第13回 クラウドのシェア争いとオープン化への動き
IT界の巨人たちを魅了するクラウド
Amazon S3(aws.amazon.com/s3/)のようなストレージサービスから注目を集め始めたクラウドだが、現在はプログラムの実行可能環境、メッセージング、ネットワーキングとしてのクラウドサービスもいくつかあり、インフラとして重要な役割になろうとしている。現在Microsoft社、IBM社、Sun Microsystems社など多くの企業がクラウドサービスに注目しているのも新たな収益モデルとなる可能性に注目しているからだ。まず第一に会社規模に応じて柔軟かつ最適なサービスを提供できるので顧客拡大につながる。また、サポート、資産管理、トレーニングなどといった従来子会社などを仲介していたサービスをクラウドによって中央化することが可能になり、新たな収益モデルにもなりうる。
Google社、Amazon社をはじめとしたWeb基盤の企業が今のところクラウドサービスでは一歩進んでいるのが現状だが、大企業も追随している。Microsoft社はクラウドに多額な投資を行っており、米サンアントニオ市に5億5,000万ドルを費やしたデータセンターの設立や「Windows Azure」(www.microsoft.com/windowsazure/)というクラウドコンピューティング向けのOSの開発を進めている。Sun Microsystems社も独自ではあるが相互性の高さを特徴とするクラウドサービスを発表しており、Microsoft社と同様豊富な開発ツールを提供している(www.sun.com/cloud/)。特定のハードウエアにこだわらずにすむだけでなく、自社に合うサービスのみを購入できる柔軟性をクラウドコンピューティングにより実現できるわけだが、こうした時代に合わせて巨大なIT企業もクラウドへ動き始めている。
今後の発展に欠かせない標準化への動き
さまざまな企業がクラウドプラットフォームの提供に乗り出しているが、相互性がないままサービスが乱立していたのでは、クラウドとしてのメリットを生かしているとはいえない。ひとつのクラウドサービスから別へのデータ移行のために毎回独自のものを開発するのではコストがかかる。今後の発展には新たに企業がクラウドプラットフォームに参入可能にするための仕様の標準化は必須となる。クラウドコンピューティングを実現するためのオープンソースソフトウエアはすでにいくつかあり、採用している企業もある。
たとえばAmazon S3は、クラウド基盤ソフトウエア「Eucalyptus」(www.eucalyptus.com/)と互換性をもっており、Sun Microsystems社が提供するクラウドコンピューティングも同様のソフトを利用すると発表している。また、IBM社、Cisco社、Sun Microsystems社をはじめとした 250以上の企業が賛同した「オープンクラウド・マニフェスト」が発表されており、オープン化促進活動も行われている。こうしてそれぞれの企業が異なる姿勢でオープンなクラウドサービスをつくり上げようとしているが、すべてが同じ方向へ進んでいるとはいえない。たとえば、オープンクラウド・マニフェストにはGoogle社、Amazon社、Microsoft社といった企業は賛同していない。
さらに、企業だけでなく技術もひとつにまとまっていないのが現状だ。「Cloud Computing Interoperability Forum(CCIF)」という団体は、Amazon EC2、Google App Engineをはじめとしたさまざまなクラウドをつなぐための「Unified Cloud Interface(UCI)」(code.google.com/p/unifiedcloud/)を開発。同時に、GoGrid社(www.gogrid.com/)は、クラウドデータ通信のためのAPIをCreative Commonsとして発表している。多くの“標準”が羅列しているのが現状ではあるが、いくつか出てくることで、より洗練され良いプラットフォームへと進化していくだろう。
時代を動かすクラウドコンピューティング
The Wall Street Journalの記事によれば、2012年には420億ドルの市場へと成長するといわれているクラウドコンピューティング。この数字はソフトウエアビジネス全体の半分を占める大きさである。従来ソフトウエア、ハードウエア会社が徐々にクラウドへ移行しつつあるように、Web中心に企業でさえコンテンツや情報を提供するだけの存在から、クラウドを利用し公共事業のような役割になりつつある。数年後、ソフトウエアビジネスの歴史を振り返るとすれば、今は大きな変化の真っただ中といえるかもしれない。
ビジネスのインフラになりつつあるクラウドだが、見えにくいクラウドの世界でどのように安全性・安定性を証明するのか、サービスからサービスへのデータの移行といった相互性をいかに実現するか、そしてどのように標準化を進めていくかなど課題もいくつか残されている。しかし、Webサーバやその上で動くプログラムを見てもわかるとおり、オープンな仕様や洗練された技術が採用されているように、クラウドでも同様のことが起こるだろう。ここ数年培われたWeb 2.0の技術や考え方をクラウドコンピューティングに結びつけることで新たなビジネスモデルの確立も考えられる。
IBM社やCisco社がスポンサーをしているオープンクラウドを推進する団体
「Cloud Computing Interoperability Forum」
(www.cloudforum.org/)
文献のほとんどは英語だが、Windows Azureの
日本開発者向けの公式コミュニティ
(msdn.microsoft.com/ja-jp/azure/)
クラウド環境を構築するEucalyptusは、オープンソースで無料ダウンロードも可能
(www.eucalyptus.com/)
Profile 長谷川恭久
デザインやコンサルティングを通じてWeb関連の仕事に携わる活動家。ブログやポッドキャスト、雑誌などを通じて情報配信中。
URL: www.yasuhisa.com/
本記事は『web creators』2010年3月号(vol.99)からの転載です。