
様々なジャンルで活躍するデザイナーの来歴をたどるシリーズ。今回はグラフィックデザイナーの水戸部博さんを取材し、今日までの足跡をたどります。
第4話 グリッドなデザイン

水戸部博さん
週刊の苦労と講師
──独立後、DTPを?
水戸部●94〜5年ですね。最初の1年はデータ入稿してなかったですが、印刷所がある程度、そういう対応になってきたので。あと、その頃『ニューズウィーク』の外部ADをやっていたのですが、ちょうどアナログからデジタルに移行した時期でした。当初はアメリカから来るポジ素材など、同じものが空輸で2便出ていたんです。事故があったらマズイので。それが出版社と印刷所に分かれて届くのですが、いまでは考えられないほど手間もお金もかかっていましたよね。
──それが後にメールで?
水戸部●ええ。そこからDTPシステムが構築されて……僕はまったくわからなかったけれど、オペレータの方々が作業していました。でも、編集自体は週刊だから1日で作るのは変わらない。毎週土曜日の早朝、翻訳者が20〜30人来てファックスで届いた生原稿を荒く和訳して、それを編集者がリライトして記事にする。で、午後ぐらいに僕が行って、日曜日にまたがって終わるわけです。
──それをどれぐらいの期間?
水戸部●2年ぐらい。土日拘束されるから、まったく休みがなくて。それも駿東さんに声をかけてもらったのですが、週刊だから大変でしたね。
──デザインの仕事以外に、講師もされていたとか。
水戸部●金沢のデザイン学校ですね。最初は金沢の授業と生徒のデスクトップを繋げて、課題を画面に上げて、僕のほうで見ていたんです。それをチャットでやっていたのですが、キーボード早く打てなくてまどろっこしいから、電話かけちゃうんです。だから、電話代ばかりかかっちゃって(笑)。やっている間は誰が来ても対応できないから、だったら行ってやるほうがいいと。
──で、現場へ?
水戸部●ええ。2年前までワークショップをやっていました。コピーライターの友人とWebをやっている人と、僕はデザイン担当。3人交代で、1年かけてひとつのものを作り上げるというものでした。
水戸部●94〜5年ですね。最初の1年はデータ入稿してなかったですが、印刷所がある程度、そういう対応になってきたので。あと、その頃『ニューズウィーク』の外部ADをやっていたのですが、ちょうどアナログからデジタルに移行した時期でした。当初はアメリカから来るポジ素材など、同じものが空輸で2便出ていたんです。事故があったらマズイので。それが出版社と印刷所に分かれて届くのですが、いまでは考えられないほど手間もお金もかかっていましたよね。
──それが後にメールで?
水戸部●ええ。そこからDTPシステムが構築されて……僕はまったくわからなかったけれど、オペレータの方々が作業していました。でも、編集自体は週刊だから1日で作るのは変わらない。毎週土曜日の早朝、翻訳者が20〜30人来てファックスで届いた生原稿を荒く和訳して、それを編集者がリライトして記事にする。で、午後ぐらいに僕が行って、日曜日にまたがって終わるわけです。
──それをどれぐらいの期間?
水戸部●2年ぐらい。土日拘束されるから、まったく休みがなくて。それも駿東さんに声をかけてもらったのですが、週刊だから大変でしたね。
──デザインの仕事以外に、講師もされていたとか。
水戸部●金沢のデザイン学校ですね。最初は金沢の授業と生徒のデスクトップを繋げて、課題を画面に上げて、僕のほうで見ていたんです。それをチャットでやっていたのですが、キーボード早く打てなくてまどろっこしいから、電話かけちゃうんです。だから、電話代ばかりかかっちゃって(笑)。やっている間は誰が来ても対応できないから、だったら行ってやるほうがいいと。
──で、現場へ?
水戸部●ええ。2年前までワークショップをやっていました。コピーライターの友人とWebをやっている人と、僕はデザイン担当。3人交代で、1年かけてひとつのものを作り上げるというものでした。
常にプラスαの仕事を
──オフィスに「grid graphics」と名付けたのは?
水戸部●名前をつけたのは、ここ(南麻布)に越してからです。きっかけはデザイン学校で講師を務めているとき。僕が作ったカタログやポスターを向こうの先生が見て「グリッド・システムをやってるの?」と。日本人と思ってなかったみたい。で、言われてみたら、好きかもしれないと思って。
──デザインや事務所のインテリアを見ると、すべてグリッドですよね。斜めがほとんどない。
水戸部●気持ちいいじゃないですか(笑)。
──カレンダー(下写真)は崩れているけれど、それもグリッドな部屋に合ってて。
水戸部●あれは自分で作るんです。4ヶ月単位で、毎回フォーマット変えて。お楽しみですね、自分の。
──仕事に対する哲学は?
水戸部●真面目なことを言うと……ハードルがあるとしますね。自分で決めるのか、なにかわからないけれど、目指すところがあるとしたら、そこを超えて、相手に対して期待よりもプラスαの仕事になればと。あまり大きくしないようにしてて。
──やってみたいことは?
水戸部●いろんなことやってますが、音楽CDのパッケージをやればPVもやったり。初めてやれば勉強になるし、恥かくこともあるし(笑)。まあ、飽きません。
──Webは?
水戸部●やっていません。でも、いまWebデザイナーの友人に頼んで、自分のHPは7割作っているんです。そのうち、公開すると思いますが……海外のプロダクションやデザイナーは必ずHPがあるし、面白いものがあるから、メディアとして魅力的だと思っています。
水戸部●名前をつけたのは、ここ(南麻布)に越してからです。きっかけはデザイン学校で講師を務めているとき。僕が作ったカタログやポスターを向こうの先生が見て「グリッド・システムをやってるの?」と。日本人と思ってなかったみたい。で、言われてみたら、好きかもしれないと思って。
──デザインや事務所のインテリアを見ると、すべてグリッドですよね。斜めがほとんどない。
水戸部●気持ちいいじゃないですか(笑)。
──カレンダー(下写真)は崩れているけれど、それもグリッドな部屋に合ってて。
水戸部●あれは自分で作るんです。4ヶ月単位で、毎回フォーマット変えて。お楽しみですね、自分の。
──仕事に対する哲学は?
水戸部●真面目なことを言うと……ハードルがあるとしますね。自分で決めるのか、なにかわからないけれど、目指すところがあるとしたら、そこを超えて、相手に対して期待よりもプラスαの仕事になればと。あまり大きくしないようにしてて。
──やってみたいことは?
水戸部●いろんなことやってますが、音楽CDのパッケージをやればPVもやったり。初めてやれば勉強になるし、恥かくこともあるし(笑)。まあ、飽きません。
──Webは?
水戸部●やっていません。でも、いまWebデザイナーの友人に頼んで、自分のHPは7割作っているんです。そのうち、公開すると思いますが……海外のプロダクションやデザイナーは必ずHPがあるし、面白いものがあるから、メディアとして魅力的だと思っています。


写真左:水戸部さんのデスク。ディスプレイは、DTP導入初期に買ったナナオ製を「ちょっとネトッとしてる画面に目が慣れて」と
現在も使用を続けている。ちなみにMac OSは9.2。いわく「でも支障ない。逆に楽。イラストレータも5.5だし。9.0まであるけど、
入稿するときだけ変換して。作業は古い方が楽」とのこと
写真右:本文でも触れた自家製のカレンダー。グリッドに整ったオフィスに、なぜかマッチする崩れたデザイン
現在も使用を続けている。ちなみにMac OSは9.2。いわく「でも支障ない。逆に楽。イラストレータも5.5だし。9.0まであるけど、
入稿するときだけ変換して。作業は古い方が楽」とのこと
写真右:本文でも触れた自家製のカレンダー。グリッドに整ったオフィスに、なぜかマッチする崩れたデザイン
「これがデザイナーへの道」第18回、水戸部博さんのインタビューは今回で終了です。
(取材・文:増渕俊之 写真:FuGee)
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[プロフィール] みとべ・ひろし●1959年新潟県生まれ。日本デザイン専門学校卒業後、デザイン事務所数社を経て、石岡怜子デザインオフィスに勤務。渡英をはさみ、90年にフリーランスとして独立。現在、自身のオフィス「grid graphics」を主宰し、広告、CDジャケット、パッケージなどを手がけている
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