第2回 架空プロジェクトでIAの活動内容を理解する - 実践的インフォメーションアーキテクト論 | デザインってオモシロイ -MdN Design Interactive-

第2回 架空プロジェクトでIAの活動内容を理解する - 実践的インフォメーションアーキテクト論

2024.4.26 FRI

【サイトリニューアル!】新サイトはこちらMdNについて
IAになりたい人、IAと仕事をしてみたい人必見!
実践的インフォメーションアーキテクト論


文=清水 誠文=清水 誠
実践系Webコンサルタント。DTP・印刷・ネットビジネスの分野を中心に、ITとIAによる業務カイゼン を手がける。印 刷物とWebへ画像をシングルソースするためのカラーマネジメント、文字情報をシングルソースするECM・XML・自動組版、ビジネスを加速するITイノ ベーションが最近のテーマ。1995年国際基督教大学卒

第2回
架空プロジェクトでIAの活動内容を理解する

前回は、インフォメーションアーキテクト(IA)の歴史を振り返ったうえで、タイプ別のIAの特徴について解説した。今回は、架空のプロジェクトを想定し、どのタイプのIAが何をするのか、何が求められるのかを具体的に解説する。これからIAを目指す人や、IAを含むプロジェクトを受注したいマネージャーにとっての参考になれば幸いだ。


Webアプリケーションの架空リニューアルプロジェクトを追う

クライアントの要望
今回は、架空のプロジェクトに沿って解説していく。まず、あるメーカーのマーケティング担当から、以下の要件がだされたこととする。

「現在、基幹システムの刷新にともない、オンライン見積もりのリニューアルプロジェクトが進行しているのだが、過去の経緯からこれまでは情報システム部が予算と主導権を握ってきた。今回は外部ベンダーの製品やテクノロジーの都合ありきで進めるのではなく、ユーザーの利便性を最重視しながら利益の向上を実現させることで、社内の体制や考え方を変えていきたい」

この要件を受けて、図【1】のような工程でプロジェクトを進めることになった。以下で、各フェーズごとにIAの活動内容や考え方について、詳しく解説する。

【1】プロジェクトの進め方
【1】プロジェクトの進め方


1. 現状分析(ユーザビリティ専門家タイプIA)
まずは、今回のリニューアルにおける改善の方向性を探るため、サイトの調査や分析に強い私(ユーザビリティ専門家タイプIA)がサイトの現状分析を行う。そもそも、このメーカーのオンライン見積もりに対してユーザーはどのような期待を持っているのだろうか?

オンラインサーベイで300人を対象にアンケートをとったところ、Webをブラウズしながら機種を絞り込むケースと、店舗で実物を見て絞り込んだ数機種についてWebで見積もりを行うケースが多いことがわかった。

次に、このふたつのケースを想定してサイトの利用をシミュレートしてみると、2画面目がネックになることが予想された。機種を選択する画面なのだが、英数字の機種名のみが選択肢として表示されるため、ここで自分にあった機種を選ぶことができないからだ。

この点を確かめるために、ログ分析を行った。機種選択画面から次のページへ進まないドロップ率は高めだが、もう少し掘り下げて検証する必要がある。機種の選択画面から去ったユーザーが次にどのページへ遷移したのかを、高度なログ分析ソフトで調べたところ、4割のユーザーはそのままサイトを去り、残る1割はトップページへ、2割は製品トップページへ遷移し、Flashによるリッチな製品情報を閲覧したうえで、1割のユーザーが再びオンライン見積もりに戻っていることがわかった【2】。この機種選択の画面におけるUIの問題を解決すれば、全体のドロップ率は、3割はリカバーできるのではないか?

【2】リニューアル戦略立案
【2】リニューアル戦略立案


2. リニューアル戦略(コンサルタイプIA)
現状分析の結果、現在のサイトが抱える問題点が見えてきた。が、サイトを改善することだけが私たちの仕事ではない。今回の要件のひとつに、ユーザー中心の考えかたが実際に利益に貢献できることを社内に明確に示すことがある。そのために、立場の異なるだれもが納得するような客観的な成功指標を設定することにする。オンライン見積もりのコンバージョン率(見積もり完了件数÷サイトのユニークユーザー数)を検討したが、過去半年間の実績値を実際に計測してみると、マス広告キャンペーンによる影響のためか、時期によるバラツキが大きいようだ。

今回は、検索サイトで「見積もり」のキーワードを含む検索をし、明確に見積もりを目的として訪問したユーザーの完了率(見積もり完了件数÷見積もり1画面目のユニークユーザー数)を向上させることを成功指標とした。見積もりをしたいという明確な目的を持って訪問したユーザーに絞り込むことで、いろいろな変動要因を抑えるためだ。

次に、具体的な測定期間と目標数値を決める必要がある。毎月の見積もり件数が増えることによる金銭的価値を算出し、今回のプロジェクトコストに対する費用対効果を明確にしたうえで、クライアント担当者と討議をした。今回の実績をマーケティング部への評価や次年度予算折衝と連動させるため、年度末の2ヶ月前までを測定期間とし、中間結果に基づいて小リニューアルを行うことを提案したところ、快諾を得た。気のせいか、クライアント担当者の目が生き生きしてきたようだ。なんとか目標を達成し、プロジェクトを成功させたいものだ。

このように、大きな組織の体制や考え方を変えるためには、組織内の力学や個々人のモチベーションなどについても配慮が必要だ。

3. UI設計(UIエンジニアタイプIA)
レイアウト、ナビゲーション、ボタン、フォームなどの設計コンセプトと詳細仕様をまとめて、ビジュアルデザインへ引き継ぐのが私(UIエンジニアタイプIA)の役目だ。今回は、コンテンツ中心のサイトではなく、WebアプリケーションのUI設計であり、UI設計者としては腕の見せ所だ。マーケティング部だけでなく、情報システム部や経営陣も納得するような明確な改善コンセプトを打ち出したい。

4年前のサイト立ち上げ当時と現在の違いのひとつに、ブロードバンドの普及とWebブラウザの機能・安定性向上があげられる。今回のメーカはブランディングを重視しているため、マウスに音とアニメーションで反応する製品画像と、ドラッグ&ドロップで見積もり対象製品をカスタマイズするUIを考案した。また、今後の更新性も考慮し、Macromedia FLEXを使ってXML形式でJavaサーブレットと製品データのやりとりを行うことを提案したい。

UIとしては、WindowsのGUIルールを基本とし、フィッツの法則に基づいてリンクエリアを広く確保した。また、今回の製品に関しては、同じユーザーが複数の製品を続けて見積もったり、シーズンごとに見積もりを繰り返すという行動が予想されたため、キーボードによる操作も可能にすることとした。これはアクセシビリティ対策でもある。

このようなUIコンセプトは、概念だけでは伝わりにくく、発表した場ではコンセンサスを得られても、後になって決定が覆ることがある。また、Webアプリケーションのような動的で機能的なサイトを紙の上だけで設計やデザインすることは難しく、実装してみて初めて問題が見つかったり、しっくり来ないUIになってしまうこともある。それを避けるため、今回は動作する簡単なモックアップを作成しながら、デザイナーによるデザインやシステム開発者によるレビューを同時に進めることにした【3】。

【3】UI設計
【3】UI設計


4. プロトタイプのテスト(ユーザビリティ専門家タイプ)
今回はUIエンジニアタイプIAがデザイナーと協力しながらプロトタイプをつくっているため、これを使ってユーザーテストをしない手はないだろう。ユーザビリティを向上させるためには、ISO13407でも定義されているように、要件→設計→評価のサイクルを繰り返す人間中心設計プロセスが効果的だ【4】。今回はスケジュールの都合上、ラボでビデオ撮影をしながらマジックミラー越しに観察をするというスタイルではなく、気軽にテスターを招いてノートPCを操作してもらい、得られた洞察をプロトタイプに直ぐに反映して次回のテストに望む、というイテレーションを4回繰り返した。

【4】人間中心設計プロセス
【4】人間中心設計プロセス


この方法では、何%のユーザーがミスをした、というような統計的な意味はないが、Webに慣れすぎた関係者には想像できなかった知見がいくつか得られた。

5. 最終プレゼン(コンサルタイプIA)
ユーザーテストの結果をUIとデザインに反映させ、仕様書を書き終えて、フロントエンド側の設計・デザイン作業が完了した。これまでの作業に関して正しく理解されるために、クライアント関係者を講堂に集め、最終プレゼンテーションを行った【5】。

【5】 最終プレゼン
【5】 最終プレゼン


前半では、ユーザビリティ改善の成功事例紹介、今回の調査結果レポート、UI設計コンセプト紹介とプロトタイプの実演をした。やはり動作するプロトタイプはわかりやすくてインパクトがある。一同がスクリーンに注意を集中させていた。後半では、プロジェクトのゴール定義と今後のスケジュール、今後のガバナンス体制(承認プロセスなど)を紹介し、最後にQ&Aで締めくくった。情報システムのキーマンへは事前にすり合わせをしてあり、システムとの連携に関する諸問題はクリア済みだ。想定外の質問や懸念はなく、納得感を持って受け入れられたようだ。

さて、このあとは私だけがプロジェクトメンバーとして残り、システム開発や運用後の効果測定の舵取りをしていくことになる。システム開発に関しては、クライアントといつも取引のあるSI会社が担当することになっているが、開発を進めるうえで必然的に生じるUIやデザインの修正がビジネスに悪影響を与えないことと、開発の進捗や品質を第三者の視点で確認するために、引き続きプロジェクトにかかわっていくことを提案したためだ。まだまだ先は長い。


IAのタイプ別の特徴を徹底分析

コンサルタイプのIA
このタイプのIAには、顧客側の複数の関係者からサイトのゴールや現状、将来像を網羅的に聞き取り、論点を絞り込み、疑問やニーズに応えられる提案力が求められる。最後に調査結果をプレゼンすることも多いため、ドキュメンテーション能力やプレゼン能力も必須である。また、ユーザー中心設計を実践するための手法や世界の成功事例について精通している必要がある。

クライアント企業に対して社外からコンサルティングのサービスを提供することのひとつの価値として、社内では慣れすぎて忘れていることや組織間のコミュニケションのギャップなどを発見し、それを顧客の関係者全員が納得のいく形でフィードバックすることがある。コンサルタントとして、つねに顧客の一歩先を考えて提案をし、安心感を提供することも必要だ。

キャリアパスとしては2パターンある。まずは、経営またはITコンサルティング会社の若手コンサルタントがWebに特化したコンサルタントへ転身するパターン。Webの場合は納期が短く、実装へのスムーズな落とし込みが重視されるため、テクノロジーや制作についての理解が必要になる。そのため、3~5年程度の経験を持つ若手の方がスムーズに転身できる。また、ほかのタイプのIAやWebプロデューサーから転身するというパターンもある。コンサルタントとしてのプロ意識を身につけるには、百戦錬磨の戦略系コンサルタントと同じチームで働いてみるのがいちばんだ。

UIエンジニアタイプのIA
Webがビジネスのツールとして進化し、また機能的にもリッチインターネットアプリケーションやAJAXが普及してきた結果、ソフトウエアと同等レベルのユーザーインターフェイス設計が必要となる場合が増えた。ナビゲーションの位置やラベリング、リンクの可視性といった静的サイトにおけるUIとは比較にならないくらい複雑なUI設計が必要な点で、このタイプは今後さらに活躍できるオポチュニティがある。

UI設計を専任で担当するほどの価値を提供するためには、それなりの理論武装や世の中の先行事例に関する研究が不可欠だ。また、ユーザーの視点でインターフェイスを考えるだけでなく、事例にもあるように、システム開発者と議論や調整をする機会も今後増えるだろう。XMLやWebサービスのようなフロントエンドとバックエンドの連携に関しては、理解を深めておく必要がある。

キャリアパスとしては、FlashやJavaScriptのコーディングからUIへ興味が移るパターンと、認知科学やHuman-Computer Interactionなどの理論から実践へ移るパターンがある。Webの場合は実装テクノロジーの制約を強く受けるため、コーディングの知識はプラスとなる。ただし、実装テクノロジーの枠の範囲でUIを設計してしまうという落とし穴に注意したい。

ユーザビリティ専門家タイプのIA
5年ほど前までは、ヤコブ・ニールセンのようにユーザビリティやユーザー中心設計を啓蒙する役割が大きかったが、ユーザビリティがクライアント側でもあたりまえになってきた近年は、リサーチャーとしての役割が濃くなってきた。サイト診断(ログ分析やヒューリスティック評価)やユーザビリティテストに限定せず、伝統的なマーケティング調査手法であるグループインタビューやアンケートなどについても理解しておくとよい。

キャリアパスとしては、大手ソフトウエア会社や製造メーカーのデザイン部門、マーケティング調査会社などでリサーチの基礎を身に着けて、Web業界へ転身するという方法がある。リサーチ業務だけを常時しているわけにはいかないため、コンサルタイプやコンテンツ編集者タイプと兼務することも多いだろう。


今回のまとめ

今回の架空プロジェクトでは、志向や活動内容、バックグラウンドの異なる3タイプのIAが登場した【6】。

【6】3タイプのIAの守備範囲
【6】3タイプのIAの守備範囲


Webプロデューサー/ディレクター、コンサルタント、インタラクションデザイナーなどの名称を使う場合もあるだろう。重要なのは名称ではなく、タイプの異なるメンバーが英知を結集し、クリエイティブ活動の付加価値を高め、ビジネスを成功に導くことだ。それが可能になれば、Webディレクターやデザイナーにとっては自分のマーケット価値を高めることが、制作会社にとってはビジネスの幅を広げることができるようになる。IAの領域からは、そのためのヒントが多く得られるはずだ。

次回以降では、SEタイプと編集者タイプが活躍する架空プロジェクトを紹介したうえで、いよいよIAになる方法について紹介していきたい。


本記事は『Web STRATEGY』2005年 冬号 vol.2からの転載です
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