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名画の読解力 教養のある人は西洋美術のどこを楽しんでいるのか!?

2020.03.16 Mon

[名画の読解力]受難からの復活という奇跡の物語

本書で取り上げるのは、「物語を紡ぐ絵画」です。つまり、作品の背後に語られる物語があり、描かれた人物やモティーフに意味が託され、メッセージが込められている。わたしたちはそこに紡がれる物語を読み解いていくことを求められています。こうした絵画の見方を習得するのは少々やっかいで、時間のかかるものかもしれません。けれども、ひとたび、読み方を習得するならば、絵画作品はもっと深くわたしたちに語りかけ、知的な喜びと興奮を与えてくれます。

最後の晩餐

ある過越祭の晩餐の席(これがかの有名な最後の晩餐です)で、イエスは裏切り者の存在を明言しました。『ヨハネによる福音書』では「あなたがたのうちの一人がわたしを裏切ろうとしている」とイエスが話し始めた様子を綴っています。使徒たちはお互いの顔を見合わせたり、イエスに問いただしたりします。そこでイエスが「わたしがパン切れを浸して与えるのが、その人だ」といい、イスカリオテのユダに与えたとあります。

マルコ、ルカの福音書では、裏切り者がイスカリオテのユダとは明らかにされていませんが、『マルコによる福音書』では「生まれなかった方がその者のためにもよかった」とまでいっています。このように最後の晩餐のやりとりは各福音書によって異なります。

その後イエスはパンを手に取り「これはわたしの体である」といい、ブドウ酒の入った杯を取って、「これは、多くの人のために流されるわたしの血、契約の血である」といいました。ですから、最後の晩餐を描いた作品の多くは、食卓に杯とパンが描かれています。 

ミケランジェロの師匠としても有名なドメニコ・ギルランダイオは最後の晩餐を主題に3点描いていますが、本書で紹介するのは、サン・マルコ教会の《最後の晩餐》(図1)です。

図1◆ドメニコ・ギルランダイオ《最後の晩餐》 15世紀後期[サン・マルコ美術館]
図1◆ドメニコ・ギルランダイオ《最後の晩餐》
15世紀後期[サン・マルコ美術館]

パンや杯以外にも、サクランボが卓上に並べられています。サクランボはその赤い色から血を連想させ、イエスが生まれながらにして定められていた受難を暗示させます。ですから、最後の晩餐に登場するサクランボは聖餐を象徴しているのです。

画面左の壁には孔雀が止まっています。孔雀は死後も肉が腐らないと信じられてきたため、キリスト教では孔雀を不死とイエスの復活の象徴とみなしました。ですから、最後の晩餐に孔雀を描き込むことでイエスの復活を暗示させたのです。

ユダが目立つ横一列の構図にしたのは、イエスと同じ皿に手を置くかたちになることから、ユダを手前側に座らせたためです。また、裏切り者であるユダとイエスとを同じ側に描くのを避けたとみることもできます。当時はこの構図が一般的でしたが、中世初期は円卓のように描かれていました。しかし、そうすると、半分の人が背中を向けることになってしまうので、このように横一列に構図が変化したのです。ただ、ユダが前列にくるギルランダイオの構図はイエスよりもユダが目立ってしまうという難点がありました。

そうしたモヤモヤを解消したのがレオナルドの《最後の晩餐》(図2)です。おそらく「最後の晩餐」を主題にした絵画の中で一番有名な作品でしょう。ギルランダイオの作品を始め、これまで描かれていたニンブス(光輪)は消え、ユダはイエスと同じ列に並んでいます(イエスの左、3人目)。

ただし、裏切り者であることを明示するために、イエスを売って儲けた銀貨30枚が入った袋を手にしています。銀貨ならびに財布はイスカリオテのユダのアトリビュートです。ちなみに、ペルジーノの《聖ペテロの天国の鍵の授与》でも、財布に片手を入れたユダをすぐに見つけることができるでしょう。

図2◆レオナルド・ダ・ヴィンチ《最後の晩餐》 1495~98年[サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院]
図2◆レオナルド・ダ・ヴィンチ《最後の晩餐》
1495~98年[サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院]

レオナルドの最後の晩餐は4つのブロックに弟子を分けることができます。まず、画面左で遠巻きに眺めるバルトロマイ、小ヤコブ、アンデレです。そして、3人が重なるように描かれているペテロ、ユダ、ヨハネです。ヨハネは一見女性のようですが、十二使徒の中では一番若く、イエスに愛された弟子です。イエスの右側には、誰なのかを問いかけるトマス、大ヤコブ、ピリポがいます。そして、一番右のブロックは議論を重ねているマタイ、タダイ、シモンです。

弟子それぞれの表情や動作に臨場感があり、窓から差し込む光によってイエスの聖性も高められています。「スフマート」というぼかしの技術や、空気遠近法など、当時革新的だった技法により描かれた本作は、サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院(ミラノ)の食堂の壁画として描かれたもので、食べ物からの湯気などで損傷が激しく、オリジナルの絵具が剝がれてしまうなど全容解明が不可能に近いといわれています。

ユダの接吻

救世主といわれるイエスの存在はユダヤ教にとっては脅威でした。そこでユダは銀貨30枚でイエスを売ってしまうのです。これが、「最後の晩餐」でイエスが言及した裏切りです。ユダは、あらかじめ祭司長や民の長老に「わたしが接吻するのが、その人だ。捕まえて逃がさないように連れて行け」と示し合わせていました。そして、ユダはイエスに近寄り「先生」と呼びかけ、イエスに接吻したのです。それを合図に、大勢の群衆が剣や棒を手になだれ込んできました。

この緊張感あるシーンを描いたのが、ジョットの《ユダの接吻》(図3)です。ユダはユダヤ人を象徴する黄色のマントを羽織り、イエスにそっと口づけをしています。イエスはすべてを悟っていたかのような冷静な目をしています。イエスの落ち着きに反して、弟子たちの興奮はピークに達しているようです。画面左のペテロと思しき男性は短剣で兵士の耳を切り取っています。『ルカによる福音書』では、「やめなさい。もうそれでよい」と弟子を咎め、イエスは負傷した耳に手を触れ治癒したとあります。

図3◆ジョット・ディ・ボンドーネ《ユダの接吻》 1305~16年[スクロヴェーニ礼拝堂]
図3◆ジョット・ディ・ボンドーネ《ユダの接吻》
1305~16年[スクロヴェーニ礼拝堂]

ユダのその後は『マタイによる福音書』に見つけることができます。イエスを裏切ったことを後悔したユダは銀貨30枚を祭司長と長老に返して「わたしは罪のない人の血を売り渡し、罪を犯しました」と懺悔しました。ですが、彼らは「我々の知ったことではない。お前の問題だ」とつっぱねてしまうのです。取り返しのつかないことをしたユダは、銀貨を聖所に投げ込んで、首を吊って死んだといいます。 

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>>>[名画の読解力]記事一覧はこちら

 

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名画の読解力 教養のある人は西洋美術のどこを楽しんでいるのか!?

監修:田中 久美子
定価:本体1,600円+税
四六判・272ページ

 

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