第4話 出版界を漂う日々 | デザインってオモシロイ -MdN Design Interactive-
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様々なジャンルで活躍するデザイナーの来歴をたどるシリーズ。今回はグラフィックデザイナーの仕事と並行しながら、文筆家としても多数の著作を発表している素樹文生さんを取材し、今日までの紆余曲折な足跡をたどります


第4話 出版界を漂う日々



素樹文生さん

装幀を手がけた片岡義男『海を呼びもどす』を手にする素樹文生さん


DTPに移行、装幀にまみれる




──出版社の社内デザイナーというと、装幀室みたいなところで?

素樹●そう。僕を含めて2人いて、外注をしないで全部社内でデザインしてたんです。だからその当時、ものすごい数の本を作りましたね。

──ちょうど出版不況も始まって、中で作るほうが安いから……

素樹●オマケに会社も自転車操業だったから、どんどん出していかないとヤバかったんですよ。月に10冊以上刊行して、一人6冊ぐらい作っていたかな? しかも、カバーと中面も同時に手がけて。

──さすがに、もうDTPですよね?

素樹●うん。その出版社に入って、先輩にMacをイチから教わった。前の代理店時代も一応導入されていたんだけど、まだ全然使い物になる時代じゃなくて。でも、旅から帰ってきたら、どこもDTP一色になってて驚きました。

──浦島太郎状態ですね。

素樹●改札機は全部自動になっててアタフタして通れないし(笑)。あと日本のビールのパッケージが全部変わってたり、ヘアヌードも解禁でビックリした。

──でも、そういう切羽詰まった現場で仕事すると、DTPもすぐ憶えたのでは?

素樹●すごく早く憶えました。同時に自分のHPを作って日記アップしたり、執筆原稿もQuarkXPressに流し込んで文字面を確かめたり。以来、重宝してますよ。

──同時に、編集っぽい仕事もしてましたよね?

素樹●社員数20人ほどの規模の小さな会社だったし、僕が本を書いていることも知っていたから、文芸っぽいものは「まかせてみるか」と。そのとき自分でアイデア出して、憧れだった片岡義男さんの本を出せたんですよ。実際にお会いしてイメージを聞いて、仕上がりも気に入っていただいて。あれは嬉しかったな。

──その会社は何年在籍を?

素樹●3年ぐらいかな……倒産しちゃったんです。入ったときに、すでにもう傾きかけていたから(笑)。で、まだ本を書きたかったし、書いてくれって依頼もあったから、必然的に文筆でやってみようと決めて。その頃がまた、かなり貧乏でしたねぇ。


片岡義男『ラハイナまで来た理由』
AKIRA『COTTON 100%』出版社内デザイナー時代に手がけた装幀本より
左:片岡義男『ラハイナまで来た理由』(同文書院)
印刷所と考案した疑似フランス装の薄いハードカバーで、
刊行後、他社からの問い合わせが何本もあった。
往年のファンにとって馴染みの深い「赤背」です。
右:AKIRA『COTTON 100%』(同文書院)
企画から携わった、友人作家の壮絶な路上文学。
氏の「異才」を世に送り出した編集手腕も光る一冊だ


これが最後の本になるかも?



──デザイナーに戻ろうとは思わなかったのですか?

素樹●フリーで装幀の仕事はやってました。お金にはならないんだけど、面白いですからね。文章書いているだけだと煮詰まるし、手を動かす仕事もたまにしよう……と。で、知り合いだった角田光代さんの本や、自分の本も自分でデザインして。

──DTP様々ですね。

素樹●そう。DTPまでやる作家、そうはいないだろうと。あと、Webコンテンツも手がけたり、編集的な仕事で細々と生活してたんだけど……どうにも小説の才能がなくて低迷しちゃって(笑)。

──でも、2006年に発表した私小説『イケナイ宝箱〜ようこそ鬱の世界へ』は結構売れたのでは?

素樹●いやいや。初動は順調だったけど……タイトルがよくなかったね。結局、ヒネリのあることを書いちゃダメなんですよ。ビジネス的な視点がまるでなくて、わかりづらかった。あと「手に取るのが怖い」という意見が多くて(笑)。

──そうか……赤裸々で面白かったのに。

素樹●そういうふうに言ってくれる読者もいましたけど、やっぱり“鬱”ってディープな世界だから……。あと、出版界って斜陽産業だってことがよーくわかって。

──その頃のインタビューで「これが最後の本になるかも」と言ってましたよね?

素樹●あの本を書き上げた直後、ちょうど子供が生まれたんです。結構、精神的にも金銭的にもヤバかったし……養う家族ができると「文筆一本」なんて言ってられないものなんですよ。で、金にならないことはやらないって決めて。もう人が変わった(笑)。


角田光代『恋愛旅人』
角田光代『東京ゲスト・ハウス』フリーの装幀家として手がけた作品より
左:角田光代『恋愛旅人』(求龍堂)
直木賞(を受賞する以前の)作家による紀行エッセイ集。
帯コピー「地図の読めない女ですから」も担当。
右:角田光代『東京ゲスト・ハウス』(河出書房新社)
同じく角田氏の青春小説。
カバー写真は小林紀晴氏の撮り下ろし。
よーく見ると、アノ人もコノ人も……


次週、第5話は「そして現在……」を掲載します。

(取材・文:増渕俊之 写真:FuGee)

素樹文生さん

[プロフィール]

もとぎ・ふみお●1964年、ニューヨーク生まれ。制作プロダクション〜広告代理店勤務を経て、アジア放浪の旅へ。95年、その体験を綴った『上海の西、デリーの東』で作家デビュー。その後も紀行文、エッセイ、小説など、文筆家として著書を発表するとともに、グラフィックデザイナーとしての仕事も継続している。現在、有限会社Headroomに在籍。また近年、ゴルフの世界にのめり込み、雑誌連載とブログで活躍中




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