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第3話 3rdアルバム『ヘッド博士の世界塔』について

2024.5.16 THU

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第3話 3rdアルバム『ヘッド博士の世界塔』について



未体験ゾーンの3Dピクチャー仕様



──90年代初頭、日本の音楽シーンはバンド・ブームで、しかもビートパンク系ばかりでしたから、フリッパーズはかなり異質な存在でした。

信藤●バンドっていうと、昔ながらのロック臭い感じばかりだったでしょ? その臭さがいやだった。彼らはまったくそういうところと別の世界にいたから、そこも好ましかった。

三浦●あの存在感は珍しかったよね。しかも、撮影に関しては結構厳しかった。いきなり水の中に入れとか、毎回毎回、信藤さんも変わったことを考えるし。だって、これ(3rd)なんて極め付きじゃない?

信藤●ハハハ。




懐かしい友人と再会したような笑みを浮かべて、
しげしげと『ヘッド博士の世界塔』を手にする信藤氏。
世界初3Dピクチャー仕様もさることながら、
キャンペーンなどすべてのプロダクツで統一されたカラフル・ドットの
ビジュアルは、いまなお古びない鮮やかさを放つ









三浦●眼鏡をつけて3Dで見せようなんて、よく考えたよね(*1)。こっちは「どうやるんだっけ?」ってアタフタしてたけど。

信藤●みんな、まったく経験がなかったからね。

三浦●ポラを撮っては「見える、見えない」って大騒ぎ。結局、徹夜して翌朝まで撮影してたんだけど、さすがにスタジオから「次の予約が入っているので帰ってください」って言われて。そんなこと言われたのも初めてだった(笑)。

──3D用のインナービジュアルは計4シチュエーションで、セットも衣装も変える大掛かりな撮影ですね。

信藤●六角形の円を作って二人が内側にいる写真(*2)があるけど、バックミンスター・フラー博士の球面体がネタなんです。6〜7年前に再ブームになりましたが、そういう意味ではフラー博士を取り上げたのはずいぶん早かったですね。

──ラフなどは書いていたのですか?

信藤●いや、書いてない。具材を買ってきて、事前に組み立てのシミュレーションはしていたけど……。

三浦●全部、合成なしの撮影だったね。ラフがなくて「大体こんな絵かな?」って。だから現場でバタバタしながら、カメラ2台で撮って何枚もポラ撮りして確認して。で。ちょっと立ち位置が離れたら、カメラ何cm離そうかとか……。

──専門的なスタッフはいなかったのですか?

信藤●一応、プロダクツ権利を持つ会社の人が立ち会っていたけど、やはり実際の現場経験がないんですよ。

三浦●そうそう。計算上だけでは、うまくいかないんだ(笑)。


『DOCTOR HEAD’S WORLD TOWER/ヘッド博士の世界塔』

『DOCTOR HEAD'S WORLD TOWER/ヘッド博士の世界塔』(1991年7月10日リリース/ポリスター)
フリッパーズ・ギターのラスト・アルバムにして、日本のポップ・ミュージック史に打ち立てられた不朽の金字塔。
前作までの“ネオアコ”イメージは影を潜め、当時の英国バレアリック・ムーヴメントと歩調を合わせたサウンド、
暗喩に満ちあふれた歌詞の世界観が以降の邦楽シーンに与えた影響は計り知れない

誰もが集中していた「実験」の場



──そのような意味では、実験できるバンドであった、と。

信藤●そうですね。そういう気持ちを喚起させる“何か”があったのでしょうね。

三浦●うん。本人たちが一番盛り上がってて、常に新しいことを求められる。ハードだったけれど、それが面白かったね。みんなが集中してた現場。普通、フリッパーズで想像できないじゃない? そういう盛り上がりはすごかった。

信藤●周りのスタッフも含めて、特別な時代でしたね。

──このインナースリーブでも様々なカブリものをやってますが、そういうことも彼らは好きでしたね。

三浦●おすもうさんとかね(笑)。

信藤●おしゃれなんだけど、ナンチャッテ思想が強い二人でしたから(笑)。

三浦●そういう態度みたいなものが、若い人たちへの影響力としてすごくあった。




クールながら茶目っ気満点のフリッパーズにとって、
三浦氏の「ノセる」撮影は欠かせなかった。
その薫陶を受けた三浦氏のアシスタント陣が独立後に雑誌撮影などを
引き継ぐことになり、遊び心ある数々の写真を残している










──当時のリスナー層にとって、この作品は音楽的にもプロダクツ的にも忘れられないパワーがあります。

信藤●僕も、いまだにこのデザインは好きですね。

三浦●信藤さんにとっても、やっぱりこれがベスト?

信藤●結局、そういうことになってますね。フリッパーズと言えば、カラフルなドットというイメージになるかも。

──ちなみにこの当時、DTPは導入されていたのですか?

信藤●いや、この頃はまだ全部手です。

三浦●へぇ……いつ頃からデジタルにしたの?

信藤●80年代後半に、Macは買っていたんです。でも、当時のスタッフ全員、誰も使えなくて事務所のインテリアだった(笑)。

三浦●それでも、こんなものができたんだからすごいね。やっぱり時代に関係なく残るデザインは、機械に頼らないという見本だよ。






(*1/写真左)パッケージに組み込まれたステレオ・ビュー用のレンズにより、
インナーに掲載された2枚のアーティスト写真を立体視させる仕組み。初回限定盤のみの仕様
(*2/写真右)二人のキッチュな「バケーション」扮装にも注目。自分たちをザ・モンキーズになぞらえていた彼らの面目躍如なカット。
この他、多面鏡に映し出されたポップスター、コック&ウェイター、ダダイズムの絵描きに扮した



次週、第4話は「フリッパーズ『後』について」を掲載します。

(取材・文:増渕俊之 写真:谷本 夏)


信藤三雄氏

[プロフィール]

しんどう・みつお●1948年東京都生まれ。コンテムポラリー・プロダクション主宰。音楽ソフトのグラフィック・デザインを数多く手がける一方、PVの演 出をはじめとする映像作家として活動。1998年、初の監督映画作品『THE DETECTIVE IS BORN 代官山物語「探偵誕生」』を発表。7月29日より、最新作『男はソレを我慢できない』が公開(渋谷シネ・アミューズほか、全国順次ロード ショー)。http://www.ctpp.org/


三浦憲治氏

みうら・けんじ●1949年広島市生まれ。雑誌、広告、CDジャケット、ツアーパンフレットなど、多岐に活動。主な作品に、YMO写真集 『OMIYAGE』『SEALED』、井上陽水の単行本『奇麗ごと』、サザン・オールスターズ写真集『Mr.&Ms. EVERYBODY』、ユニコーン写真集+単行本『どしたん』、シャ乱Q写真集『歌舞伎町DX』、藤井フミヤ写真集『Flight F』、奥田民生写真集『EZ』、同単行本『奥田民生ショウ』『奥田民生ショウ2』、Puffy単行本『あゆみ』などがある。



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