
さまざまなジャンルで活躍するデザイナーの来歴をたどるシリーズ。今回はマルチメディア・デザイナーの岡村浩志さん(Ages5&up)を取材し、今日までの足跡をたどります。
第3話 独立前後

中目黒の仕事部屋にて、岡村浩志さん
ヌルいところで仕事してたなー
──で、晴れて入社に?
岡村●ええ。会社に入ったら面白い人ばかりで、特にプログラマーの幸喜さんとの出会いは大きかったです。幸喜さんの席の壁に『わたしは真悟』のまりんのドット絵が貼ってあって。僕も大好きな漫画だったので、もう絶対、仲良くなりたいと思って。幸喜さんからは表現者としてのプログラマーの在り方を学びました。
──仕事はマシン中心で?
岡村●Macですね。ポストペット関係ではWebだけでなくグッズなども作っていたのですが、僕はデザイナーと言っているわりには最後の落とし込みまでは作業してなくて。Tシャツだったら柄だけとか、素材作りだったんです。そこから先、版下などの作業は別の人たちがやっていて。いま考えると、相当ヌルいところで仕事してたなーと(笑)。
──何年勤めたのですか?
岡村●1年半、短かったですね。大学の友人で中村克也くんが、八谷さんの会社ペットワークスで仕事してて、独立するから「お前も辞めろ」と。会社は楽しくやれていたので、辞める必要はなかったのですが、誘ってくれなかったら、きっとダラダラいたでしょうね。環境を変えるの、意外と自分の意志ではなかなか勇気いるじゃないですか。でも「こっち来な」って手を引っ張ってくれたので、行けたのかな。
──八谷さんと抜けたんですか?
岡村●いえ、八谷さんはすでにペットワークスを起業していました。僕はIMJに所属していて、中村くんも含めて「君たち独立しなよ」と言ってくれたわけです。
岡村●ええ。会社に入ったら面白い人ばかりで、特にプログラマーの幸喜さんとの出会いは大きかったです。幸喜さんの席の壁に『わたしは真悟』のまりんのドット絵が貼ってあって。僕も大好きな漫画だったので、もう絶対、仲良くなりたいと思って。幸喜さんからは表現者としてのプログラマーの在り方を学びました。
──仕事はマシン中心で?
岡村●Macですね。ポストペット関係ではWebだけでなくグッズなども作っていたのですが、僕はデザイナーと言っているわりには最後の落とし込みまでは作業してなくて。Tシャツだったら柄だけとか、素材作りだったんです。そこから先、版下などの作業は別の人たちがやっていて。いま考えると、相当ヌルいところで仕事してたなーと(笑)。
──何年勤めたのですか?
岡村●1年半、短かったですね。大学の友人で中村克也くんが、八谷さんの会社ペットワークスで仕事してて、独立するから「お前も辞めろ」と。会社は楽しくやれていたので、辞める必要はなかったのですが、誘ってくれなかったら、きっとダラダラいたでしょうね。環境を変えるの、意外と自分の意志ではなかなか勇気いるじゃないですか。でも「こっち来な」って手を引っ張ってくれたので、行けたのかな。
──八谷さんと抜けたんですか?
岡村●いえ、八谷さんはすでにペットワークスを起業していました。僕はIMJに所属していて、中村くんも含めて「君たち独立しなよ」と言ってくれたわけです。





上段:Viewsic(2000-2001年)
音楽チャンネル「Viewsic」のステーションID
下段左:SS union(2003年)
テストパターンとトーンが変形するスクリーンセーバ。森美術館のオープニング企画CD「OPEN MIND」に収録
下段右:UNION_SO505i(2003年)
Sony Ericsson SO505iにプリインストールされた、時間の変化でウニョンウニョン動く時計アプリ
大学の友人とチーム結成
──中村さんは?
岡村●グラフィックデザイナーです。大学時代から一緒にずっとやってて、コンピュータ関係は僕がやって、彼はパッケージなどの落とし込みをやって。2人でチームを組んで独立しました。
──しかし早い独立でしたね。
岡村●ええ。1年目で卒業制作をデジタローグからパブリッシュしてもらえたし、仕事も先輩たちと同じようにやらせてもらえてました。即戦力という感じで……タイミングがよかったのと、勢いよく集中できる環境があったせいですね。人の出会いも大きかったと思います。
──独立して事務所を借りたんですか?
岡村●いや、自宅です。中村君とやるときもお互いの家に行って。あとは電話とネットですね。ネットが面白くなってきたときで積極的に利用してました。周りも含めて、ネットの成長と一緒に触発されてやっていた感じです。
──いまの屋号(Ages5&up)はその頃から?
岡村●ええ。学生時代に作品の名前につけていて、それをグループ名にしてました。きっかけはデジタローグの『フロッケ展』ですね。カエルの形をしたレコードプレイヤーのアプリケーションを作って、CDを入れるとレコードノイズとともに曲が再生されて、音に合わせてカエルが踊るフラワーロックみたいなもので。アンビエントをかけるとカエルが寝るという(笑)。それを白根ゆたんぽさんが見てくれたり。そんな感じで海外展など、活動のたびに、いまの人脈ができたんです。
──では営業みたいなことはやらないで、そうしたところから仕事も広がって。
岡村●ですね。今井トゥーンズさん、tomatoの長谷川踏太さん、デラウエア、そうやって知り合っていって。周りからたくさん刺激をもらっています。
岡村●グラフィックデザイナーです。大学時代から一緒にずっとやってて、コンピュータ関係は僕がやって、彼はパッケージなどの落とし込みをやって。2人でチームを組んで独立しました。
──しかし早い独立でしたね。
岡村●ええ。1年目で卒業制作をデジタローグからパブリッシュしてもらえたし、仕事も先輩たちと同じようにやらせてもらえてました。即戦力という感じで……タイミングがよかったのと、勢いよく集中できる環境があったせいですね。人の出会いも大きかったと思います。
──独立して事務所を借りたんですか?
岡村●いや、自宅です。中村君とやるときもお互いの家に行って。あとは電話とネットですね。ネットが面白くなってきたときで積極的に利用してました。周りも含めて、ネットの成長と一緒に触発されてやっていた感じです。
──いまの屋号(Ages5&up)はその頃から?
岡村●ええ。学生時代に作品の名前につけていて、それをグループ名にしてました。きっかけはデジタローグの『フロッケ展』ですね。カエルの形をしたレコードプレイヤーのアプリケーションを作って、CDを入れるとレコードノイズとともに曲が再生されて、音に合わせてカエルが踊るフラワーロックみたいなもので。アンビエントをかけるとカエルが寝るという(笑)。それを白根ゆたんぽさんが見てくれたり。そんな感じで海外展など、活動のたびに、いまの人脈ができたんです。
──では営業みたいなことはやらないで、そうしたところから仕事も広がって。
岡村●ですね。今井トゥーンズさん、tomatoの長谷川踏太さん、デラウエア、そうやって知り合っていって。周りからたくさん刺激をもらっています。
次週、第4話は「触媒としての生き方」を掲載します。
(取材・文:増渕俊之 写真:FuGee)
(取材・文:増渕俊之 写真:FuGee)
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[プロフィール] おかむら・ひろし●1975年東京都生まれ。日本大学芸術学部美術学科卒業後、IMJに入社。97年に「Ages5&up」として活動開始。デザイン、プログラム、映像、音楽など、知的玩具のようなひねりと分かりやすさ、対象年齢5歳以上を基本に作品を展開している。ロッテルダム国際映画祭への出品の他、銀座「CHANEL」アニメーション、携帯Webサイト「THE END」参加など。http://www.ages-five-and-up.com/ |




