
最終回となる今週は、水野氏がリニューアルを手がけた「杏露酒」の広告キャンペーンの制作秘話にフォーカスする。新規購買層を獲得しながらも、既存購買層をも引き付けるリニューアル戦略とは? また「水野学にとってのデザイン」についても聞いた。
僕にとってのデザインは特技。
――杏露酒の広告キャンペーンの目的はなんだったのでしょうか。
水野●これはリニューアルすることが一番の目的でした。僕と同じ30代の人からすると、杏露酒というお酒は「ちょっといいお酒」というイメージなのですが、20代の人からすると、「年輩の人が飲む」といった古いイメージ。だから、購買層が増加しにくく、売り上げ的にも伸び悩んでいたのです。そこで「てこ入れをしましょう」という話になりました。
――具体的にはどのように、てこ入れされたのでしょうか。
水野●まず「なぜ若い世代に古いと思われてしまうのか」について考えました。その過程で、「誰が飲むお酒なのかわかりにくい」という問題点が浮上してきました。そこで、ターゲットを明確にしたのです。
その当時、一番杏露酒を飲んでいる層と想定したのは元オリーブ少女。雑誌『ku:nel』(クウネル)や雑誌『Lingkaran』(リンカラン)などを好むような30代の女性です。休日はカフェに行ったり散歩をするのが好きな人たち。売り上げを回復させるためには、それ以外の層にも訴求する必要があるわけです。そこで新しいターゲットを20代の女性と設定しました。
――新しいターゲットを設定し、具体的には何をしたのでしょう。
水野●まず、香里奈というモデルを起用しました。香里奈は新しいターゲットの20代が読む雑誌『Ray』の専属モデル。ですから、『Ray』はもちろん、『Ray』に近いターゲット設定で作られている雑誌『CanCam』や『ViVi』などの読者にも訴求できると考えました。同時に『Ray』や『CanCam』を卒業した人が手に取る雑誌、例えば『CRASSY』、『Oggi』、『VERY』などを好むOLや若い主婦層にまで訴求できるはずだと考えました。
しかし、今まで杏露酒を飲んでいた人たちにとっては、杏露酒のイメージは香里奈ではないのです。売り上げを回復させるためには、新規購買層の獲得はもちろん、既存購買層にも引き続き愛される商品であり続ける必要があります。
――その二つの層にヒットさせるためのポイントは何だったのですか?
水野●音楽やコピー、映像のトーンを、既存購買層が好むホワッとした優しいトーンにすることです。そして、このトーンには異色とも思われる、香里奈をキャスティングしたことで、既存の層と新規の層を包括することに成功したのだと思います。リニューアルに失敗したプロジェクトを分析すると、新しいターゲットに照準を絞り過ぎて、既存の人たちが離れてしまうケースが多いのです。だから、両方にフックさせることが重要なポイントになると考えました。
――しかし、それは難しいことではありませんでしたか?
水野●実際にはタレントを変えただけなんですけどね。これは二つの層にヒットさせるための発想の転換です。ただ、発想の転換って簡単なようで意外とできないんですよね。
――発想の転換は、実際どのように行うものでしょうか。
水野●人って思い込みで生きているんです。人から「こう見られたい」という思いがあるから、そう見られるように振る舞っているだけ。「自分はこういう人間だ」と思い込んでいる、そのタガをはずせば、どんな人間にでもなれるんです。つまり自らの思い込みを捨てられれば、今までとは違う観点で物事を捉えることができるし、新たな発想も生まれるのだと思います。
――自らが立てた戦略が成功した感想を聞かせてください。
水野●売り上げもV字回復しているそうで本当にうれしいです。good design companyにとってデザインとは、「良くする」こと。でも水野学にとってのデザインとは、ただの特技なんです。デザインすること自体が楽しいのではなく、デザインしたことによって人が喜んでくれるのがうれしいんです。例えるなら、ラーメンを作ることが好きなのではなくて、誰かが食べたときに「旨い!」って喜んでもらえることが好きということ。それと同じなんです。
(取材・文:山下薫 人物写真:谷本 夏)
「このアートディレクターに聞く」第2回水野 学さんのインタビューは今回で終了です。

第4話 特技としてのデザイン
僕にとってのデザインは特技。
行為自体が楽しいわけではない。
![]() 『杏露酒』(永昌源)のCM |
水野●これはリニューアルすることが一番の目的でした。僕と同じ30代の人からすると、杏露酒というお酒は「ちょっといいお酒」というイメージなのですが、20代の人からすると、「年輩の人が飲む」といった古いイメージ。だから、購買層が増加しにくく、売り上げ的にも伸び悩んでいたのです。そこで「てこ入れをしましょう」という話になりました。
――具体的にはどのように、てこ入れされたのでしょうか。
水野●まず「なぜ若い世代に古いと思われてしまうのか」について考えました。その過程で、「誰が飲むお酒なのかわかりにくい」という問題点が浮上してきました。そこで、ターゲットを明確にしたのです。その当時、一番杏露酒を飲んでいる層と想定したのは元オリーブ少女。雑誌『ku:nel』(クウネル)や雑誌『Lingkaran』(リンカラン)などを好むような30代の女性です。休日はカフェに行ったり散歩をするのが好きな人たち。売り上げを回復させるためには、それ以外の層にも訴求する必要があるわけです。そこで新しいターゲットを20代の女性と設定しました。
――新しいターゲットを設定し、具体的には何をしたのでしょう。
水野●まず、香里奈というモデルを起用しました。香里奈は新しいターゲットの20代が読む雑誌『Ray』の専属モデル。ですから、『Ray』はもちろん、『Ray』に近いターゲット設定で作られている雑誌『CanCam』や『ViVi』などの読者にも訴求できると考えました。同時に『Ray』や『CanCam』を卒業した人が手に取る雑誌、例えば『CRASSY』、『Oggi』、『VERY』などを好むOLや若い主婦層にまで訴求できるはずだと考えました。
しかし、今まで杏露酒を飲んでいた人たちにとっては、杏露酒のイメージは香里奈ではないのです。売り上げを回復させるためには、新規購買層の獲得はもちろん、既存購買層にも引き続き愛される商品であり続ける必要があります。
――その二つの層にヒットさせるためのポイントは何だったのですか?水野●音楽やコピー、映像のトーンを、既存購買層が好むホワッとした優しいトーンにすることです。そして、このトーンには異色とも思われる、香里奈をキャスティングしたことで、既存の層と新規の層を包括することに成功したのだと思います。リニューアルに失敗したプロジェクトを分析すると、新しいターゲットに照準を絞り過ぎて、既存の人たちが離れてしまうケースが多いのです。だから、両方にフックさせることが重要なポイントになると考えました。
――しかし、それは難しいことではありませんでしたか?
水野●実際にはタレントを変えただけなんですけどね。これは二つの層にヒットさせるための発想の転換です。ただ、発想の転換って簡単なようで意外とできないんですよね。
![]() オフィスに併設して、good design companyが運営するアートギャラリー“(g)”。本城直季氏、飯田竜太氏、古賀充氏といったフレッシュな作家の個展を積極的に展示している |
水野●人って思い込みで生きているんです。人から「こう見られたい」という思いがあるから、そう見られるように振る舞っているだけ。「自分はこういう人間だ」と思い込んでいる、そのタガをはずせば、どんな人間にでもなれるんです。つまり自らの思い込みを捨てられれば、今までとは違う観点で物事を捉えることができるし、新たな発想も生まれるのだと思います。
![]() オフィス、ギャラリーのあるフロアから伸びるらせん階段は、眺めの良い屋上へと続く。ちょこんと置かれた犬小屋がかわいらしい |
水野●売り上げもV字回復しているそうで本当にうれしいです。good design companyにとってデザインとは、「良くする」こと。でも水野学にとってのデザインとは、ただの特技なんです。デザインすること自体が楽しいのではなく、デザインしたことによって人が喜んでくれるのがうれしいんです。例えるなら、ラーメンを作ることが好きなのではなくて、誰かが食べたときに「旨い!」って喜んでもらえることが好きということ。それと同じなんです。
(取材・文:山下薫 人物写真:谷本 夏)
「このアートディレクターに聞く」第2回水野 学さんのインタビューは今回で終了です。

[プロフィール]
みずの・まなぶ●1972年東京生まれ。茅ヶ崎育ち。96年多摩美術大学美術学部デザイン科卒業後、パブロプロダクションに入社。広告制作会社ドラフトを経て1999年にgood design companyを設立。主な仕事に、「KIRIN903」(2004年)の商品コンセプト、企画・商品開発、広告展開、永昌源「杏露酒」のCMおよび広告制作、NTTドコモのクレジットサービス「iD」のブランディングなどがある。05年NY ADC入賞。05年One Show Silverを3部門で受賞。






