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インドを代表するデザインオフィスに訊く(6)~インドの社会問題とエレファントデザインの貢献~エレファントデザイン編

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インドを代表するデザインオフィスに訊く(6)
~インドの社会問題とエレファントデザインの貢献~
「エレファントデザイン」編
2020年1月16日
TEXT:大谷和利(テクノロジーライター、AssistOnアドバイザー)
インドの社会問題とエレファントデザインの貢献
インドには、まだ様々な社会問題が存在しています。水の問題もその1つです。プネは幸運にも、湖や川に恵まれ、ダムも作られていて、良質な水が供給されています。しかし、ひとたび街から出ると事情が一変し、安全な水は不足している状態です。

多くの場所が似た状況にあり、人々は不衛生な水が原因の病気に悩まされているため、水利事業はインドの一大産業になっています。多くの川があっても飲料には適さず、水質改善や浄化が求められているわけです。

また、電力不足の問題も深刻です。必要とされる量の55%しか供給できていません。太陽や川があっても、それらが活用されていないわけです。州によっては、他の州やブータン、ネパールなどから電気を買ったりもしていますが、デリーですら毎日2時間から4時間の計画停電があります。地方ではこれが逆転し、電気が使えるのが4時間とか8時間に限られているのです。

この問題は、生活やビジネスのすべてに影響しています。政府は、白熱電球を無料もしくはわずかな費用でLED電球に交換するキャンペーンを行なっているほどです。 

快適な室温を保つためのエアコンも、価格が高くて手が出ないという人たちが大勢います。お金があって製品は買えても、今度は電力不足で利用できないこともあるわけです。それで、気化熱とファンを利用したエアクーラーが様々なところで使われるようになりました。エアクーラーは、エアコンの1/20の電力しか消費しません。私たちも、この分野で様々な製品をデザインしています。

教育環境も改善の余地があります。学校自体が足りておらず、子供たちが床に座って授業を受けているところもあります。机や椅子がなく、教師も足りていません。こうした子供たちは、どうすれば、近代的な教育を受けることができるのでしょうか?

エレファントデザインは、センサー類をブロック化して組み合わせられる教育用製品をデザインしました。ペーパークラフトや既存のオモチャ、ドールハウスなどに組み込むこともでき、電子工作やプログラミングの知識がなくても、エレクトロニクスやIoTの基礎を学べるというものです。
こうした製品を利用して、学校では、モノづくりと遊びを融合した教育を行うようになってきました。

医療も問題です。人口に対して病院が不足しています。これに対する私たちの貢献は、1台で50種類のメディカルテストを行える小さなデバイスのデザインを担当したことです。地方の村では、病院で検査を受けるにも、何十キロも離れた町まで行き、何時間も順番待ちをし、結果が出るのは数日後だったりします。

しかし、各村で衛生管理や児童保育やワクチンの予防接種などを行う医療アシスタントがこのデバイスを使えば、その場でメディカルテストを行なって結果を医師に転送し、治療の必要性の判断などを行えるわけです。

さらに、子供の栄養不足も各地で起こっています。それらの子供たちに滋養豊富な食品を届けるために、私たちはクッキーの製造会社と協力して、1個で1日分の栄養摂取量が満たせる製品を開発しました。これも、よりよいインドを作るための貢献です。

そういうわけで、インドには様々な問題がありますが、それらをデザインの力で解決しようとしています。

30年前には、そもそもデザインという概念が一般には知られておらず、職業としても確立していませんでした。しかし、今では産業界でも一般消費者の間でも、普通に受け入れられるようになりました。

しかし、公共サービスの領域では、まだデザインによる解決というやり方が浸透していないと感じます。これは30年前と変わりません。人々のライフスタイルがデザインによって劇的に変化したにもかかわらず、公共サービスがそうなっていないことには、大きなギャップがあります。

その意味で、政策決定者たちにデザインの価値をもっと認識してもらうための努力が、私たちには必要です。一方で、デジタルテクノロジーの面では他国との差はわずかでしょう。製造業は、まだ弱いところがあり、世界の多くの企業もそうであるように、中国に頼っる部分が大きいといえます。
プネ・デザイン・フェスティバルの意義と日本への期待
私たちが毎年開催しているPDFことプネ・デザイン・フェスティバルは、若いデザイナーたちに、インド国内のデザインによる問題解決の事例を知り、それぞれの地域の身近な問題に目を向けてもらうきっかけとしてもらうイベントです。私も含めて、インドの各地からデザイン関係者が手弁当で講師として集まり、自らの知識や経験を共有しています。

ただし、デザインには2つの側面があり、発想やコンセプトも重要ですが、最終的には、それを具体化する能力が必要となります。日本は製品の質や完璧さにこだわり、デザインした通りのものを製造することに長けていますが、この点でインドは遠く及びません。

その観点から、品質や洗練にこだわるレクサスが私たちと共にこの地でデザイン・アワードの結果発表を行っていることには、大きな意味があります。レクサスから学べることは多く、インスピレーションに満ちているからです。

AIやロボティクスの発達によってデザイナーという職業はなくなるという人もいますが、インドでは少なくとも向こう20年は解決すべき問題だらけで、デザイナーの仕事はなくならないでしょう。

インドには日本で学びたいというデザイナーもいて、それはとても良いことだと思います。日本の文化を研究すれば、吸収すべきことがたくさんあるはずです。逆に、日本からもデザイナーだけでなく企業の経営者の皆さんにインドの今を体験しに来て欲しいと願っています。そうすれば、デザインの力で社会問題を解決するためのコラボレーションが、これまで以上に進むはずですから。

取材コーディネート:ムーンリンク株式会社

[筆者プロフィール]
大谷 和利(おおたに かずとし) ●テクノロジーライター、AssistOnアドバイザー
アップル製品を中心とするデジタル製品、デザイン、自転車などの分野で執筆活動を続ける。近著に『iPodをつくった男 スティーブ・ ジョブズの現場介入型ビジネス』『iPhoneをつくった会社 ケータイ業界を揺るがすアップル社の企業文化』(以上、アスキー新書)、 『Macintosh名機図鑑』(エイ出版社)、『成功する会社はなぜ「写真」を大事にするのか』(講談社現代ビジネス刊)、『インテル中興の祖 アンディ・グローブの世界』(共著、同文館出版)。
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