
“仕事の壁”は誰にでもやってきます。そんなとき、ほかのみんなは、どうしているのでしょうか? このコーナーでは、今まさに壁を乗り越えようとしている人、乗り越えて一歩先に進んだ人など、クリエイティブ業界でがんばる仲間たちが登場。これまでの失敗談・成功談や現在の課題、そして将来像を語ります。今の仕事に前向きに取り組み、階段を一段登るためのヒントが得られるはずです!
第5回 株式会社ワンパク 高橋篤史さんの場合
株式会社ワンパクのアートディレクター、高橋篤史さん。生まれも育ちも北海道、社会人のスタートも北海道という彼だが、あるときから「自分はWeb制作者としてどれくらいのレベルにいるのか」ということを考えるようになる。自分の力を試すため、転職先を東京に求め上京。ふたつの会社でWebデザイナーとして働いたのち、この春、株式会社ワンパクにアートディレクターとして入社を果たす。ひとつの目標としていたアートディレクターになったばかりの高橋さんに、今までの軌跡や現在の仕事についてお伺いしました 。
第2話 北海道の制作会社で経験を積む
──大学卒業後にアルバイトとして入社した、地元・旭川の制作会社では、主にどんなことを行っていたのですか?
高橋●全員で3人と小さな会社で、共同で制作を行いながらも各々で個別業務を持っているような会社で、地元の企業などのコーポレートサイトを主に扱っていました。地方だとやはり大規模案件に出会う機会は少ないので、中〜小規模サイトを中心に年間10〜20件程、3人で制作していた感じでしたね。Web制作の傍ら、ヘルプデスク業務や講師補助という仕事も経験しました。
──ヘルプデスク業務や講師補助のお仕事では、どんなことを?
高橋●「ヘルプデスク業務」は出向先で担当した仕事なんですが……当時、森内閣が「IT革命」とうたって全国的に情報リテラシーを向上させるために、「情報技術(IT)講習会」という施策を全国で行っていまして……それで旭川市を中心とした、いくつかの市町村での講習会にヘルプデスクとして参加していました。
──2001年は、確かにそういう時代でしたね。
高橋●講習会では、“キーボードの「A」を打つと画面に「A」って文字が出てきます”といったような、本当に初心者向けのことを教えていましたね。それと「講師補助」のお仕事というのは、「中小企業大学校」と呼ばれる中小企業向けの講習機関で、ITに関するカリキュラムを会社で担当していて、その補助という形でした。地元の、本当に小さな会社や小売り店などを経営している人が、地方格差を何とかするために、インターネットを使って商材を売りたい……そんな方々に向けて、実際に何をどういうふうに作っていけば物を売るところまでにたどり着けるのか、細かく教えるような講習会をしてました。
──面白いご経験ですね。
高橋●普通にWeb制作だけをやるよりも、いろんな人や出来事に遭遇することがあって面白かったですね。ただ当時は、昼間は講習の仕事、夜戻ってきてからWeb制作の仕事という状況だったので……(苦笑)。最初の1年は訳もわからず、とりあえず両方の仕事をこなすことに必死でした。で、2年目あたりからもうちょっと深く制作にたずさわることができるようになってきまして、地方の仕事だけじゃなく、たまに東京から発注される仕事ももらえるようになりました。2年目、3年目とやっていくうちに単なるお手伝いからメインで制作を担当させてもらえるようになってきたんです。
──徐々にクリエイターとして独り立ちすることができたわけですね。
高橋●そうしているうちに、自分の制作物に対するギャップを感じるようになったんです。自分が実際に作っているものなんですけれども、東京から発注される仕事の制作物と、地元で受けた通常の制作物というのが、自分でも驚くくらい差が出てきてしまって。
──それはなぜでしょう?
高橋●当時、その会社ではディレクターが作業者を細かくコントロールするような体制ではなく、それぞれの裁量に任せる部分が多くて、お互いに手詰まりの時に助け合うような体制だったんですね。ですから、基本的には自分で品質管理を徹底しなきゃいけなかった。
──なるほど……。
高橋●そんな中で、東京からの仕事では東京に代理店やディレクターがいて、提出した制作物に関して段階ごとにイエス・ノーをもらって作り上げて行くというやりとりが多くなりました。当然、クオリティはどんどん引き上げられていきますよね。一方、通常の地元企業との仕事では、掲載情報が合ってるかどうかという内容や見た目に対する感覚的なクライアントチェックが中心で、デザインのルールやユーザビリティなど対しては何も問題なく、通ってしまうことが多かったんです。そこに自分の中で成果物の差に違和感を感じてしまって……要するに「自分はどっちなんだ?」と。ひいては「自分はWeb制作者としてどれくらいのレベルにいるのか」ということを考えるようになり、今のままで満足してしまったら将来自分はどこにたどり着くのだろうかと……。それで、自分はどこまでできるか試してみたいと思って、上京することを決意しました。
(取材・文:草野恵子 撮影:栗栖誠紀)
株式会社ワンパク
http://1pac.jp/
2008年1月に誕生したばかりの株式会社ワンパク。エンドユーザーと企業がともに「win×win」の関係となれるよう、“コミュニケーション”をさまざまな手段で最適化し、コンサルティング、プロデュースから、あらゆる要素の制作までをワンストップで提供する制作会社である。RIAコンソーシアムでの活動や執筆活動、各種の受賞でもよく知られている阿部淳也氏が独立し、代表をつとめる。
──大学卒業後にアルバイトとして入社した、地元・旭川の制作会社では、主にどんなことを行っていたのですか? 高橋●全員で3人と小さな会社で、共同で制作を行いながらも各々で個別業務を持っているような会社で、地元の企業などのコーポレートサイトを主に扱っていました。地方だとやはり大規模案件に出会う機会は少ないので、中〜小規模サイトを中心に年間10〜20件程、3人で制作していた感じでしたね。Web制作の傍ら、ヘルプデスク業務や講師補助という仕事も経験しました。
──ヘルプデスク業務や講師補助のお仕事では、どんなことを?
高橋●「ヘルプデスク業務」は出向先で担当した仕事なんですが……当時、森内閣が「IT革命」とうたって全国的に情報リテラシーを向上させるために、「情報技術(IT)講習会」という施策を全国で行っていまして……それで旭川市を中心とした、いくつかの市町村での講習会にヘルプデスクとして参加していました。
──2001年は、確かにそういう時代でしたね。
高橋●講習会では、“キーボードの「A」を打つと画面に「A」って文字が出てきます”といったような、本当に初心者向けのことを教えていましたね。それと「講師補助」のお仕事というのは、「中小企業大学校」と呼ばれる中小企業向けの講習機関で、ITに関するカリキュラムを会社で担当していて、その補助という形でした。地元の、本当に小さな会社や小売り店などを経営している人が、地方格差を何とかするために、インターネットを使って商材を売りたい……そんな方々に向けて、実際に何をどういうふうに作っていけば物を売るところまでにたどり着けるのか、細かく教えるような講習会をしてました。
──面白いご経験ですね。高橋●普通にWeb制作だけをやるよりも、いろんな人や出来事に遭遇することがあって面白かったですね。ただ当時は、昼間は講習の仕事、夜戻ってきてからWeb制作の仕事という状況だったので……(苦笑)。最初の1年は訳もわからず、とりあえず両方の仕事をこなすことに必死でした。で、2年目あたりからもうちょっと深く制作にたずさわることができるようになってきまして、地方の仕事だけじゃなく、たまに東京から発注される仕事ももらえるようになりました。2年目、3年目とやっていくうちに単なるお手伝いからメインで制作を担当させてもらえるようになってきたんです。
──徐々にクリエイターとして独り立ちすることができたわけですね。
高橋●そうしているうちに、自分の制作物に対するギャップを感じるようになったんです。自分が実際に作っているものなんですけれども、東京から発注される仕事の制作物と、地元で受けた通常の制作物というのが、自分でも驚くくらい差が出てきてしまって。
──それはなぜでしょう?
高橋●当時、その会社ではディレクターが作業者を細かくコントロールするような体制ではなく、それぞれの裁量に任せる部分が多くて、お互いに手詰まりの時に助け合うような体制だったんですね。ですから、基本的には自分で品質管理を徹底しなきゃいけなかった。
──なるほど……。
高橋●そんな中で、東京からの仕事では東京に代理店やディレクターがいて、提出した制作物に関して段階ごとにイエス・ノーをもらって作り上げて行くというやりとりが多くなりました。当然、クオリティはどんどん引き上げられていきますよね。一方、通常の地元企業との仕事では、掲載情報が合ってるかどうかという内容や見た目に対する感覚的なクライアントチェックが中心で、デザインのルールやユーザビリティなど対しては何も問題なく、通ってしまうことが多かったんです。そこに自分の中で成果物の差に違和感を感じてしまって……要するに「自分はどっちなんだ?」と。ひいては「自分はWeb制作者としてどれくらいのレベルにいるのか」ということを考えるようになり、今のままで満足してしまったら将来自分はどこにたどり着くのだろうかと……。それで、自分はどこまでできるか試してみたいと思って、上京することを決意しました。
(取材・文:草野恵子 撮影:栗栖誠紀)
株式会社ワンパク
http://1pac.jp/
2008年1月に誕生したばかりの株式会社ワンパク。エンドユーザーと企業がともに「win×win」の関係となれるよう、“コミュニケーション”をさまざまな手段で最適化し、コンサルティング、プロデュースから、あらゆる要素の制作までをワンストップで提供する制作会社である。RIAコンソーシアムでの活動や執筆活動、各種の受賞でもよく知られている阿部淳也氏が独立し、代表をつとめる。




