第2話 ターゲットをつかむ個性とは? | デザインってオモシロイ -MdN Design Interactive-
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昨年秋より公開されている能登の老舗旅館「多田屋」のサイトが話題を呼んでいる。美麗で奥深いビジュアル&デザイン、ストレスフリーで簡潔なシステム構築、そして心地よいアンビエント・サウンド……。今回はその制作チームスタッフである鎌田貴史さん(spfdesign Inc.)、ウラタダシさん(gleamix)、内田郁夫さん(void productions)による座談をお送りしながら、Web制作における「現場」の一端を再現してみよう。

第2話 ターゲットをつかむ個性とは?


左から、鎌田貴史さん、ウラタダシさん、内田郁夫さん

左から、鎌田貴史さん、ウラタダシさん、内田郁夫さん

絵の中にコンテンツを置くという大前提


——みなさん、これまで数多くの仕事を手がけてきた中で、今回の多田屋サイトの案件はいままでと異質でした?

ウラ●僕の場合、全然違いましたね。僕は常々、仕事というものにはなにかしらの“枠”があると思っているのですが、自分フィーチャーの仕事ではない以上は、商品などに付加価値をつける意味の絵だと自覚していたんです。でも今回は、鎌田さんからの注文が「ウラさんの感じた能登を形にしてください」というものだった。いままでやってきたものと違って、自分を入れ込んでいい、と。といって自己満足ではダメだから、結果的に旅館や能登を伝えて、手応えを感じてもらえるような絵にしなくてならない。だからプレッシャーみたいなものがありました。

鎌田●プレッシャーはかけましたね(笑)。

ウラ●メールで「ウラさんの集大成でよろしく」って(笑)。

——様々なモチーフが入っていますよね。

鎌田貴史さん
鎌田●そもそもWebにおけるイラストって挿絵的な役割で、何かがあってそれを補完するというポジションであるケースが多いじゃないですか。でも多田屋のサイトに関してはそうではなく、絵の中にコンテンツを置くというのが大前提。逆のプロセスだったんですね。絵にすべてがかかっているから、僕とウラさんの両方を「アートディレクター」としてクレジットしている。絵の世界観作りというのは、僕よりも10数年、死にものぐるいでやってきたウラさんのほうが知っているはずだから、そこは僕が介入する余地がない。最低限のことだけを伝えて、あとはおまかせで作品を作ってください、と。上がってきたものに対してディレクションすることも想定していましたけれど、予想通り、予想以上のものが上がってきたので、完璧ですって伝えました(笑)。

——絵の制作では、Macで描いたものを出力し、それを手書きにして、またスキャン……というプロセスだったそうですが、普段からしているのですか?

ウラタダシさん
ウラ●いや、あそこまでやったのは今回が初めて。最初に言った、横長のシームレスな作品はMacで描いていたんです。今回も当初はその方向でいくつもりだったのですが、能登へ取材に行き、現場の世界を表現するにはその手法では薄すぎると感じました。もっと深みを出さなくてはならないな、と。そこで全体の構図、ベーシックな世界観はその描き方で作り、プラス深みというか肉付けは1工程、2工程増やしてみたんです。そういう手間のかけ方が、一緒に仕事していて楽しいですよね。普段から「このタッチしかやっていません」という仕事はこれまでもしていないので、常にそこから進化できる。

——音の注文は?

鎌田●めちゃくちゃ漠然としたものでしたよね?

内田●絵柄と動きと、あとは鎌田さんからのいくつかのキーワードだけで。

——普段はどういう形で指示が出るのですか?

内田●それも仕事の内容によって様々です。完全にイメージを限定されるものもあれば、見たまま感じたまま好きに作ってください……という場合もある。制限があるとすれば秒数ですかね。でも、以前に比べて、待遇というと変だけど(笑)使われ方がよくなったのは事実です。


多田屋ブログ 多田屋ブログ
オフィシャルサイト公開後に始まったブログも、鎌田氏ディレクションのもと、本サイトのイメージに即したデザインがほどこされている。ウラ氏による「七福神」絵をじっくり静止状態で見られる





流しておいて、終わりがない音楽に……


鎌田●サイトの世界観を作るのに、音ってめちゃくちゃ重要なんです。実は今回、多田屋のサイトも最初、もろもろの都合があって音をつけない方向だったんです。でも、ウラさんに絵を描いてもらってサイトが動くようになりだしたとき、これは音なしではダメだろうと思って。

——音もシームレスな絵世界と共存してますよね。

鎌田●そうですね。僕からのオーダーは漠然としてて、唯一明確だったのがさっき言った白銀屋さんみたいのものではないように……というところ(笑)。

内田●あとは、いつまでも流しておいて、終わりがない音楽に……と。

鎌田●ループ感が出ると気持ち悪いじゃないですか。そうではなくて、控えめに主張しているものが欲しかった。確実に世界観作りはしているのですが、邪魔にならなく、気づいたら鳴っていたんだ……ぐらいの気持ちで。でも、あとで思い返すと「あのサイトの音よかったな」って。そういう矛盾したオーダーをしましたね。漠然としているし矛盾しているし、内田さんには苦労をかけたかもしれない。

——Webの世界における、サウンドの意味合いが明確になっていますよね。

鎌田●すごく大事だと思います。音ナシで世界観を作れないし、耳障りな音が流れていても邪魔なだけだし。そういう意味では、一般ユーザーも音に対してシビアになってきています。

内田郁夫さん
内田●結局、様々なサイトのコンセプトに、どこまで音が寄り添えるかが問題ですよね。メインはあくまでテキストや絵のコンテンツだから、音を主張し過ぎるとよくない。やっぱり控えめで、かつ全体を見たときに足りない部分……主に言葉になる前の感情的なところを音楽で支えるという考えになっている。

鎌田●あの音、すごく評判がいいんですよ。サイトの公開後、一般のブログなどをウォッチしていたのですが、サイトに用はないけれど「あの音だけを聴きに飛ぶ」とか「あの音を聞きながら寝た」とか、書き込みがいっぱいありました。

内田●多田屋さんには申し訳ないですが、僕のところにも「音を聴きながら仕事してました」とか、いくつかメッセージがありました。

——まさにアンビエント・ミュージックですね。

内田●うれしいことですが、ウラさん的にはどうなんですかね?

ウラ●いやいや、僕も同じようにかけっぱなしにしてましたよ(笑)。

——他の音源も内田さんのHPで聴きましたが、総じて“邪魔にならない”サウンド作りですよね。

内田●そうですね。いわば環境的な音楽です。あまり派手なメロディなどを入れることはなく、聴いている人に想像してもらいたいので。それは仕事だからというわけでなく、自分のサウンドの個性だと思っています。

——それが、いまのWebの流れとうまく合っている。

内田●かもしれないです。持ちうる個性がうまく合致したのが、今回の仕事だと思っています。

次週は、第3話は「Webが促進する刺激」を掲載します。

(取材・文:増渕俊之 写真:谷本 夏)



鎌田貴史さん

[プロフィール]

かまだ・たかし●1979年兵庫県生まれ。神戸市立工業専門学校卒業。カナダ留学後、デザインプロダクション勤務を経て、2003年に「.SPFDESIGN」として独立、2006年に「spfdesign Inc.」を設立。現在、中村勇吾氏のオフィス「tha」にも席を置きながら、Webデザイナーとして数々活躍中。http://spfdesign.com/


ウラタダシさん

うら・ただし●1972年長崎県生まれ。1995年よりデザイン会社勤務を経て、2000年に独立。Web、広告、雑誌、音楽プロダクトなど、多彩なタッチによるイラストレーションを制作している。鎌田氏などと共に、クリエイターズ・ユニット「null*」にも参加。http://gleamix.jp/


内田郁夫さん

うちだ・いくお●1974年東京都生まれ。PCソフト開発会社のサウンドスタッフを経て、2003年に独立。フリーランスのサウンド・クリエイターとして、様々なWebサイト、店舗などのBGM/SEを制作中。www.void-productions.com/



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