第2話 石岡怜子さんとの出会い | デザインってオモシロイ -MdN Design Interactive-
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々なジャンルで活躍するデザイナーの来歴をたどるシリーズ。今回はグラフィックデザイナーの水戸部博さんを取材し、今日までの足跡をたどります


第2話 石岡怜子さんとの出会い



水戸部博さん

水戸部博さん


サイトウマコトさんからの電話



──最初の就職先を“脱出”して、ブラブラした後は?

水戸部●まず、知り合いから手伝いを募集してるという話を聞いて行ってみたのが、旅行代理店の広告デザインをやっている個人事務所。ムックとかのタイアップを受けているところで、海外で撮った素人写真をバーッと渡されて、なんでもいいから作ってくれと。結構お気楽な仕事場で居心地はよかったのですが、半年ぐらいして「やっぱり違うな」と。自分が憧れて「やりたい」と思っていた世界と、あまりにもかけ離れていましたからね。

──で、また新しいところへ?

水戸部●ええ。こんな状況はマズイと思っていたら、今度は青山で音楽関係の仕事をしている事務所を紹介されて。当時のワーナーパイオニアとか、レコード会社の広告やジャケットのデザインをやり始めました。カメラマンやディレクターと仕事する環境で、そこで初めて、いまやっていることに近づいた感じでしたね。

──それまでがあまりにも遠すぎた?

水戸部●まあ、この道に入った動機のイラストもデザインも、街中で見かけられるようなものを作りたいと憧れていたわけだし。で、ちょうど80年代に入って、サイトウマコトさんや井上嗣也さん、戸田ツトムさん……いわゆる三羽烏が出現して、いてもたってもいられなかったわけです。

──広告ブームの到来ですね。

水戸部●そうこうしていたら、たまたまサイトウさんのところのアシスタントと知り合ったんです。で、冗談半分に「サイトウさんのところ入れない?」と言ったら、気軽に「聞いてみるよ」と言ってくれて。募集をかけていたら、普通はものすごい人が集まってるはずなんだけど……。

──タイミングよく?

水戸部●一応言っておくからって、履歴書と作文を書いて送りました。そうしたら1〜2週後、突然サイトウさん本人から電話がかかってきた。すると「いまの会社には悪いかもしれないけど、すぐ辞めろ」って。

──すごい急展開ですね。

水戸部●でも、サイトウさんのところも事務所移転の直前で、人員的にもすぐってわけにはいかない。そこで「石岡怜子さん、知ってるか?」と。「知ってます」と答えたら「とりあえず石岡さんのところに行ってみないか」と言ってくださって。


石岡怜子デザインオフィスへ入社



──石岡さんは当時……

水戸部●西武百貨店のディスプレイなどをやってらして、ADCを受賞していた頃ですね。お姉さんの瑛子さんもパルコの広告で有名でしたし。で、すぐ電話してもらって、面接に行ったんです。怜子さんのところは本当にアシスタントを募集してて、それこそ何十人も来ていたのですが、一番最後に行って。そうしたら、その場で「明日から来て」と。

──またまた急な話ですね。

水戸部●だけど、前の会社があるじゃないですか。そう伝えたら「昼間、仕事しているんでしょ? 夜の7時とか8時に終わるなら、ウチはそこからだから」って(笑)。

──夜間営業ですね。で、翌日から二重生活が始まって。

水戸部●ええ。当時、住まいも青山だったから、勤めが終わったら自転車で乃木坂の怜子さんの事務所に通って。2ヶ月ぐらい、そんな生活でした。

──いくつの頃ですか?

水戸部●24歳ぐらい。若かったからできたんですね(笑)。

──そこでようやく本格的にデザインを?

水戸部●ですね。初めて、理想の真ん中あたりに来られたなと。

──でも、仕事は厳しい?

水戸部●ええ。びっくりです。いままでやってきたことがママゴトみたいに思えるほどの戦場。泣き言を言わせないし、泣いてもいいから仕事しろって(笑)。

──規模は何人ぐらい?

水戸部●最初はアシスタント、僕一人でした。ちょうど怜子さんが「ブレックファースト」という会社を出て、独立するときだったんです。それまで下に4〜5人いたのですが、一人も連れて行かないでゼロからやるから……と。あと、マネージャーの方がいたから全部で3人ですね。

──まったく新しい環境で、オフィスが始動したばかりだったんですね。

水戸部●ええ。で、試用期間が終わって、初めてサイトウさんとお会いした。夜中、オフィスで仕事していたら、ノックもせずに入ってきて「お前か」と。下の階にサイトウさんの事務所があったんですね。で「頑張れよ」と(笑)。

──仕事的には?

水戸部●広告キャンペーンが多かったです。バブルの始まる直前で、景気もよかったんでしょう。ロケなら海外。カメラマン、コピーライター、スタイリスト……ひっくるめて最前線の人ばかり。でも、あの頃に叩き込まれた経験が、いまに至る本当の原点。仕事に対する考え方や接し方は、そこでベースができたと思います。


キンモクセイ『同じ空の下で』
キンモクセイ『ナイスビート』キンモクセイ『さよならの表情』

S.E.N.S.『恋愛集』S.E.N.S.『HOTEL ASIA』S.E.N.S.『Sound. Earth. Nature. Spirit. vol.SOUND』

水戸部さんが手がけたCDジャケット作品より
上左:キンモクセイ『同じ空の下で』(2003年/BMGファンハウス) 夏の浜辺でよく見かける、本物のレジャーシート仕様。
上中:キンモクセイ『ナイスビート』(2004年/BMGファンハウス) 写真撮影は久家靖秀氏。本当にこういう指の形が……
上右:キンモクセイ『さよならの表情』(2006年/BMG JAPAN) 昭和の名画家・谷内六郎氏の作品を使用。
下左:S.E.N.S.『恋愛集』(2004年/BMGファンハウス) 写真は久家靖秀氏の作品を使用。
下中:S.E.N.S.『HOTEL ASIA』(2005年/BMG JAPAN) イラストは吉田カツ氏の描き下ろし。
下右:S.E.N.S.『Sound. Earth. Nature. Spirit. vol.SOUND』(2007年/BMG JAPAN) まさに“グリッド”なピアノ鍵盤のアップ

次週、第3話は「渡英、そして独立」を掲載します。

(取材・文:増渕俊之 写真:FuGee)

水戸部博さん



[プロフィール]

みとべ・ひろし●1959年新潟県生まれ。日本デザイン専門学校卒業後、デザイン事務所数社を経て、石岡怜子デザインオフィスに勤務。渡英をはさみ、90年にフリーランスとして独立。現在、自身のオフィス「grid graphics」を主宰し、広告、CDジャケット、パッケージなどを手がけている





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