「MdNデザイナーズファイル2022」連動企画、クリエイターインタビュー第一弾は、本書の2021年版から掲載協力いただいているグラフィックデザイナーの柴田沙央里さん。 建築を含めた幅広いデザインに興味があった柴田さんですが、どのような経緯でグラフィックデザインに興味を持ち、独立に至ったのでしょうか。プロのデザイナーになるまでの道のりと、現在の仕事内容や作品のポイントについてお話を伺いました。
<プロフィール>
1988年北海道生まれ。東海大学 芸術工学部 くらしデザイン学科卒業後、iyamadesignを経て、’16年より 独立。パッケージや装丁などのグラフィックデザインをはじめ、ブランディングや商品開発など幅広く取り組んでいる。iyamadesign在籍中は、マスキングテープ「mt」、ガラスメーカー「Sghr」、集英社文庫「ナツイチ」キャンペーンなどのデザインにスタッフとして携わる。独立後は、クラフトスキンケア「SORRYKOUBOU」のアートディレクション、アナログゲームユニット「analog lunchbox」のアートワークなどを手掛けている。
手探りで興味を追求した学生時代
―― 幅広い分野でご活躍されている柴田さんですが、学生時代はどんなことを学ばれていましたか?
柴田沙央里さん(以下、柴田) 幼少期から絵を描いたりモノをつくったりすることが好きで、大学受験のタイミングで「将来はデザインに携わりたい」と思ったんです。最初は「公園をつくる仕事がしたい」と考えていたので、建築なども含めた幅広いデザインを探求できる、地元の旭川市にあった北海道東海大学(現在は閉校)に進学しました。
建築の授業を受けてみたのですが、内容があまりピンとこなくて。小規模でアットホームな大学だったので、先生たちも柔軟に対応してくださり、他のコースの授業も受けさせてもらっていました。
自主的に大学の工房で家具をつくってみたり、インテリアを学んだり、写真を撮ってみたり……手探りで興味を追いかけるなかで、最終的に「グラフィックがたのしいな」と思えたんです。
―― なぜグラフィックデザインに惹かれたのでしょうか。
柴田 作業場所の制約が無いところと、一人でつくって一人で完結できるところが、当時の自分には心地よくて惹かれていきました。社会人になってから、その考え方は変わったんですけどね。
柴田 そして「MdNデザイナーズファイル」をはじめ、さまざまなデザイン年鑑や雑誌を読んで、グラフィックデザイナーの方々から刺激を受けていたのも理由の一つです。小さな頃から絵本が好きだったこともあり、渡邉良重さんが手掛けられているような、一枚の画のなかに物語を感じられるデザインに憧れていました。植原亮輔さん、森本千絵さん、菊地敦己さん、葛西薫さんなどのお仕事も好きでよく見ていました。
iyamadesignで、ゼロからグラフィックデザインを学ぶ
―― 就職活動はどのように進めましたか?
柴田 学生時代に、現役のデザイナーさんから直接指導を受けたことがなかったので、「とにかく東京のデザイン事務所に就職して、いろんなことを吸収したい!」という心持ちでした。その世界がキラキラして見えたんです(笑)。
雑誌で求人を見つけて電話したり、あとは札幌ADCのスタッフとしてお手伝いに行って、コンペの審査委員の方々にポートフォリオを見てもらったりしていました。地方の大学で手厚いキャリア支援もなかったので、就職活動は体当たりでしたね。
iyamadesignは、求人に応募したところ代表の居山浩二さんが「アルバイトからのスタートでよければ」とお返事をくださったので、入社を決めました。「グラフィックデザインとは何か」をゼロから教えていただいたので、本当に感謝しています。
―― 入社して間もない頃の仕事の内容は?
柴田 最初の1年間はアルバイトで、私は何もできないような状態だったのですが、仕事内容は特に社員と変わりませんでした。iyamadesignは、カモ井加工紙さんと一緒にマスキングテープ「mt」をつくっているので、最初のお仕事は「mt」のデザインでしたね。
―― 未経験からのスタートで、戸惑いませんでしたか?
柴田 どの個人事務所も同じだと思いますが、研修があるというより試行錯誤を繰り返しながら学ぶ形だったので、とにかくやらせてもらうしかないなと(笑)。まずはデザインを20案ほど提出して、居山さんから「違うな」とか「ここじゃないよな」というコメントをもらっていました。
柴田 そこから3案ほどに絞って、最終的に残った1案をブラッシュアップして、数日かけてデザインを完成させていきました。学生の頃は、「イメージを形にできたらゴール」だったけど、社会人になってからは「形にできてからがスタート」なのだと痛感しましたね。初めのうちは、最低ラインをクリアすることもすごく難しかったです。
そして、具体的なフィードバックをいただくというよりも、一緒に考える時間を通して、居山さんのデザインスキルやマインドを自分のなかに移し入れていたように思います。壁にぶつかるたびに「これを続けていていいのかな」とか、「自分がやっていることに意味はあるのかな」と悩みましたが、居山さんから「正解が分からなくても続けて、積み重ねるしかない」と言われていて。「あ、やり続けると本当に分かってくるんだ」というのは、後になってから腑に落ちました。人生で一番影響を受けたデザイナーは、間違いなく居山さんです。
企業×デザイナーの成功ストーリーを体感した20代
―― デザイナーとしての転機や、衝撃を受けた出来事はありますか?
柴田 「mt」を展開するカモ井加工紙さんとの出会いです。私がiyamadesignに入社したときに、すでに会社同士の信頼関係ができていたこともあり、歓迎会を開いていただいたんですよ。
「mt」の責任者の方が「我々はデザインのことが分からないから、iyamadesignさんにお願いできてよかった」と熱い想いを語ってくださったのですが、誰かの仕事に対する野望や向上心に触れたのが初めてだったので、心を打たれました。しかも、帰り際につい先日まで学生だった私に「これから力を貸してください」とご挨拶してくださって、圧倒されましたね。
そこから「mt」が有名になって、イベントを開くたびにお客様が増えて、メディアで取り上げられるようになって……熱意のあるメーカーとデザイナーがタッグを組んだことによる成功ストーリーを、一緒に体験させていただいたことは自分の財産になっています。
―― 柴田さんは「mt」にどのように関わっていらっしゃったのでしょうか。
柴田 商品デザインはもちろん、国内外で展示販売イベントを開催するので、空間のコンセプト決めやデザイン、設営やオープニングまで立ち会っていました。あとは各地の名物をあしらった、会場限定のマスキングテープのデザインなども担当していました。
「ただモノをデザインして終わり」じゃなくて、お客様の手に渡るところまで見届けられたのは自分にとってプラスになったし、クライアントとデザイナーの理想的な関係性も学べたと思っています。
―― 柴田さんの、その後のキャリアにも影響を与えた出会いだったのですね。
柴田 はい、宝物のような出会いでした。そしてiyamadesignに在籍していた5年間で、さまざまな経験を積ませていただき、「自分の力を試してみたいな」という好奇心が湧いたので2016年に独立しました。
万葉集から着想を得た「花の間」
―― 独立されてからはどのようなお仕事を? 最近、柴田さんがデザインされた作品をご紹介いただいてもよろしいでしょうか。
柴田 それでは、美濃和紙を使った「花の間」というインテリアグッズをご紹介します。和紙造形作家さんが手作業でつくった花を、桐箱の中に入れた商品なのですが、箱のまま飾ることもできますし、一輪を花瓶に挿してたのしむこともできます。1300年以上の歴史を持つ美濃和紙の風合いを活かしながら、日本ならではの美意識を表現しました。
―― プロジェクトがはじまったきっかけは?
柴田 クライアントであるアーテックさんから、直接ご相談をいただいたことがきっかけです。大学の卒業制作のテーマが「紙を使った雑貨ブランドをつくる」だったので、学生時代に一週間ほど美濃和紙の演習に行っていたことがあって、その時のご縁で声を掛けていただいたんです。コンセプトやネーミングをはじめ、花の種類やパッケージを一緒に考えながら、約2年かけて完成に至りました。
―― 「花の間」のこだわりを教えてください。
柴田 「ただそこにあって、静かだけど心に訴えるもの」をつくりたいと考えました。桜と椿と孔雀草を入れた「瑞花」セットと、桔梗と萩と朝顔を入れた「野花」セットがあるのですが、「三輪それぞれの形や表情が違って見えること」や「桐箱に入れたときの佇まいの美しさ」にこだわっています。
―― なぜ、その花の組み合わせにしたのでしょうか?
柴田 万葉集に出てくる、昔から日本で親しまれてきた植物を使おうと思ったんです。作品づくりの際は、まずテーマに関する本や資料を読んで知識を深めるのですが、今回は和紙ということもあり、茶道などの日本文化や、古来から伝わる神道などについて調べていました。目にとまった単語やイラストをノートに書き写すなかで、万葉集というキーワードに辿り着き、そこから桜と椿と孔雀草、桔梗と萩と朝顔を選びました。
アイデアがパッと思い浮かぶことはなくて、いつも自分の過去の経験と、作品のゴールが結び付くように考え抜いています。「花の間」は、豊島美術館で見た内藤礼さんの「母型」という作品や、イサム・ノグチ庭園美術館の彫刻と景色の組み合わせから感じた、言語化できないエネルギーがヒントになっています。
柴田 どちらも「心が助かる」ような気持ちになって、勝手に涙が込み上げてきたんですよ。「花の間」も、作品を見て涙が流れるような、人の心に触れられるようなものにしたいなって。
私の場合は、カモ井加工紙さんとお仕事で国内外を回ったときに、各地の美術館をめぐったことで発想の引き出しが増えていったように思います。実際に見て触れて体感しないと、理解も再現もできないじゃないですか。この記事を読んでくださっている方にも、コロナが落ち着いたら、ぜひいろんな場所に足を運んでもらいたいなと思います。
―― 最後に、2022年の抱負を教えてください。
柴田 原点回帰をして、学生時代のように自分がつくりたいものに取り組んでみたいです。印刷物にすごく惹かれるので、実際に手を動かしてリトグラフでポスターを刷りたいのと、皆川明さんや芹沢銈介さんの作品のような、一枚の画や柄としてたのしめるものを生み出せたらと思います。
―― ありがとうございました。
「MdNデザイナーズファイル2022」では国内外で活躍するアートディレクター&デザイナー257名の仕事とプロフィールを厳選して紹介しています。先進的な活躍をしている方や、新しい時代の到来を感じさせる若手デザイナーなど、いずれも“ビジュアル表現の今”が感じ取れるポートフォリオになっています。書籍の方もぜひ、お手に取ってご覧ください。
「MdNデザイナーズファイル2022」
MdN書籍編集部 編
価格 :4,400円(本体4,000円+税10%)
発売日 :2022-02-21
仕様 :A4判/272P
ISBN :978-4-295-20236-3
2022.01.31 Mon