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『たのしごとデザイン論』著者 カイシトモヤ インタビュー

2022.03.03 Thu

『たのしごとデザイン論 完全版』刊行記念。著者カイシトモヤ インタビュー

クリエイターに一番たいせつな資質、「つくり続ける人」になるために。

取材・文:山口優 写真:大八木あみ イラスト:原田祐里江

自分では上出来だと思ったデザインが評価されなかったり、頑張ってたくさん案を出してもコンペになかなか通らなかったり……。そんなとき、つい「自分はダメかも」と落ち込んでしまいがち。しかし、本当にそれらのボツ案は価値のないものだったのだろうか?

クリエイターなら多くの人が一度は抱いたことがあるであろう、作品への評価や制作上でのクライアントとのコミュニケーションに関するストレス。その根本的な原因や解決策をさまざまな視点から解き明かし、「たのしいしごと」に変えていくための方法論としてまとめ上げた書籍の追補改訂版『たのしごとデザイン論 完全版』が発売され話題を集めている。ここでは、同書の著者であるアートディレクター/グラフィックデザイナーのカイシトモヤさんに、執筆の動機や書籍のテーマなどを伺った。

誰にでも再現できる「楽しくクリエイティブを続けていく方法」

 ──書籍『たのしごとデザイン論』を執筆するに至った経緯を教えてください。

カイシ デザインの考え方をテーマにした本や、アプリの使い方などのノウハウ本はよくありますが、その間をつなぐような本ってニーズはあるのにあまり見かけないですよね。そういった“必要なのに世の中にないもの”を提供したいと考えて書いたのが、僕の書籍執筆のデビュー作に当たる『いちばん面白いデザインの教科書』であり、今回の『たのしごとデザイン論』でもあります。今作で書きたかったのは「楽しくクリエイティブを続けていく方法」。というと精神論のようなものを思い浮かべるかもしれませんが、そうではなく、できるだけ多くの人が自分の身に置き換えて参考にしたり実践できるような“再現可能性”のある本にしたいと思いました。

──“再現可能性”にこだわったのは、何か理由があるのでしょうか?

カイシ 現在、自分が経営するデザイン事務所でアートディレクターの仕事をするかたわら、東京造形大学の教員として未来のクリエイター育成にも取り組んでいます。そのため若手クリエイターや学生から相談を受けることが多いのですが、いい発想やスキルはあっても何らかの理由で評価されずに涙を呑む姿を数えきれないほど見てきました。「コンペのためにロゴ案をたくさん作ったのに全部落ちちゃった」のように……。自分自身、駆け出しの頃って「いいものが作れた!」と思ってもボツにされることがよくあって辛い思いをしてきたんですよね。そういった若手や学生に、クリエイティブが楽しいことだと思い続けてもらうため、というのもひとつの理由です。

カイシトモヤ(*プロフィールは記事末)

──確かに、自信満々で作ったのにボツにされると心が折れそうになりますよね。

カイシ デザインというのは、「成果物(コンテンツ)」だけで語れるものではありませんよね。たとえばロゴなら、そのロゴを制作したプロセスや、なぜその形状や書体を使用したのかという背景、ロゴに込められたストーリー(物語性)なども重要です。そういったコンテンツを取り巻く諸々を僕はまとめて「コンテクスト」と呼んでいます。わかりやすく山登りにたとえると、山頂をコンテンツとするなら、そこへ辿り着くまでの道のりがコンテクスト。登山者にとってはゴールである山頂を目指すことだけでなく、どのコースを選んで、道程をどう楽しむかも大切です。デザインもコンテクストを踏まえた上で評価されるわけで、それを抜きにした“絶対的にいいデザイン”というのはありません。つまり、評価されないのはコンテクストが上手に設計できていないせいもあるからではないか、と考えたのです。

デザインというのは、山頂(コンテンツ)を目指すことだけでなく、道のり(コンテクスト)も大切。デザイン案を複数出すということはクライアントが山頂(ゴール)にたどり着くためにデザイナーが複数のルートを提示するということになる

──そう聞くと、ちょっと心が楽になります。

カイシ コンテンツを作るノウハウや方法論があるのなら、コンテクストを作る方法論だって存在しうるのではないか。であれば、自分がそれを言語化して世に出すのは意味があることなのではないかと思いました。2000年代以降スーパーなどで、たとえば農産物でも生産者のこだわりや想いなどを付加価値として消費者に伝えることが一般的になりましたよね。デザインもそういったコンテクストが求められるようになってきているのではないかという“気づき”も後押しとなりました。

コンテクストを意識することでデザイン案も通りやすく

 ──コンテクストを意識することで、カイシさんご自身の仕事の仕方に変化はあったのでしょうか?

カイシ プレゼンシートを作るときなどもコンテクストを意識しています。ただ案を見せるだけでなく、こういうふうにデザインが生まれてきたんだよという背景や物語を見せるようになりました。たとえば僕が学校法人Adachi学園より依頼を受けて、同グループのデザイン系専門学校4校が合同で行うデザインコンペティションのロゴを制作したときのこと。そのシンボルやロゴタイプに込めた意味や想いを紙芝居仕立てにし、10ページほどのシートにまとめてプレゼンしました。単に完成したロゴを見せるより説得力を持たせることができたのではないかと思います。

カイシさんが手がけた、デザインコンペ「Adachi Design Award 2021」のロゴデザイン。Adachi学園の頭文字である「A」の小文字「a」を抽象造形化し、そのシンボルに仏語で「未来・将来」を意味する「Avenir」という書体を元にしたロゴタイプを組み合わせている

〈補足〉上図は実際にカイシさんが「Adachi Design Award 2021」のロゴデザインのプレゼンテーションで使用したプレゼンシートから一部を抜粋したもの。シンボルのベースとなった「a」は「Adachiの子=Adachi学園グループで学ぶクリエイターの卵」を意味しているが、180°回転させると「D」を抽象造形化したものに変わる。これは視点を変えることで「新しい発想=Design」が生まれるという意味と、それによって卵が成熟した「Designer」になる意味が込められている。なおシンボルの右辺は直線ではなくわずかに湾曲しているが、これはシンボルの天地の長さを20倍した直径を持つ巨大な円の円弧で切り取られているため。そこには、大きな視野で切り取ることの大切さや、コンペに参加した学生の20年後の姿などが重ね合わせられている。

自分の“価値”を見つけるのが難しい時代に大切なこと

 ──今回の追補改訂版『たのしごとデザイン論 完全版』は、オリジナル版が出版されてから5年の時を経ています。その間、クリエイティブの仕事を取り巻く環境も変化しましたね。

カイシ ここ数年で激変しました。とくに思うのが、デザインの類型化ですね。表現手法やノウハウのようなものが書籍やSNSを介して情報共有され、表面的な部分で差別化が生まれにくくなってきました。たとえば円をモチーフにしたロゴマークを作成したとします。でも、丸いロゴは世の中に数えきれないほどある。そのなかで自分が作ったロゴに強い価値を持たせるには、その丸い形にした背景や物語などのコンテクストがこれまで以上に大切になってくるのかなと思います。

──制作物だけでなく、クリエイター本人の価値も社会の中で見えづらくなっている気がします。

カイシ 一定のルールにしたがってシステマティックに作っていけば、それなりのものが仕上がってしまう。自分だけの価値を見つけて社会に寄与していくことが、とても難しい時代になっていると実感しています。そこで今回の『たのしごとデザイン論 完全版』を出すにあたって、その価値の測り方や、モチベーションを失わず「つくり続ける人」になるための持続可能性づくりに重点を置いた新章「デザイナーの未来コンパス」を書き下ろしました。

──今の時代って「つくり続ける人」になるためには、いい環境なのでしょうか?

カイシ とてもいい環境だと思います。クリエイターにとって作品を世に発表して「承認される」のは、モチベーションを保つためにも大切なことですよね。でも以前はプロになって商業的な価値のあるものを作るしか世間の評価を得ることはできませんでした。それが今は、SNSなどを通じて世界中の人たちからダイレクトに承認を得ることができる。商業活動とは別のところでクリエイターとしての活動が気軽に成り立つようになってきているわけです。

僕もフリーランスになったばかりの頃、とにかく手を動かしたくて、誰から依頼があったわけでもないのにポストカードサイズのグラフィック作品をIllustratorで毎日自主制作して1年間Webにアップし続けたことがあります。まあ、何より仕事がなくて暇というのが手伝っていたのですが。そうやって社会にアウトプットすることで反響を得れば、それが次の作品にも活かせて、よりブラッシュアップしたものを作ることができる……。社会にクリエイターとしての自分を育ててもらうことが可能になっている時代なんだと思います。

カイシさんがフリーランスになりたての頃に制作していたグラフィック作品「イラレめくり」(2004-2005)。Illustratorでポストカードサイズの図案を1日1枚365日作り続けたそうだ。完全な自主制作だったが、ホテルに置くテレビ番組表の表紙として毎週連載したいという依頼があり、結果的に金銭的な報酬にもつながったという

実験的な試みに取り組む「基礎研究」のススメ

──書籍の中では、表現の可能性を開拓する「基礎研究」と、それを仕事で展開する「応用研究」に分けて取り組むことの大切さにも言及されていますが、自主制作の話はそれにも少しつながる話ですね。

カイシ ある程度実績を積んで作風が固まってくると、「その作風でお願いしたい」という依頼がくるようになります。そうすると、これまでやってきたことの再生産でお金を稼げるようになる。需要があるうちはいいのですが、ニーズがなくなったり新基軸のことをやりたいと思ったりした際に行き詰まってしまいがち。でも基礎研究をやっていると自分の中で新しい領域を広げていきやすいんです。書籍の中では、「お金にはならないかもしれないけれど、自分の中で新しいことを試す実験的な取り組み」という意味で基礎研究と言っていますが、楽しいからやる、面白いからやるというのでいいと思います。それが結果的に仕事で役に立つこともありますから。

自主制作などで表現の可能性を模索する「基礎研究」と、それを仕事で活用する「応用研究」。たとえば、新しい模様の作り方を考えるのが「基礎研究」で、新しい模様の包装紙をデザインするのが「応用研究」。カイシさんは『たのしごとデザイン論』の中で基礎研究の大切さを説いている

──たとえば、どんな取り組みが基礎研究にあたるのでしょうか。

カイシ 仕事で使うにはちょっと冒険が過ぎるけれど、気になるフォントってありますよね。たとえばそういったフォントを試してみたり、手書きだけでどこまで表現できるかトライしてみたり……。そんなふうに純粋に興味を持ったことにどんどん取り組んでいけばいいと思います。僕の場合、表面にコーティングが施されていない非塗工紙と金属色の相性に興味があって、さまざまな図版を印刷して確かめるという基礎研究を行ったことがあります。当時は仕事にどう活かせるかということまでは考えていなかったのですが、数年後に「戦姫絶唱シンフォギアGX キャラクターソング」のCDジャケットという形で応用することができました。

カイシさんが基礎研究として行った「SHAPES HAVE NO IDEA」(2008)。さまざまな図版を非塗工紙に印刷して金属色の相性を確かめたという
キングレコード(2015)©Project シンフォギアGX 
「戦姫絶唱シンフォギアGX キャラクターソング7」および「戦姫絶唱シンフォギアGX キャラクターソング8」のCDジャケット。蛍光色や金属色などを非塗工紙に印刷し、物質感による付加価値をつけている

──基礎研究の大切さは分かりましたが、なかなか作品作りまで手が回らないという場合もありそうです。

カイシ 作品作りまで行かなくても、何か興味があることを調べたり、勉強したりするというのでもいいと思いますよ。僕の場合も、印象派の点描画で使われている技法から学んだことを、仕事に展開できたことがあります。

「3.11以後の建築」(水戸芸術館現代美術ギャラリー)のポスター
印象派の点描画は、点の集まりでモチーフを表現する技法。カイシさんは、点描技法が絵具を混色してから塗布するのではなく、鑑賞者の脳内で混色(認知的混色)されることを想定していることを学んだという。そこからシルバーと蛍光色のパターンが認知的混色によってメタリックカラーに見えるという表現を思いつき、「3.11以後の建築」ポスターにつなげることができた

──最後に、読者へのメッセージをお願いします。

カイシ 『たのしごとデザイン論 完全版』は、今の自分のキャリアに飽きたりない人や、ものづくりに行き詰まってしまった人に、まず読んでみてほしい本です。デザインの方法論から、自分のキャリアを広げていく際に役立つ考え方まで、ものづくりに携わる人に救いの手を差し伸べてくれる知恵がぎゅっと詰まっています。ぜひ、一度手に取ってみてください。

『たのしごとデザイン論 完全版 すべてのクリエイターが幸福に仕事をするための50+未来の方法論。』

デザインや創作を仕事にする上では、何を作るか? だけでなく、 どう作り、どう人と関わり、どう世に出していくか? という文脈づくりが欠かせない。 武器となるのは、他者との関係「他の仕事」を知り、「楽しい仕事」の作り方を学び、 すべてを「たのしいこと」に変えていくセオリー、それが「たのしごと」。 そして、その仕事を楽しく継続してキャリアを積んでいくためには、 「自分の価値を見つけて、健やかに歩き続ける」方法を知ることが大切。 アートディレクターのカイシトモヤが、グラフィックデザインの現場経験を通じて、 クリエイターが幸福に仕事をするためのセオリーを、再現可能な方法としてまとめた仕事論。 ものづくりに関わる、志す、すべてのクリエイター必読の一冊。

《書籍の詳細はこちら》https://books.mdn.co.jp/books/3221303018/

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    取材を受けた人

    カイシトモヤ
    アートディレクター/グラフィックデザイナー
    株式会社ルームコンポジット代表取締役。東京造形大学教授。関西大学産業心理学専攻卒業後、広告プロダクションを経て2004年独立、2007年より法人化。仕事においてプロセスやコンテクストおよびそれらの言語化を重視し、クライアントに寄り添って並走するように、さまざまなコンセプトメイキングやデザインを行なっている。https://www.room-composite.com/
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