第2話 雑誌の「骨格」を学ぶ | デザインってオモシロイ -MdN Design Interactive-
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第2話 雑誌の「骨格」を学ぶ


白石良一氏

暗室での「パーツ」作り


――木村さんの事務所には当時、何人ぐらいのスタッフがいたのですか?

白石●木村さんを入れて5人でした。

――最初はどのような担当を?

白石●暗室係です。

――トレスコですか?

白石●いや、写真の複写台と引き伸ばし機。あの当時、レイアウトの材料となる写真は、ポジもプリントもすべて事務所内で複写していたんです。木村さんや先輩の指示で適当なサイズに引き伸ばして、それをコピーで調整しながら割り付け用の素材にしてました。1日100点どころの話ではなかったですから、最初の半年はそれこそ暗室の中でモグラのような生活でしたね(笑)。

――すごい体験ですね。

白石●35mmのフィルムも、普通はリールに巻いて現像しますよね。でも、そんなことをしていたら間に合わない。暗室に入りながらビーッと引き出して、途中をハサミで切って現像液にチャポンと入れる。薬品で手も荒れるし、すごい臭いで……。あと文字も全部ダミーを作って、タイトルは写植をとって字間を調整した後、再度複写して紙焼きにしていました。

――つまり、パーツを全部揃えてからレイアウトする、と。

白石●そう。プラモデルと一緒ですよ。他の人は普通、線のレイアウトでしょ? なんでそういう方法なのか……僕はそこから始めたからそれが当たり前なんだけれど、あとから聞いたら興味深いエピソードを教えてくれました。60年代の初頭、文化出版局が『ミセス』を創刊したとき、そういう雑誌を作るノウハウがないからアメリカからアートディレクターを呼んだそうです。で、木村さんの師匠の江島任さんがアシスタントについた。そのときのやり方だったんですね。


『Esquire』日本版別冊『1960s Revolution』(April 1991 No.7/ユー・ピー・ユー)

木村裕治氏のもとでのアシスタント時代、白石氏が丸ごと1冊担当していた『Esquire』日本版別冊『1960s Revolution』(April 1991 No.7/ユー・ピー・ユー)

膨大なページ数を速いペースでこなす


――そのシステムが受け継がれたのですね。

白石●いわば『ハーパース・バザー』のアレクセイ・ブロドヴィッチとかと、同じ手法をしていたんです。写真素材は全部引き伸ばして、文字もダミーで張る。できるだけリアリティのある状態でデザインするわけです。

――当然といえば当然ですが、クラシックな手法ですね。

白石●当時の『Esquire』本国版はスタイルの違う雑誌になっていましたが、日本版は50?60年代のイメージで作っていましたから。木村さんの事務所に入って一番衝撃だったのも、1933年の創刊から『Esquire』のバックナンバーがほぼ全部揃っていたこと。木村さんは、そういう中のページをバッと開いて「このタイポグラフィの感じがいい」と指示するんです。で、書体集からコピーして、ペーパーセメントで張りながらタイポを組んでいく。組んだものを木村さんに見せると「ちょっと違う。もっと字間が空いたほうが気分なんだ」とか……そんなことばかりやってましたよ。

――まさに職人ですね。

白石●だって、それ以外に方法がなかったですから。Macなんてなかったし(笑)。

――木村さんのもとには、どのぐらい在籍していたのですか?

白石●7年間ですね。忙しかったので、暗室係と並行して「お前もレイアウトやれ」と言われて、最初はフォーマットが決まっている簡単なページをやってました。その後、徐々に『Esquire』を任されるようになったんです。一応、一人一冊が担当で、もう一人と変わりばんこに。

――その頃、媒体は『Esquire』日本版と『翼の王国』の他に?

白石●『ハイファッション』と『ミスターハイファッション』……あとはバブルだったから不動産屋の広報誌とか、基本はエディトリアルです。でも、とにかく膨大な量を速いペースでこなさないとならない。ここで基本が身につきましたね。

――それが現在の礎になった、と?

白石●あれだけやれば、誰でも身につきますよ。


『Esquire』日本版(January 1993 Vol.7 No.1/ユー・ピー・ユー)

アシスタント時代の「思い出深い仕事」と語る『Esquire』日本版の記事、山田宏一氏による総監修特集「フランス映画の手帳」より。文庫本のようなレイアウトで、見開きに8ページ分を収めた。いわく「小さい字でもこうすれば読める、実験的なデザイン」である(January 1993 Vol.7 No.1/ユー・ピー・ユー)
次週、第3話は「DTPでもアナログ感覚」についてうかがいます。

(取材・文:増渕俊之 写真:谷本 夏)



[プロフィール]

しらいし・りょういち●1963年東京都生まれ。武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科を卒業後、木村裕治氏に師事。1994年に独立、白石デザイン・オフィスを設立する。以降、雑誌『SWITCH』『avant』『monthly M』などのエディトリアル・デザインを中心に活動。現在、雑誌『PLAYBOY』『OCEANS』『母の友』、フリーペーパー『ジェイヌード』などのアート・ディレクションの他、書籍装幀を手がけている。

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