第3話 作家デビュー、そして貧乏 | デザインってオモシロイ -MdN Design Interactive-
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様々なジャンルで活躍するデザイナーの来歴をたどるシリーズ。今回はグラフィックデザイナーの仕事と並行しながら、文筆家としても多数の著作を発表している素樹文生さんを取材し、今日までの紆余曲折な足跡をたどります


第3話 作家デビュー、そして貧乏



素樹文生さん

素樹文生さん


本を出せたらハッピーエンドか?




──仕事を辞めて、どこへ旅に出たのですか?

素樹●まずオートバイで1年半、日本全国を巡りました。その後、半年アルバイトして金を貯めて、中国からインドまでぶらぶらと。結局、2年半ぐらいか……ちょうど30歳の誕生日をベトナムで迎えたんですよ。

──帰国後は?

素樹●どうしようかと思いつつ、とりあえず旅行記を書き始めて。貯金は尽きたけど、アジアを旅していたから金がないのは苦じゃなかった。むしろ時間貸しの駐車料金で1000円払ったときは、めまいしちゃったぐらい。当時のレートで「10ドル!?」って。旅の間は1ドルあればホクホクだったから。

──それにしても生活費は必要でしょ?

素樹●水を飲んで生きてはいけたんだけど、やはり社会の荒波は厳しいね(笑)。手に職があるデザイナーに戻ろうと思って、また朝日新聞の求人広告で探したんです。そうしたら東北新社でADを募集してて。旅に出る前の作品を持って面接を受けたら、プレゼンがすごくうまく聞こえたらしくて「プロデューサーにならないか?」と言われたの。

──何のプロデューサー?

素樹●企業の販促物。アイデアを出すよりも営業的な職ですね。前の会社で自動車メーカーの仕事をよくやっていたから、そういう経験も求められたみたい。で、東北新社なんだけど博報堂に出向して、PD(プロモーションデザイン)局というところに配属されたんです。そこの売り上げがすごかった。ひとつの車をモデルチェンジすると、億単位でお金が動く世界。そこの仕切りを全部やって。

──と同時に、旅行記の執筆も続けて?

素樹●すごく忙しかったけど、その合間に書いてました。どうせ寝ないなら、もう寝ずに書いてやろうって。で、1年後に書き上げて出版社に郵送したら、3日後に出版が決まったんです。

──それが処女作『上海の西、デリーの東』ですね。

素樹●そう。で、もう会社にいる必要ないじゃんと思って辞めちゃった。甘い考えだったけどね……。本が出たら、世の中みんなハッピーエンドだと思っているんです。よく映画のラストで「本が出たぜ、パーティーだ!」とかいうシーンがあるじゃない。そんなわけないんですよ。そこからが本当の地獄なのに(笑)。

──でも、幸せなところもあるでしょ?

素樹●まぁね。出したら出したで、結構ドドドと売れてくれたし。


『上海の西、デリーの東』単行本
『上海の西、デリーの東』文庫:モトギさんの処女作『上海の西、デリーの東』
(新潮社/1995年刊行)
小林紀晴『アジアン・ジャパニーズ』と並び、
バックパッカー新世代のバイブルとして高評価を得た。
『地球の歩き方』のように小口がオレンジで彩られ、
自身が撮った情緒ある風景写真も随所に配置された。
右:現在刊行中の文庫版(新潮文庫/700円)


生みの苦しみ、お金も尽きて……



──『上海の西、デリーの東』は、凝った造本が目につきました。

素樹●装幀は最初、自分でやりたいと思ったんです。でも、やっぱり書籍は初めての世界だったし、新潮社装幀室のボス(高橋千裕氏)が「自分でやる」って言うから、それはお願いしたほうがいいだろうと。ただ「どういうのがいい?」と聞かれたので、自分のアイデアは結構反映されたと思います。写真のセレクトも任せてくれたし、本文も僕が好きな書体を使ってくれたし。

──うるさい奴と(笑)。

素樹●思われただろうね(笑)。でも、僕がデザイナーだと知っているし。もちろん、高橋さんのアイデアも入って、うまくマッチした。ほんと、装幀は好評でしたね。

──その後は?

素樹●『上海の西、デリーの東』が大宅壮一ノンフィクション賞にノミネートされたりしたので、すぐ「次を書け」という話になったんです。でも、なかなか書けなくて1年ぐらい経ってしまった。周りからプレッシャーもあって……どうしようかと思って、アジアの前のオートバイ旅行記を書いたら、それも結構売れて。

──2作目の『旅々オートバイ』ですね。

素樹●直後に、自分で装幀を手がけた『クミコハウス』も発表しました。2作目を書くのがすごく大変だったから「3作目も大変だ……」と覚悟していたんですよ。で、一回書き終えてホッとしちゃうと書けないと思って、2作目の編集作業中、気分が高揚してる間に『上海の西、デリーの東』で書いてなかったエピソードやボツにした案をまとめて。写真もたくさん撮ってあったから、まとめて出しちゃおうと。

──その間、勤めはまったくなく?

素樹●いや、さすがにもう生活がヤバくなって(笑)同文書院という出版社で働き始めました。自分の本を出すようになって、装幀やエディトリアルに興味を持ったんですね。そこで、ちょうど社内デザイナーを募集していたので受けたら、そこもするっと受かって。

──やはり求人広告で?

素樹●そう、また朝日新聞(笑)。いいタイミングであるんですよ。ほんと、朝日新聞には救われた。いまも求人広告を見ると、どういう会社かわかるぐらい(笑)。


『旅々オートバイ』
『クミコハウス』
左:2作目『旅々オートバイ』(新潮社/1999年刊行)
カバー写真は佐内正史による撮り下ろし。
文庫版では片岡義男が解説を寄せている。
右:3作目『クミコハウス』(求龍堂/1999年刊行)
ブックデザインも手がけた写真散文集。
詳しくはコチラの自著解説をご覧ください



次週、第4話は「出版界を漂う日々」を掲載します。

(取材・文:増渕俊之 写真:FuGee)

素樹文生さん

[プロフィール]

もとぎ・ふみお●1964年、ニューヨーク生まれ。制作プロダクション〜広告代理店勤務を経て、アジア放浪の旅へ。95年、その体験を綴った『上海の西、デリーの東』で作家デビュー。その後も紀行文、エッセイ、小説など、文筆家として著書を発表するとともに、グラフィックデザイナーとしての仕事も継続している。現在、有限会社Headroomに在籍。また近年、ゴルフの世界にのめり込み、雑誌連載とブログで活躍中




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