ニューヨークのデザイン&アートめぐり
第4回 ニューヨークでデザイン・アートをめぐる
メトロポリタン美術館、近代美術館、グッケンハイム美術館など、観光ガイドでおなじみの有名スポットでアートやデザインを鑑賞するのもいいが、実際にはニューヨークの街を歩き回るだけでも、さまざまなアートやデザインに出会うことができた。マンハッタンやブルックリンのビル街を歩いていると、高層ビルのエントランスや敷地の各所に、大きな彫刻作品や絵画作品が設置されているのが目に入ってくる。
鉄道の廃線跡を利用した遊歩道「ハイライン」の脇に立つ立体作品 |
ブルックリン中央図書館のエントランスを飾る豪華な彫刻 |
ニューヨークでは公共施設や高層建築を建てる場合、建設工事費の1%前後を美術作品に使うことが条例で義務付けられている。街をあげた芸術振興の機運を受けて、企業や団体などのサポートで実現した作品や、商業施設や店舗が独自に作った作品も加わり、街のあちこちでこうしたパブリックアートが楽しめるというわけだ。かつての世界貿易センタービルのツインタワーには美術館がひとつできるほどの美術品があったが、「9・11」の同時多発テロ事件による倒壊でほぼ全て失われてしまったという。
一般の商店も負けてはいない。スノーボードショップの前に展示された、ベンチ型のアート作品 |
美術書専門書店の前に設置された、フリーマガジンスタンドをベースにした作品 |
ニューヨークの地下鉄は、日本の地下鉄のように決められた時刻通りに電車が来るというわけではなく、突然の運休などで不便を感じることも多いのだが、その代わりに、いたるところでストリートミュージシャンの演奏を楽しむことができ、たくさんのアート作品にも出会うことができる。筆者も乗り換えや列車待ちの時間などに、さまざまなアートを楽しませてもらった。
ストリートミュージシャンの演奏。ユニオン・スクエア駅の乗り換え通路にて |
中華街近くのカナル・ストリート駅にあるタイル作品 |
14ストリート駅の各所に設置されたブロンズ彫刻 |
プリンス・ストリート駅のホームに描かれた作品。壁面と見事に一体化している |
市内の移動手段である地下鉄が誰でも楽しめる芸術空間になっていて、とても感心した。実はこれらのアート作品も、前述の条例を受けて設置されているのだそうだ。1980年代当初、ニューヨークの地下鉄設備は老朽化し、治安状況も悪化していたため、設備を一新して環境を改善し、アートを積極的に取り入れて地下鉄の再生を目指したのが始まりだという。
もうひとつ、ニューヨークの街を歩きながら楽しめるのがグラフィティアートだ。以前は公共施設や列車などに無許可で描かれた非合法の「落書き」があふれ、治安上の不安もかき立てる側面もあったが、最近では、非合法の落書き行為が厳しく取り締まられる一方で、当局公認のスペースで作品が描かれたり、店舗やビルのオーナーなどの依頼で描かれるケースが増えているという。そのせいもあってか、クオリティが高く、街の雰囲気を引き立てるような優れた作品が多く見られた。
ブルックリンの小さな工場の壁面に描かれたグラフィティアート。完成したばかりの瞬間に居合わせることができた |
アーティストがグラフィティを描いているところ。これも依頼を受けて描くケースと思われる |
マンハッタン・チェルシー地区のビル街で見つけた作品。通行人の多くが足を止めて見入っていた |
オイルを地面に落として描いた、とてもクールな作品。こうしたさりげないアートもあちこちで見られた |
同じニューヨークでも、ブルックリンは特に多くのアーティストやクリエイターが多く活動する地域と言われていて、より身近にアートに触れられる街でもある。マンハッタン郊外で家賃が安いからここに住むというよりも、ブルックリンそのものの魅力に惹かれてやってくる人が増えているのだという。週末にブルックリンの街を歩いてみたところ、作家やディーラーが持ち込んだ作品を気軽に買えるアート市場や、週末に公園の広場で開かれるアートのフリーマーケットなどに、多くの市民が詰めかけていた。
レコードをリサイクルして作ったiPhone5用のカバー。ブルックリン・ウイリアムズバーグにある公園で開かれたフリーマーケットで |
ウイリアムズバーグにあるアート市場。絵画から写真、ポスター、アクセサリ、ファッションなど、さまざまな作品が手頃な価格で手に入る |
ニューヨーク滞在最後の夜、ブルックリンの人気スポットであるパークスロープ地区のカフェ「Tea Lounge」に足を運んでみた。ここでは作家やデザイナー、アーティストなど、ブルックリンで活動するクリエイターが集まり、思い思いに仕事をしたり、打ち合わせをしたりしている。夜になると、ミュージシャンやコメディアン、役者などが代わる代わるパフォーマンスを披露する時間も。さながら「文化サロン」といった雰囲気のお店だが、こうした空間でクリエイター同士が出会い、新しい作品やプロジェクトが生まれることもあるという。
さまざまなクリエイターがやってくるブルックリンのカフェ「Tea Lounge」 |
夜のパフォーマンスタイムで演奏するミュージシャン |
ニューヨーク滞在中には、街をゆく市民が足を止めてストリートミュージックを楽しみ、チップをあげる場面をたくさん目にしたし、ブルックリンではアート作品を気軽に買って帰る人びとを目の当たりにした。このように、アートや音楽を楽しむ土壌が市民の間に成熟しているからこそ、世界中のアーティストたちがここでチャレンジしたくなるのだろうな、と思った。
「やりたいことがあったら、まず全部自分でやってみる」。滞在中にお会いした日本人デザイナー、小林耕太さんの言葉が再び思い出された。
誰かに見出されるのを待つのではなく、自分からアクションを起こすのは当たり前なんだな。
ニューヨークは、そんな風に自分の背中を押してくれる、不思議な魅力にあふれた街だ。たとえ1週間しか居られなくてもいいと思う。クリエイターでありたい、あるいはものづくりで世の中に何かを投げかけたいという人は、ぜひ一度ニューヨークを訪れて、最先端のアートやデザインに触れてみて欲しい。帰国する頃にはきっと、自分のなかで前向きな変化を感じられると思う。
[筆者プロフィール]
佐藤勝(さとう・まさる)
1975年大阪生まれ。2002年から中国社会や日中関係の取材に約8年携わり、2010年から電子出版ビジネスの動向や電子書籍の制作などを取材するほか、グラフィックデザイン関連の雑誌・書籍などの編集を手がける。電子出版を活かした地域再生の動きや、電子書籍によるセルフパブリッシングの動向に注目し、取材を続けている。
URL:http://55vintageworks.com/