中川政七商店のハンカチ専門ブランド「motta」が、2021年リブランディング。抽象的な図案が印象的で畳み方によってデザインが変わるハンカチや、専用のパフュームを発売しています。今回は、「リズム、ととのう、ハンカチ。」というコンセプトに込められた想いや、デザインのこだわりなどを伺いました。
中川政七商店のハンカチ専門ブランド・motta
畳むのも、香りを纏わせるのも楽しい、mottaのハンカチ
1716年に奈良で創業した中川政七商店。2013年には、ハンカチ専門のブランド「motta(モッタ)」をスタートさせました。ハンカチは累計販売数が160万を超え、今年になるとブランドをリブランディング。「リズム、ととのう、ハンカチ。」というコンセプトが心に響きます。現在は、畳み方によってデザインが変わるというユニークでおしゃれなハンカチを3種、気分をリセットしてくれるハンカチ専用のパフュームを発売中。さらに、ギフトにもぴったりなサービス「ハンカチカスタマイズ」も。
mottaのコンセプトやターゲットについて
ハンカチがどのような存在かを考え、リブランディングを
「motta」のブランドマネージャー・野村隆文さんと、プロダクトデザイナー・青野洋介さんに話を伺いました。
──「motta」をリブランディングした理由や背景を教えてください。
野村 mottaは2013年にデビューしたハンカチのブランドで、累計販売数が160万を超えていました。しかし、より多くの人に手に取ってもらうため、2つの変化が迫られていたんです。
ひとつ目が購買環境の変化です。これまでmottaは店舗販売がメインでしたが、最近は多くの生活者がEC市場で買い物をするようになり、そこにどう対応していくか。もうひとつが生活者の購買モチベーションの変化です。単に、見た目がいいだけじゃない、“共感や信頼”ができるブランドを選ぶようになってきた。中川政七商店は一貫した物作りをしてきているので、そこをもっと出そうと。
それらを踏まえ、既存の延長線じゃなく、改めてコンセプトを見直し、再発進することにしたのです。デジタル上でのコミュニケーションが主流の今、モノづくりと同じくらい、その世界観をしっかり作り上げてコンテンツやサービスで伝えることが大事になっている。
──ブランドの新しいコンセプトについて教えてください。
野村 リブランディングにあたり、「ハンカチがどのような存在か」を改めてチームで話し合いました。そこでの大きな発見が、「ハンカチは人の一日に寄り添い、心まで整えてくれる」ということ。ここを軸足に考え始めました。
朝身支度をして、最後にハンカチを選ぶ。どんな一日になるかを見つめ、緊張したときはこっそり握って心を落ち着ける……。まさに一日の中に句読点を打つように、リズムをポンポンと作ってくれる。そんなところから、「リズム、ととのう、ハンカチ。」というコンセプトで再定義しました。
mottaのコンセプトやターゲットについて
麻のハンカチは、中川政七商店にとってアイコンのようなもの
──リブランディングをする前と後で、ブランドのポリシーなどを引継いでいる部分、逆に差別化している部分はありますか?
野村 「ハンカチが寄り添ってくれるもの」という核の考え方は、2013年当初からありました。ただ当時は、市場に対する課題が使い勝手のいいハンカチがないことだった。そのため、しっかり水を吸い、よく乾き、アイロンがけがいらない。ポケットに収まりやすいサイズ感。そんなプロダクトの機能性を全面に出していたんです。それが8年経ち、ブランドとして成熟して、購入する人たちももうちょっと深い価値観まで受け取ってくれるようになったので、より情緒的な側面を打ち出すことにしました。
わかりやすい違いが、もともとmottaという名前は「ハンカチ持った?」と家族が玄関先で子どもにいう言葉からネーミングしたもの。それは、清潔な四角い布を毎日身につけるという習慣を暮らしの言葉とともに受け継ぎたかったから。けれど、リブランディング後は同じ名前でもニュアンスが少し変わりました。「持った?」ではなく「持った」。誰かに言われたからじゃなく、自分が持ちたいから。よりパーソナルでセルフケアに近いイメージですね。
──ハンカチのブランドというのは珍しい気もするのですが、そもそも中川政七商店にとってハンカチはどのようなアイテムなのでしょうか?
野村 中川政七商店は1716年に麻織物の商いから始まった会社ですが、1925年のパリ万博に麻のハンカチーフを出展したことがあり、「麻のハンカチ」はアイコン的な存在でした。ずっと作り続けたいプロダクトなんです。
──ターゲットはどのような方々ですか?
野村 老若男女問わず、ブランドの価値観に共感してくださる方ですね。もともとmottaも、使い勝手、デザイン含めて気に入ってくださる方が多かったのですが、今後は世界観でも選んでもらえるブランドでありたい。
あとはギフトですね。ハンカチは新しい始まりを応援する贈り物としても相性がいい。僕自身もmottaに初めて触れたのが8年前、東京に出てくるときに親から貰って。こんな使いやすいハンカチがあるのかと感動しました。それから自分でも買うようになり、大学生でも買いやすい値段だったので友達にもあげましたね。そうやって親しい誰かに贈るプロダクトとしても、ぜひ使ってもらいたいです。
mottaのデザインについて
抽象的なテキスタイルに想いを込めた“ととのうハンカチ”
──今回、リブランディングを手がけたビジョナリーブランディングチーム「PARADE」について教えてください。デザイン・イノベーション・ファームの「Takram」とタッグを組んでいるそうですが、どのような経緯でPARADEを立ち上げたのでしょうか?
野村 中川政七商店は、これまでも自分たちの知見や経験を活かして工芸メーカーのコンサルを重ねていました。一方で、以前から親交のあるTakramもデザインやテクノロジー、デジタルコミュニケーションを強みに海外も含めた大規模なプロジェクトに関わっていた。この2社に共通していたのが、「すべてはビジョンから始まる」でした。その一点を共通する価値観として持っていたので、タッグを組み、互いの強みを活かしながら志のあるブランドを増やそうと立ち上げたのが、ジョイントベンチャー「PARADE」。そのパイロット事例がmottaです。
──なるほど。それでは、プロダクトについても教えてください。まず、商品の特徴はどんなところでしょうか?
青野 まず、ハンカチの使いやすさは従来通り、しっかり水を吸い、よく乾き、アイロンいらず。ポケットに収まりやすく、小さすぎない44cm角。その機能的な価値をベースにしつつも、今回は「リズム、ととのう、ハンカチ。」という新しいブランドコンセプトを象徴するような、3つの新しいデザインのハンカチを発売しました。
最大の特徴は、柄がプリントになったこと。これまでは織りでの柄表現をメインにしてきましたが、それだとどうしてもベーシックなものになりやすい。「ハンカチが一日に寄り添い、心まで整えてくれるもの」とリフレーミングしたときに、その気分の幅ってもっとあるんじゃないかなと。それを表現するために、今回はプリントの技法で、多色やグラデーション、手書きの線など、織りではできないいろいろな表現を取り入れました。
──わかる気がします。「ととのう」ってまっすぐな気がしますが、実は気持ちって常に揺らいでいますよね。
青野 まさにチームでもそういう話をしていました。“ととのう”って、実は、どんな感情も許容できることじゃないかと。ハンカチを持つこと自体がすでにピシッと整っているので、その中にちょっとくらい揺らぎがある方が気持ちをのせやすいというか……。楽しいときも辛いときも寄り添ってくれそうな気がする。あまり具体的だったり、解釈の余地のない直線だったりすると自分の気持ちを乗せる余白がなさそうな気がするんです。そういう意味で、今回は抽象的な表現が多くなっています。
──「motta049」「motta050」「motta051」、それぞれデザイン面でのポイントを教えてください。
青野 motta049、 motta050は、折り目に合わせて柄を切り替えました。畳み方を変えると色や柄が変わっていく。それがハンカチを使うときの楽しみであり、一日の句読点を打つように、リズムを作ってくれそうかなと。
motta049は一日の中の時間の変化を意識しています。「ハレノウミ」「アメノモリ」「アオ」といったネーミングがついている。晴れた海の日の情景をイメージしたハンカチは、夜明けの青から、日が射して黄色になり、夕方のオレンジ、夜の青みたいな情景を描いています。雨の森も、薄暗い雨の重いグレイッシュな緑から、雨の降る青、光が差す黄色、夜の深い緑……と、場面を変えることでリズムを作っていく感じですね。
motta050は、手描きの線を使ったデザインです。一日として同じ気分がないように、ひとつとして同じ線もない。1本線から、2本使った折れ線、3本の三角、4本の四角と、揺らぎがある中にも連続性を持って柄が変わるのを意識しました。
最後にmotta051はロゴを使ったパターンです。リブランディングした後にブランドのキーカラーを設定したのですが、その色味がこれです。商品名としては出していませんが、社内やチームではピーチ、エッグ、スカイ、プラント、ウッドと名前をつけているんです。ハンカチを選ぶときの朝の情景をイメージさせる、ちょっと上品でフレッシュな朝っぽい色味です。このパターンはパッケージやサイト上でも使われていて、いちばん新しさを表現できているかなと思います。
mottaのパフュームについて
ハンカチをより情緒的に演出する専用のパフュームも
──ハンカチ専用の香水「ハンカチパフューム」もとてもユニークですね。
青野 パフュームは、ハンカチの情緒的な価値をより強くするプロダクトとして開発しました。香りって、気分を高めたり、落ち着かせたり、心に作用する側面が大きいですよね。私たちが思うハンカチも近いところがあるので、香りをプラスして、より触りたくなったり、使うたびにうれしくなったり、ハンカチがより寄り添った存在になれたら嬉しいです。
香りのテイストは、香水的な着飾る香りというより、気分に寄り添うような自然な香りにしました。成分もなるべく天然のものを使っています。香りは、マツの葉が香る「kigi」、レモンやグレープフルーツなどを合わせた「kajū」、ラベンダーやベチバーが香る「hana」など全5種類。それぞれに方向性を設けていて、hanaならリラックスする落ち着きのある香り、kajūはリフレッシュできる上に向かっていくような香りと気分でも選べる。仕事の関係で香水がつけられない方でも休憩時にハンカチを取り出して楽しんでもいい。香水をつけるのに慣れていない方も“しまえる香り”なので、香りを始める最初のプロダクトにもおすすめです。
今なら、ECサイトでハンカチを購入いただくと香りをテスター的に吹きかけて送るサービスも実施しています。ギフトであれば、選んだ香水と一緒に、その香りがギフト全体についた状態で贈れるサービスも。届いた瞬間からハンカチが香る体験を楽しんでいただけます。
──おすすめの付け方を教えてください。
青野 ハンカチを2回広げた状態で、20~30cm外してワンプッシュ吹きかけると、ミストが広がってちょうどよく香りがつきます。ハンカチを振って軽くアルコールを飛ばし、揉み込むと、より全体に香りが染み込むのでおすすめです。
──「ハンカチカスタマイズ」も特別感があり、魅力的です。こちらも、ハンカチの価値のアップデートということでしょうか。
野村 はい。ハンカチにイニシャルの刺繍を入れられるサービスですが、おすすめですね。個人的に今の社会って人とモノとの距離が遠いように感じていて……。一昔前は、身の回りのものは自分で繕ったり作っていましたが、そういうものって使う意味がすごくある。ハンカチも刺繍を施すことで、その人にとって意味のあるものにしたいと考えました。ギフトの場合も、贈られたものを使うって幸せなことですが、そこに刺繍が施されていたらもっと意味のあるものになるんじゃないかと。現在はイニシャルのみですが、今後はモチーフ的なものも選べるようにしたいです。
最後に……
心にゆとりを作り、優しい気持ちでいられるハンカチへ
──最後に、mottaの今後の展開を教えてください。
野村 「ハンカチのある暮らし」を豊かにする周辺プロダクトは、いろいろと開発していきたいです。今考えているのは、選ぶのが楽しくなるようなハンカチの収納ボックス。あと、パフュームも基本は今の5種類ですが、ホリデーだったり、春だったり、季節的にあれば素敵だなというのを期間限定で出すのもおもしろいと思います。
あとは、この世界観を届ける工夫ですね。香りをつけて出荷する、言葉やビジュアルでどれだけハンカチのある暮らしが素敵だと思ってもらえるか。使っている人がどんな気持ちで使っているかを紹介したり、知っておくとハンカチを好きになる小話や、刺繍を入れる意味みたいなものをサービスで一緒に提供したり……。Instagramと公式ECサイトでは、読み物のコンテンツなども作っています。mottaの価値観に共感してくれる人を増やすために、プロダクト、コンテンツ、サービスを充実させていくのが目下のやることですね。
そして、その先の目標としては、ハンカチを通じて“優しい人”を増やしたいと考えています。最近は、エンパシー、ケアみたいな言葉が聞かれるように、周りに優しいことがより大事になっていると感じていて。優しくあるためには、自分に人を受け入れる余白がいる。そこにハンカチというものが何かできるんじゃないかと。「自分のリズムが整うことで余裕ができ、優しくなれたら」というのがチームの根底にあります。
そのために、まずは、いいハンカチのある暮らしを伝えていく。長い間使えるハンカチが買いやすい価格で、手に取りたくなるデザインで、たくさんあるということ自体が、すでに優しい状態だと思うんです。まずは、mottaというブランドが、世の中に優しい空気を伝えていきたいですね。
2021.12.21 Tue