佐藤詩織さんと“クリエイティブな人・コト・モノ”に出会う連載
デザインスタジオが手がける活版印刷所「PRINT + PLANT」へ。リソグラフ印刷の体験も!(前編)
欅坂46の元メンバーであり、武蔵野美術大学を卒業された佐藤詩織さんが“クリエイティブな人・コト・モノ”に出会う人気の連載企画。第4回目となる今回は、東京・都立大学に位置するカフェショップ「PRINT + PLANT」へ。こちらは、デザインスタジオが運営し、活版印刷と植物をコンセプトにしたカフェショップ。坂の途中にあるこじんまりとしたお店に足を踏み入れると、ヴィンテージで味わい深い印刷機や植物の標本、バリエーション豊かな印刷見本などが目に飛び込み、思わず心が躍ります。前編では、本ショップのオーナー兼デザイナー、猪飼俊介さんのお話しからアナログな印刷の魅力に迫ります。
後編では、佐藤さんがリソグラフを体験した様子をお届け。7月28日(金)公開予定です。
佐藤さんが思わずたじたじ!?アナログな印刷機を初体験
佐藤 わぁ、印刷所なのに植物がたくさん飾られていますね。カフェスペースもあって、好奇心がくすぐられるすてきな空間です。お店の入り口付近に3台並んでいる小型の機械はなんですか?
猪飼 これは手動の活版印刷機です。活版印刷とは「凸版(とっぱん)印刷」と呼ばれる印刷方法の一種なのですが、版の凸部にインキをつけ、圧力をかけて紙に印刷するものです。ここには、やや小型で手動の活版印刷機と、大型で全自動の活版印刷機がありますが、どちらもローラーでインキを拾って版に塗り広げ、そこに紙を“ぶつける”ことで紙に転写する仕組みになっています。
佐藤 大きいものはまるで機関車みたい。たたずまいに迫力を感じます。
猪飼 よかったらご自身で動かしてみませんか? このハンドル1本で、車のクラッチのようにギアの動きを制御しているんです。ハンドルを握り、外側に向けて強く倒してみてください。
佐藤 やってみますね。お、重い……! ぐっ……!〈どおぉん!という大きな機械音を伴って印刷機が動き出し、紙がプレスされる〉きゃあっ!!
猪飼 ごめんなさい、驚かせてしまいましたね(笑)。インクを転写する際、紙と版には何トンもの力がかかるのですが、僕も初めて触った時はハンドルの重さや機械音に驚嘆したことを覚えています。鋳物のどっしりとした重厚感や、金属のぶつかる音や振動、紙を捌くために噴射される空気に圧倒されてしますよね。
佐藤 顔に向けて風が勢いよく噴き出してきて、びっくりしました……。
猪飼 今日扱うのはその奥にあるコピー機のような機械ですから、安心してくださいね。これは理想科学工業の印刷機で、リソグラフを印刷するものなのですが、孔版印刷(こうはんいんさつ)という印刷方法です。原稿をこの機械でスキャンすると、版となるスクリーンに穴が開けられて版が作成されます。その穴にインキが通って紙に転写されるんです。
佐藤 なるほど、シルクスクリーンと同じ仕組みなんですね。活版印刷とリソグラフは、どのように使い分けているんですか?
猪飼 うちの活版印刷機では、普通の活版印刷はもちろんのこと、インキの色をランダムに出現させたたり、雄型と雌型を使って紙に凹面を表現したりとさまざまな工夫をして特殊な印刷方法を開発してきました。この活版印刷機はシンプルな構造で壊れにくいのが特徴ですから、インキに粉や液剤を混ぜたり版を工夫したりするような過酷なチャレンジにも耐えうるんです。一方のリソグラフは、活版のように亜鉛や樹脂製の版や活字などを準備する必要がなく、コピー機を使う感覚ですぐに製版できるので便利ですが、版がズレやすいなどの癖もあります。とはいえインキの発色がほかの印刷機に比べて非常に鮮やかで、特に蛍光色の発色は特別な魅力があると僕は感じています。
佐藤 なるほど、それぞれ得意とすることや表現できることが違うんですね。
デザインスタジオが運営する、活版と植物のカフェショップ
佐藤 猪飼さんは、ずっとアナログな印刷の世界に関わってこられたのですか?
猪飼 いえ、僕はグラフィックデザイナーとして、むしろデジタルな世界に身を置いていました。ただ、活版印刷にはずっと興味があって、ワークショップに参加してからはさらに関心が深くなったんです。デザイナーとして会社に勤務する傍ら手動の活版印刷機を購入したり、閉業される活版印刷店から機械を譲っていただいたりしているうちに設備も充実して、こうして独立してお店を開くまでになりました。
佐藤 そうだったんですね。普通の印刷所ではなくて、植物をたくさん置いているのはどうしてですか。
猪飼 作品作りなど何かを物的に表現するにあたって、植物からの恩恵を受けているという想いが強かったことが理由の一つです。紙も植物で作られているし、リソグラフのインクは大豆や米からできています。家を建てたり、銅像を作る時にも必ず木が必要ですからね。
佐藤 そうした想いは、店内の植物や植物の作品からもうかがえる気がします。カフェも併設されていて、その取り合わせが面白いですね。
猪飼 ありがとうございます。カフェを設けたのは、印刷所である以前に交流の場所にしたいという思いがあったからなんです。現代において、活版印刷はもはや必要のない印刷技術と言えますよね。それでも僕はこのアナログな印刷が好きなんです。そんな印刷が生き残るための道は、もはや「かっこいい」とかってことなんだろうなと思うんですよ。かっこいい場所で、面白い人たちが、アナログ印刷で遊んでいれば、見ている人が一緒に加わりたくなって、そこに価値を感じてもらえるんじゃないかなって。
佐藤 そうすると、カフェだけの利用もできますか?
猪飼 ええ、大歓迎です。実際にそういう方もいますよ。
佐藤 印刷機や植物に囲まれてお茶できるなんて、なんだか不思議で楽しい場所ですね。ところで猪飼さんはデザイン事務所の代表でもあるとお伺いしたのですが、こちらのお店との関係性はありますか。
猪飼 組織の構造としては、僕らのデザイン事務所「ALBATRO DESIGN」の中に、アナログ印刷の専門家集団がユニットになった印刷部門のPRINT+PLANTがあるというイメージです。デザインから印刷まで一気通貫で仕上げることができることがクライアントにとって大きな利点になっているのかなとも思っています。
佐藤 ALBATRO DESIGNではどんなことを手がけているのでしょうか。
猪飼 グラフィックデザインを中心に幅広いデザインを請け負っています。僕らが意識しているのは「デジタルとアナログの間を行き来する」こと。例えばデジタルの仕事の依頼でも、活版で刷ってからスキャンを試みたりすることで平面の世界に深みが出したりしていて、そうした試みに特徴があるのかなと感じています。
後編では、佐藤さんがリソグラフを体験した様子をお届け。7月28日(金)公開予定です。
PRINT + PLANT / SHOP DATA
植物に囲まれた空間で、活版印刷やリソグラフなどの「アナログ印刷」の相談や発注が可能なカフェショップ。独自に開発した「特殊印刷」では、刷るたびに色が変化する「ランダム印刷」や、一枚の原稿におけるインキの厚みを変化させて色の濃淡を表現する「ゴースト印刷」なども人気。定期的に開催しているワークショップでは、子連れや学生、印刷好き、プロまで、幅広い層から高い注目を集めている。
店内には、活版印刷の魅力を手軽に味わえるカード自販機のほか、植物をガラスの板で閉じ込めた「植物標本」、作品としてそのまま飾れる印刷見本なども販売。カフェのみの利用も可能で、「印刷所に行く感覚ではなく、気軽に行ける場所だと思ってもらえたら嬉しい」と猪飼さん。
DATA
店舗名 | PRINT + PLANT(プリント プラント) |
住所 | 東京都目黒区柿の木坂1-32-17 |
営業時間 | 11:00〜19:00 |
定休日 | なし(祝日の営業は事前にSNSなどでご確認ください) |
アクセス | 東横線都立大学駅より徒歩5分 |
問い合わせ | 070-2675-5090 |
公式サイト | https://print-plant.com/ |
PRINT + PLANT/Instagram(店舗情報) | https://www.instagram.com/printplant_official/ |
ALBATRO DESIGN/Instagram(作例情報) | https://www.instagram.com/albatrodesign/ |
プロフィール
- 猪飼俊介
- ALBATRO DESIGN、PRINT + PLANT代表
- 1982年、東京生まれ。2008年にロンドン芸術大学を卒業し、09年 Kaikai Kiki デザイナー、ADを経てデザイン会社 ALBATRO DESIGNを設立。15年には、グッドデザイン賞 メコンデザインセレクションを受賞。16年 東京藝術大学 デザイン科 非常勤講師に就任。
2023.07.26 Wed