映画の中の名画 第4回『ブレードランナー2049』1 | デザインってオモシロイ -MdN Design Interactive-
映画の中の名画
【第4回】『ブレードランナー2049』——フランドル絵画の名作と煮え立つ鍋の秘密

2020.7.30 WED [文]平松洋
© 2017 Alcon Entertainment, LLC. All Rights Reserved.

© 2017 Alcon Entertainment, LLC. All Rights Reserved.

プロローグ——映画評論家は分かってくれない!?



名画は、名画を映し出します。「映画」も「絵画」も、ともに「名画」と呼ばれてきました。実は、その映画(=名画)の中で、西洋絵画(=名画)が登場することが意外に多いのです。画家の人生や美術館が舞台となっている映画はもちろんですが、そうでなくても、さりげなく絵画が飾られていたり、絵とそっくりの場面が登場したりします。

名監督になればなるほど、単なる背景美術としてではなく、その映画の意図を伝えるべく、何らかのメッセージを込めて名画を登場させていたのです。しかし、映画評論の多くは、監督や俳優、脚本や映像、ロケーションや音楽については詳しく評論しても、絵画については、あまり語られていませんでした。

そこで、西洋絵画(名画)によって、逆に映画(名画)に光をあて、真の意味を解き明かそうというのが、この企画なのです。もちろん、絵画によって解き明かす過程で、ストーリーや結末を話すことになるので、ネタバレ注意でお願いします。できれば、映画を見てから読んでいただければ、目から鱗となるはずです。

平松洋[美術評論家/フリーキュレーター]
<span style="font-size: 10pt;" ><span style="color: #808080;">SF映画の金字塔『ブレードランナー』の待望の続編『ブレードランナー2049』。LA市警のブレードランナー「K」は、ある事件の捜査中に、 レプリカント開発に力を注ぐウォレス社の巨大な陰謀を知ると共に、 その闇を暴く鍵となる男にたどり着くが……。</span></span>

SF映画の金字塔『ブレードランナー』の待望の続編『ブレードランナー2049』。LA市警のブレードランナー「K」は、ある事件の捜査中に、 レプリカント開発に力を注ぐウォレス社の巨大な陰謀を知ると共に、 その闇を暴く鍵となる男にたどり着くが……。

『ブレードランナー2049
劇場公開:2017年/出演:ライアン・ゴズリング、ハリソン・フォード、アナ・デ・アルマスほか/監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ/原案:ハンプトン・ファンチャー/脚本:ハンプトン・ファンチャーandマイケル・グリーン/音楽:ハンス・ジマー
・Blu-ray:2,381円+税

・DVD:1,886円+税
・4K ULTRA HD & ブルーレイセット:6,800円+税
・販売/発売:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント

“レプリカントの
「同胞殺し」を表現するため
絵画をモチーフにしていた
"

本連載では、これまで3回連続で『ブレードランナー』に引用されている西洋絵画を見てきましたが、今回は、いよいよ、その続編の『ブレードランナー2049』を取り上げます。前作の公開から35年の時を経て待望の続編が公開されたのは今から3年前の2017年秋でした。前作の監督リドリー・スコットが製作総指揮に回り、『メッセージ』や今年公開予定で期待を集める『デューン』で知られるドゥニ・ヴィルヌーヴが監督を務めました。

映画自体の評価はさまざまですが、前作を強く意識し、多くの場面で前作に対するオマージュが捧げられていることは誰の目にも明らかです。ということは、この映画においても前作同様、西洋絵画へのオマージュも込められていたはずです。

では、この映画のどこに絵画を強くイメージした場面が登場するというのでしょうか。その手掛かりとなるのも、まさにこの映画の“前作への強いこだわり”なのです。つまり、もし絵画のオマージュを登場させるとするなら、やはり前作を意識し、前作で絵画にオマージュが捧げられた場面と対応するシーンに登場させていると予測できます。

前作をオマージュした冒頭シーン

前回の謎解きで明らかにしたことですが、『ブレードランナー』の中で、絵画とそっくりな場面を登場させていたのはどこでしょうか。それが、レプリカント*のロイとデッカードとの最後の闘争の場面で、デッカードを追い詰めたロイが、壁を突き破り、顔を出すシーンでした。ここには、SF映画監督の嚆矢(こうし)ともいえるメリエスが描いた絵画『男の肖像』をモチーフとしていたというのが前回の筆者の謎解きでした。この推理が正しければ、『ブレードランナー2049』でもこのシーンに対応した場面に絵画のオマージュを登場させたくなるはずです。

*レプリカント……ブレードランナーに登場する人造人間(=アンドロイド)のこと

そういえば『ブレードランナー2049』にも壁を突き破る場面が登場しなかったでしょうか。それが、冒頭にでてくる逃亡レプリカントのサッパー・モートンを、主人公でブレードランナー*の「K」が「解任」する場面です。「解任」とは物は言いようですが、要はレプリカントを廃棄処分すること、つまり「抹殺」することに他なりません。かつて人類に反抗し、テロを企てたネクサス8型レプリカントに対して、廃棄処分が決定します。モートンのように逃亡し、生き延びた者も、おたずね者としてブレードランナーによって抹殺される運命にあったのです。

*ブレードランナー……レプリカントを取り締まる捜査官、賞金稼ぎのこと

この設定は一見すると前作と同じようですが、決定的に違うのは、前作のブレードランナーがデッカードをはじめ全員、人間だったことです(異説あり)。一方、本作ではブレードランナーにも人類に従順なネクサス9型が投入されていて、主人公の「K」自身、人間ではなくネクサス9型レプリカントだったのです。

実は映画の冒頭に登場する、傍らで煮えたつ鍋が印象的なこのバトルシーンは元々、脚本家のハンプトン・ファンチャーが書いた前作のシナリオにあったもので、絵コンテまで作られて撮影されなかったシーンなのです。まさに、前作『ブレードランナー』へのオマージュとして描かれたシーンなのですが、本作で戦っているのは、レプリカント同士で、つまり、同類同士の殺し合いに改変されていたのです。

壁を突き破ったモートンと「K」の二人は、床に倒れ込み、首根っこを押さえながら殴り合います。前作とのアナロジーを徹底するなら、この壁を突き破った直後に、絵画へのオマージュが登場しなければなりません。実際、この直後の場面を見て、すぐにも思い浮かぶ絵画があるのです。それが『カインとアベル』の絵画です。

旧約聖書『創世記』第4章に登場するアダムとイヴの息子たちで、兄のカインは弟のアベルを殺してしまい、人類最初の殺人を犯したとされています。この主題が中世以来、レリーフや絵画に数多く描かれてきました。たとえば、フランドルの画家フランス・フロリスが描いた絵を見てください。[*1]

[1]
フランス・フロリス 『カインとアベル』
1531~70年頃/板に油絵/コペンハーゲン国立美術館

映画と同じく、馬乗りになり、まさに右手をあげて今にも一撃を食らわせようとしています。これは、モートンと「K」の戦いの場面そっくりです。この戦いの直後、床から起き上がろうとしたモートンが「K」に語り掛けます。「どんな気分だ。同胞を殺すのは?」と。このセリフは決定的です。つまり、製作者は、レプリカントの「同胞殺し」を、登場人物の言葉を通じて表明するだけでなく、その直前に、映像によっても表現するために、人間の「同胞殺し」である「カインとアベル」の絵画をモチーフに再現していたのです。

そうなると、殺されるモートンが、絵では下に押さえつけられる弟アベルで、モートンを殺す「K」が、馬乗りになって武器を振り上げている兄カインなのでしょうか。そういえば、ライアン・ゴズリングが演じている「K」の顔は、この絵のカインにもアベルにもこころなしか似ているようにも見えます。これを検討する前に、そもそも西洋絵画において『カインとアベル』がいかに描かれてきたのかを見てみましょう。


twitter facebook このエントリーをはてなブックマークに追加 RSS

こんな記事も読まれています

この連載のすべての記事

アクセスランキング

8.3-8.9

MdN BOOKS|デザインの本

Pick upコンテンツ

現在