知られざる「モノづくり」の世界に迫るモノづくり探訪記。今回は透明感と深みのあるグラデーションが特徴的な革製品を作るyuhakuを訪問。印象的な色合いを生む独自の染色技法と、その染色技法で染められた革製品の魅力に迫る。
2020年7月27日
●取材・構成:編集部 ●文:大澤裕司 ●撮影:下山剛志[ALFA STUDIO]
「手染め」が生み出す透明感と深みのあるグラデーション
ブランドを代表するVeratula(ヴェラトゥーラ)シリーズをはじめ、さまざまな製品ラインを展開するyuhaku。財布を中心にカバン、靴、名刺入れやキーケースのような小物類、ベルトやスマホケースのようなアクセサリー類などが作られているが、どれも透明感と深みのあるグラデーションが印象的で、ハッと思わせる色の美しさで見る者を魅了する。
色調は自然に変化しているが、よく見ると単調なものではなく、光を透かして見たときのような独特のゆらぎが現れている。しかも、同じ製品の同じ色で比較してみると、それぞれグラデーションの具合が異なり、製品1点1点表情が異なっているのがわかる。
yuhaku製品が持っている透明感は、革の持つ艶によるところが大きい。だから、鮮やかな色のところだけでなく深い色のところも含めて全体的に透明感がある。JR横浜駅近くにある本店には、yuhakuのさまざまな製品がディスプレイされているが、光の当たり方によっては、眩しく見えるほどだ。
透明感と深みのあるグラデーションは、1つ1つ手染めで作られている。職人が革のコンディションに合わせて手染めしており、グラデーションや色合いに強いこだわりがあることがわかる。
職人にアートのセンスが求められる染色の独自技法
革の染色は本店内の工房で行われている。今回、染色作業を実演いただいたので、その様子を紹介することにしよう。
代表兼デザイナーの仲垣友博さんによれば、yuhaku製品の深みのある色合いは、時間をかけて何色もの染料で染めることで実現されている。1枚の革を染めるのに使う色は、少なくても4色、通常は6色程度使う。
意外なのは、1色目には必ず明るい色を使うこと。ブルーやグリーンに染めるのであれば空色、レッドであれば黄色、ブラウンであればオレンジ色、といった具合だ。1色目に明るい色を使うのは鮮やかさや透明感を出すためで、これらの色が使われていることは染め上がった革を見てもほとんどわからない。
「最初に染める色は、革の発色をイメージしながら決めています」と仲垣さん。手袋をはめた手に染料を染み込ませた布を持ち、円を描くように手を動かしながら染めていく。
この独特の手の動きが、yuhakuでの手染めの特徴だ。円を描くように手を動かすのは、このようにすると染料の重なったところがなじんで一体化するためだという。手を直線的に動かすと、染料の重なったところがなじまず不自然な出来栄えになってしまう。
半裁したヌメ革に1色目を染めたら、傷や斑をチェック。これらを避けて状態のいいところだけを裁断してから2色目以降でグラデーションに染めていく。
染色したら、保護クリームと撥水クリームを塗布。次はツヤを出すためにグレージングを行う。グレージングとは、革に圧力をかけながら磨き、なめらかで光沢のある革に仕上げること。専用の機械を使い、革に圧力をかけていく。コードバンやクロコダイルでは一般的なグレージングだが、牛革で行うのは珍しい。yuhaku製品の滑らかさはこの辺りの工程にも秘密があるのだろう。
グレージングが終わったらバフ掛けに移る。製品に行うことはあっても、裁断・染色した革に対して行うのは稀だ。わずか数秒だけ掛けて状態を確認しながら慎重に作業を進めていく。終わったら検品し、微細な傷があったら目立たなくなるよう整えて完成。
この日は一気に工程を見せていただいたが、染料を落ち着かせたり、栄養分を浸透させる時間が必要になるので、1枚の革を染め上げるのに1~1.5カ月かかる。
この染め方は仲垣さんが独立当初に数年かけ、独学で開発したということ。染色職人には人事制度を設けるなど、仕組み化を考え育成にも力を入れている。
yuhakuの手染めには、完成をイメージしながら染料を選び、染め重ねていかなければならない難しさがある。職人にはアートのセンスが求められることから、染色職人には美大出身者が多い。採用時にも実技試験があるそうだ。
革の特長を生かし、最も美しく引き立つ染色を
yuhakuで展開しているシリーズは、どれも革の特性を生かした染色とデザインが考え抜かれている。先に触れたVeratulaシリーズは、キメ細かく柔らかいイタリア産仔牛革を使っており、色が染まりやすくよく引き立つのが特徴だ。
また、クモの巣を意味するCobweb(コブウェブ)シリーズでは、不揃いかつ立体的な網目模様が広がるクロコダイル革の特性が生きるよう、溝1本1本に至るまで染色が施されている。
上質感と高級感を高めるコードバンを用いたDu Mondo(デュ・モンド)シリーズは、職人の高い技術を必要とする高難易度の縫製やコバ塗りを盛り込んだ。いずれも、革本来の魅力と色の美しさが最も引き立つようにというのが仲垣さんのデザインの基準だ。
●革の中に「花」を表現した、Art of Flower(アート・オブ・フラワー)
そして、フラワーアーティストの田中孝幸さんとコラボレーションして誕生したのがArt of Flower(アート・オブ・フラワー)シリーズ。田中さんが作った花の造形物から得たインスピレーションを製品に表したものだ。花の美しさを革に手染めで表現したものと、染めた革をスキャニングしてポリエステル生地にプリントしたものの2タイプがある。
Art of Flowerは2019年秋冬の新作。新作のコンセプトを決めるにあたり題材に花が挙がったことから、以前から仲垣さんの知り合いだった田中さんとのコラボが実現。女性的なイメージの強い花だが、「男性が持っても綺麗なもの」をコンセプトにした。
●靴の染色には「度胸」が必要
yuhakuブランドの製品の中でも、受注染色を行う靴だけは、他の製品と作り方が大きく異なる。ヌメ革の状態で縫製を終えてから染めているのだ。染色を失敗すると売り物にならなくなるため、染めるには度胸が必要になる。
「形になった靴を前にすると最初は緊張してしまうのですが、ビビりながら染めてしまうと綺麗に染まりません。革と対話しながら手早くやる必要があります。でも、ある程度の技術を習得していれば特段難しいものではありませんよ」と仲垣さんは話す。
しかし、仲垣さんが1~2時間程度で染め上げるのに対して、他の染色職人が1足染めるのには丸一日かかるというから、決して簡単なことではないのだろう。
豊かな発想力がyuhakuの未来をつくる
~ 2020年をイメージした新色「二藍(ふたあい)」~
色に強いこだわりを持つyuhakuでは、今年のはじめ、2020年をイメージした「二藍(ふたあい)」という新色をリリースした。イメージしたのは、デジタルとアナログが入り混じった世界。藍と紅という全く異なる2色を使い、新しい時代を表現した。
この2色は単純に混ぜると紫になるが、二藍は重なり合わないところはそれぞれの色、重なり合ったところでは紫ではなく新しい色合いになるのが特徴だ。改めて仲垣さんの豊かな想像力、そしてそれを実現する高い染色技術に感服する。
今年は、お客様から頂いた写真や絵を元に職人がオリジナルの染色を施す「Picture Art Project」というユニークなプロジェクトも実施している。これには、若い職人達の発想力を伸ばしたいという仲垣さんの思いがあった。実際に30件近くの申し込みがあり、他のyuhaku製品にはない様々な色彩が生まれている。
「Picture Art Project」の詳細はこちら
https://yuhaku.co.jp/picture-art-project/
「Picture Art Projectに取り組んだことで、職人は相手の立場に立って考えるようになり、染色にもいい影響が出てきたように思えます」と仲垣さん。2020年秋冬コレクションには、今までなかったyuhakuの新しい色が登場するかもしれない。
「yuhaku」
https://yuhaku.co.jp/
シューズブランドのデザイナーやオーダーメイドにて革製品の製作をしていた仲垣友博さんが2009年に始動。独自に確立した染色技法で特徴的なグラデーションを施した革を使い、財布などのオリジナル革製品を製作する。
2020.07.27 Mon