷代を使って、値段をつけて、流通に乗せるというようなモノづくりとはメディアとしての在り方がまったく違ってくる。

「BCCKS」の目的のひとつでもある「いろんな個人の想いが溢れでちゃえ」ってことに関する答えのひとつが、モノ作りや流通や経済の入り交じったドライブ感だと思ってて、実際の本作りではそれらがマイナス方向に入り乱れてブレーキになるところを、加速する方向の要因に、ハードルでなく踏切台みたいに置かれてるってイメージなんです。

あなたが今興味あることを、誰にも遠慮しないで、いろいろと正直に、売れなくていいし、お金や他人の時間も浪費せず、よそ行きでなく、誰向けでもなく、資源も使わずに、自由につくってみてって言われたらどーですか?おまけにそれが誰かに効いたら?
ちょっと上がりませんか? 何かがドライブしませんかね?

オイラはそこに反応するんです。


(取材/服部全宏 撮影/谷本夏)

[プロフィール]
松本弦人

デザイナー/BCCKS チーフ・クリエイティブ・オフィサー

コンピュータによるグラフィックデザインの黎明期から積極的に先端技術を取り入れ様々なメディアへのデザインに取り組む。主な作品としては「ポップアップコンピュータ」「ジャングルパーク」「動物番長」など。
これまでの主な受賞歴としては、マルチメディアグランプリ、通産大臣賞、日本ソフトウェア大賞、読売新聞賞、ADC賞、TDC賞他受賞。
[ 関連サイト ] BCCKS http://bccks.jp

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http://tdc.bccks.jp
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