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インドを代表するデザインオフィスに訊く(3)~熱烈なラブコールでシンガポールに進出~エレファントデザイン編

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インドを代表するデザインオフィスに訊く(3)
~熱烈なラブコールでシンガポールに進出~
「エレファントデザイン」編
2020年1月10日
TEXT:大谷和利(テクノロジーライター、AssistOnアドバイザー)

熱烈なラブコールでシンガポールに進出

私たちの本社はインドの都市・プネにあり、ムンバイやバンガロール、デリーなどに移転しようとは思いません。大都市では、生活が二の次になってしまうからです。プネは、仕事と生活を両立できる場所といえます。

一方で、私たちはシンガポールにもオフィスを開きました。これは、2003年にインド工業連盟(CII)が同国で開催した展示会がきっかけでした。CIIは、インドのデザイン改革の成果を披露したかったのです。

それで私たちも出展したのですが、ブースにシンガポールの首相がやってきて、直々に「我が国に進出してはどうか?」というではありませんか。もちろん冗談だろうと思って、軽い気持ちで「イエス」と答えておきました。ところが、シンガポールには官僚主義の弊害がないのか、その直後からたびたび催促の連絡が来るようになりました。

けれども、シンガポールのビジネス環境など何も知らなかったのでそのままにしておいたところ、2009年ごろに、直接シンガポール政府の使者がやって来て、エレファントデザインを誘致するのためのプレゼンテーションを始めたのです。

それでも、「どこからスタートすればよいかわからない」と躊躇していると「準備はすべてシンガポール側で整えるので、ただ来てくれればいい」と説得されました。そこで、とりあえず現地に赴くと、経済開発庁の中にデスクが用意されていて、動き回るための自動車やシンガポールの産業界に通じたエグゼクティブクラスのスタッフも提供してくれたのです。

その後の3日間で14もの企業を回り、私たちが提供できるサービスに対してフィードバックを集めることができました。反応はポジティブなものでしたが、何より驚いたのは、シンガポールのスピード感です。もし、このスピード感が求められるなら、逆に、私たちだけでビジネスをするのは難しいと感じました。

そこで、かつてのクライアントでシンガポールに進出した企業の友人たちに相談し、彼らがエレファントデザインの代理人やパートナーとして、一緒にオフィスを立ち上げることになったのです。そこにはスタッフが3人しかいませんが、私たちのシンガポールにおける窓口として機能しています。

また、インドとは違って、シンガポールではすでに多くのデザイナーがいましたので、エレファントデザインとしては戦略的なコンサルティングに特化することにしました。また、大企業は国際的なデザインファームのコンサルテーションを求める傾向にあり、私たちがその中に入るのは難しいため、対象を中規模の企業に絞りました。

こでもシンガポール政府は協力的で、そうした企業のリーダーを集めて、私たちが戦略的デザインの策定やその実現に向けたロードマップの作成を行えるようにしてくれたのです。

デザインアプローチのコンサルティングが終わると、後の実作業は個々の企業に任せましたが、いくつかの案件はインドに持ち帰り、デザイン自体も私たちが担当しました。

エレファントデザインにとって意味があったのは、シンガポールに進出したことで、2つのカルチャーを学ぶことができるようになった点です。こうした学びが、私たちをさらに成長させてくれました。

画期的な医療機器のデザインや歴史的建造物のリフォームを担当

その最新の成果が、シンガポールとインドの両国に拠点を持つ「シンフニー」と共同開発した脳卒中患者のリハビリテーションデバイスです。
私の祖母も脳卒中になりましたが、回復しても麻痺が残り、年齢や部位によっても違ってきます。一般的な治療法は投薬や理学療法ですが、どちらも限界があり、回復に時間がかかるとプラトーと呼ばれる停滞状態が訪れ、身体機能の一部が失われたままになるのです。そうすると、患者は精神的に追い込まれてしまいます。

シンフニーのデバイスがユニークなのは、脳からの信号と筋肉からの信号を捉えて、両者を関連づけてくれる点です。脳は、部分的にダメージを受けて機能を失っても、他の部分で補おうとする力を持っています。それをプログラムする能力は私たちにはありませんが、脳が再プログラムするのを助けることは可能です。このデバイスは、脳卒中患者が、新たな脳の部位で発生する信号と、動かそうとする筋肉の信号をゲーム感覚で結び付けられるようにして、機能の回復を早めることに成功しました。

通常、脳卒中のリハビリは、5、6ヶ月から1年ほどかかります。シンフニーのデバイスでは、15~20日間で機能性の回復が見られ、2、3ヶ月にうちに日常的な作業が行えるようになります。プラトー状態でペンすら持てなかった患者が、短期間のうちに改めてペンを握ってサインできるようになるのですから、これはリハビリの革命といってよいでしょう。5、6年もプラトー状態だった高齢者でも機能回復した例があります。

私たちがこのデバイスのプロトタイプを初めて見たときには、ワイヤーだらけで、装着するのに20分もかかっていました。そして、電極などが付いたそれを着け始めると、患者は電気ショックでも受けるのではないかと怯えるありさまで、効果があっても、自分で使いたいとは思えない代物だったのです。

私たちは、これを帽子のように被るユニットと腕にはめるユニットの2つに集約し、3、4分もあれば装着できるようにしました。そして、フィードバック用のゲームでは好きなキャラクターが選べるようにして、患者が積極的にリハビリに取り組むためのモチベーションを高めています。

私たちは、また、アドニスホテル(現ヌーブ・シンガポール)というブティックホテルのデザインも手掛けました。歴史的な建造物を利用するプロジェクトで、ストーリー性のある建物を、いかに興味深いスペースへと変換するかがポイントでした。

そこで、その地域を訪れる人たちについてリサーチを行い、旅行者の内訳やビジネス出張で来る人たちの割合などを調べてみました。それらの人々から得たインスピレーションを元に、写真家、芸術家、探検家のようなテーマを設定し、ホテルのユーザー体験をデザインしていったのです。
このようにして、私たちはシンガポールでもパッケージから空間や体験、テクノロジー製品まで、様々なデザインを手がけるようになりました。

[筆者プロフィール]
大谷 和利(おおたに かずとし) ●テクノロジーライター、AssistOnアドバイザー
アップル製品を中心とするデジタル製品、デザイン、自転車などの分野で執筆活動を続ける。近著に『iPodをつくった男 スティーブ・ ジョブズの現場介入型ビジネス』『iPhoneをつくった会社 ケータイ業界を揺るがすアップル社の企業文化』(以上、アスキー新書)、 『Macintosh名機図鑑』(エイ出版社)、『成功する会社はなぜ「写真」を大事にするのか』(講談社現代ビジネス刊)、『インテル中興の祖 アンディ・グローブの世界』(共著、同文館出版)。
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