
さまざまなジャンルで活躍するデザイナーの来歴をたどるシリーズ。今回はマルチメディア・デザイナーの岡村浩志さん(Ages5&up)を取材し、今日までの足跡をたどります。
第2話 大学入学、そして就職

中目黒の仕事部屋にて、岡村浩志さん
Macromedia「Director」との出会い
──大学での専攻は?
岡村●美術学科視覚伝達デザインです。最初、自分がどんなデザイナーになりたいのか、全然決めてなくて。立花ハジメさんに憧れて、漠然と「デザインみたいなことはやってみたい」と。それとデザインの勉強ならば、家業にも関係があるので、親の許しを得られるんじゃないかという思いもありました。
──なるほど。
岡村●で、しばらくデッサンとか製図とか手を使う作業をやっていて、コンピュータから遠ざかっていたんですが、松本弦人さんや立花ハジメさんがMacを使ったデザインを始めてて、そういうのを見て影響を受け始めたのが大学2年ぐらいですね。それとCGの授業で見たジョン・ウィットニーの作品が衝撃的でした。見たのは静止画でしたが、その数学的で音楽的な絵は頭の中で動いて見えました。デザイナーを目指すことに行き詰まっていた時期に自分が向かう先を見つけた感じがしました。自分が思い描いた「自分にしかできないことができそうだな」と。ジョン前田さんがインタラクティブな表現をやっているのを見たり、いろんなことがリンクした時期ですね。
──もう90年代ですよね。そろそろDTPも?
岡村●ポピュラーになり始めた頃ですね。でも始まったばかりで、まだDTPの世界はいきなり卒業してフリーランスでできるような雰囲気はなかった。学校の勉強もさわり程度でしたし、先生も全然わからなくて、コンピュータ室に行って勝手に触るって感じでした。とにかく僕は早く世の中に出たくて……どうしてかと言うと家が会社をやっているので、やりたいことがいろいろあっても長男だから、家を継がないといけないと思っていて。
──継ぎたくなかったのですか?
岡村●というか、普通の会社に入って普通のことをやるのが嫌で。なんとしてでも自立したいな、と。でも普通のグラフィックデザイナーだと10年ぐらい先輩について、印刷のイロハとか勉強して、自分のことができるようになるのはその後か……と微妙に思いつつ、コンピュータとデザインを合わせたら自分で何かできそうだと思っていたんです。
──その頃、過渡期でしたよね。
岡村●ええ。で、たまたまMacromediaのDirectorの本を立ち読みしていたら、昔BASICを触っていたからサクサク読めるんですよ。初めて見るのに。これはできるに違いないと思って、その辞書みたいな本を買って触り始めて。卒業制作をDirectorで作ったんです。
──Macも買って?
岡村●3年の秋にMacintosh LC630を買いました。主に学校にあるものを使っていましたが、デザインツールとしては3年から触ってて、Directorは4年の夏かな。それから突貫で1〜2ヶ月で卒業制作を作りました。
岡村●美術学科視覚伝達デザインです。最初、自分がどんなデザイナーになりたいのか、全然決めてなくて。立花ハジメさんに憧れて、漠然と「デザインみたいなことはやってみたい」と。それとデザインの勉強ならば、家業にも関係があるので、親の許しを得られるんじゃないかという思いもありました。
──なるほど。
岡村●で、しばらくデッサンとか製図とか手を使う作業をやっていて、コンピュータから遠ざかっていたんですが、松本弦人さんや立花ハジメさんがMacを使ったデザインを始めてて、そういうのを見て影響を受け始めたのが大学2年ぐらいですね。それとCGの授業で見たジョン・ウィットニーの作品が衝撃的でした。見たのは静止画でしたが、その数学的で音楽的な絵は頭の中で動いて見えました。デザイナーを目指すことに行き詰まっていた時期に自分が向かう先を見つけた感じがしました。自分が思い描いた「自分にしかできないことができそうだな」と。ジョン前田さんがインタラクティブな表現をやっているのを見たり、いろんなことがリンクした時期ですね。
──もう90年代ですよね。そろそろDTPも?
岡村●ポピュラーになり始めた頃ですね。でも始まったばかりで、まだDTPの世界はいきなり卒業してフリーランスでできるような雰囲気はなかった。学校の勉強もさわり程度でしたし、先生も全然わからなくて、コンピュータ室に行って勝手に触るって感じでした。とにかく僕は早く世の中に出たくて……どうしてかと言うと家が会社をやっているので、やりたいことがいろいろあっても長男だから、家を継がないといけないと思っていて。
──継ぎたくなかったのですか?
岡村●というか、普通の会社に入って普通のことをやるのが嫌で。なんとしてでも自立したいな、と。でも普通のグラフィックデザイナーだと10年ぐらい先輩について、印刷のイロハとか勉強して、自分のことができるようになるのはその後か……と微妙に思いつつ、コンピュータとデザインを合わせたら自分で何かできそうだと思っていたんです。
──その頃、過渡期でしたよね。
岡村●ええ。で、たまたまMacromediaのDirectorの本を立ち読みしていたら、昔BASICを触っていたからサクサク読めるんですよ。初めて見るのに。これはできるに違いないと思って、その辞書みたいな本を買って触り始めて。卒業制作をDirectorで作ったんです。
──Macも買って?
岡村●3年の秋にMacintosh LC630を買いました。主に学校にあるものを使っていましたが、デザインツールとしては3年から触ってて、Directorは4年の夏かな。それから突貫で1〜2ヶ月で卒業制作を作りました。





岡村浩志さんの仕事より
上段:PoPoRon(1997年)
ドローツールのインターフェイスで絵、音、動きを楽しむアプリケーション。デジタローグより発売
上段:PoPoRon(1997年)
ドローツールのインターフェイスで絵、音、動きを楽しむアプリケーション。デジタローグより発売
卒業制作と同時に就職活動
──どんなものを作ったのですか?
岡村●絵を描くソフトです。キッドピクスとかの影響もあって、お絵描きツールみたいなものですが、それが音にもなる。ちょっと魔法的なイメージがあって、それを最初は本物の光でやりたかったんです。ライティングをMIDIというデジタル楽器を制御するのと同じ信号でコントロールして、楽器を演奏するみたいに光をコントロールしたかったんですけど、僕のノウハウではまったくできなくて……。でも、コンピュータの中だったら思うように出来る。その動きを数学的に有機的に作って、絵を描くと音と動きになるようなものが作りたかった。その制作中にアドバイスしてくれたのが八谷和彦さんをはじめIMJという会社の面々なんです。
──どこで知り合ったのですか?
岡村●大学4年の秋ぐらい、IMJの入社試験を受けてからです。
──就職活動も同時に?
岡村●ええ。そのときポストペットのプログラマーの幸喜俊さん、尊敬する大先輩ですが、彼に卒業制作を見てもらいアドバイスを受けながら作って。IMJという会社はマルチメディア系の制作会社なのですが、新しい会社だったので結構いろんなジャンルの人が集まっていたんですね。いろんな人がいて、いろんな意見を言ってくれた。たくさん褒めてもらえて、うれしくてノリノリでスムーズに仕上がって、それでプログラムや絵のことを掴めた。で、前田さん、弦人さん、デラウエアがやっていることを見て、自分がやっていることと比べても、まだ確立できるポイントがあるな、と。「ここだ」と思えた。
──就職活動では、いくつか受けたんですか?
岡村●いや、IMJだけです。フリーランス指向で就職するつもりは全然なくて、会社も全然調べていませんでした。たまたま友人がチラシを持って来て、新卒でグラフィックデザイナーを募集していて。実家からも近かったので、「就職活動ってどんなものか見てみよう」ってくらいの気持ちで受けに行ったんです。履歴書は「デザイナーの審査でこんな書類は関係ない」と思っていたので、受付に行ってボールペンと糊を借りてその場で書いて提出して……そういう意思表示をしたいな、と。
──豪気ですね。
岡村●スーツも着ないでTシャツに半ズボンで行ったのですが、面接官の藤井政登さんが編集していた翔泳社の『GURU』という雑誌をたまたま僕が好きで、半ズボン同士とても気が合って、ずっとレジデンツの話をしているだけという面接でした(笑)。その面接に自分で企画した仕掛け絵本を何冊か持って行きました。秋葉原で買った光線銃の音が出るチップにツマミの抵抗をつけて、クラフトワークがライブで使っていたEMS社のAKSというスーツケース型のシンセみたいな感じの本を、すごく面白がってくれたんです。
岡村●絵を描くソフトです。キッドピクスとかの影響もあって、お絵描きツールみたいなものですが、それが音にもなる。ちょっと魔法的なイメージがあって、それを最初は本物の光でやりたかったんです。ライティングをMIDIというデジタル楽器を制御するのと同じ信号でコントロールして、楽器を演奏するみたいに光をコントロールしたかったんですけど、僕のノウハウではまったくできなくて……。でも、コンピュータの中だったら思うように出来る。その動きを数学的に有機的に作って、絵を描くと音と動きになるようなものが作りたかった。その制作中にアドバイスしてくれたのが八谷和彦さんをはじめIMJという会社の面々なんです。
──どこで知り合ったのですか?
岡村●大学4年の秋ぐらい、IMJの入社試験を受けてからです。
──就職活動も同時に?
岡村●ええ。そのときポストペットのプログラマーの幸喜俊さん、尊敬する大先輩ですが、彼に卒業制作を見てもらいアドバイスを受けながら作って。IMJという会社はマルチメディア系の制作会社なのですが、新しい会社だったので結構いろんなジャンルの人が集まっていたんですね。いろんな人がいて、いろんな意見を言ってくれた。たくさん褒めてもらえて、うれしくてノリノリでスムーズに仕上がって、それでプログラムや絵のことを掴めた。で、前田さん、弦人さん、デラウエアがやっていることを見て、自分がやっていることと比べても、まだ確立できるポイントがあるな、と。「ここだ」と思えた。
──就職活動では、いくつか受けたんですか?
岡村●いや、IMJだけです。フリーランス指向で就職するつもりは全然なくて、会社も全然調べていませんでした。たまたま友人がチラシを持って来て、新卒でグラフィックデザイナーを募集していて。実家からも近かったので、「就職活動ってどんなものか見てみよう」ってくらいの気持ちで受けに行ったんです。履歴書は「デザイナーの審査でこんな書類は関係ない」と思っていたので、受付に行ってボールペンと糊を借りてその場で書いて提出して……そういう意思表示をしたいな、と。
──豪気ですね。
岡村●スーツも着ないでTシャツに半ズボンで行ったのですが、面接官の藤井政登さんが編集していた翔泳社の『GURU』という雑誌をたまたま僕が好きで、半ズボン同士とても気が合って、ずっとレジデンツの話をしているだけという面接でした(笑)。その面接に自分で企画した仕掛け絵本を何冊か持って行きました。秋葉原で買った光線銃の音が出るチップにツマミの抵抗をつけて、クラフトワークがライブで使っていたEMS社のAKSというスーツケース型のシンセみたいな感じの本を、すごく面白がってくれたんです。
次週、第3話は「独立前後」を掲載します。
(取材・文:増渕俊之 写真:FuGee)
(取材・文:増渕俊之 写真:FuGee)
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[プロフィール] おかむら・ひろし●1975年東京都生まれ。日本大学芸術学部美術学科卒業後、IMJに入社。97年に「Ages5&up」として活動開始。デザイン、プログラム、映像、音楽など、知的玩具のようなひねりと分かりやすさ、対象年齢5歳以上を基本に作品を展開している。ロッテルダム国際映画祭への出品の他、銀座「CHANEL」アニメーション、携帯Webサイト「THE END」参加など。http://www.ages-five-and-up.com/ |




