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モノづくり探訪記

2022.06.24 Fri

【第二十八回】新感覚のうるし塗り「津軽塗たなか」のさわるツガルヌリ

構成:編集部 取材・文:安倍川モチ子 撮影:下山剛志[ALFA STUDIO]

全国各地に伝統工芸として残る「漆塗り」。実は、地方ごとに特色があり、魅力もさまざまだ。今回ご紹介するのは、伝統を残しつつも時代に合った漆器を生み続けている、創業1947年の老舗「津軽塗たなか」。複数の色漆を重ねることで独特の模様を生み出す「津軽塗」の魅力とともに、「津軽塗たなか」が挑む新たな表現への挑戦をお届けしたい。

色漆を重ねてつくる「津軽塗」の世界 ~基本の「唐塗」~

津軽塗は、江戸時代に誕生し、300年以上の歴史を持つ津軽地方の伝統工芸。津軽塗の代表的な4つの技法(唐塗・七々子塗・紋紗塗・錦塗)を用いたものは、経済産業大臣より「伝統的工芸品」にも指定されている。

なかでも基本であり、代表的な技法といわれるのが「唐塗」だ。

津軽塗の伝統技法のひとつ「唐塗」の漆器

●色鮮やかな模様はどのように作られるのか?  知られざる「唐塗」の制作工程

まずは色鮮やかな「唐塗」の模様がどのように作られるのかを見ていきたい。模様のキモとなるのが「仕掛けベラ」という道具。これを使って漆を落として凹凸をつけ、最後に研ぎだすことで斑点模様が現れるという仕組みになっている。この仕掛けベラで漆を叩くことを「仕掛け」という。

「仕掛けベラ」は職人の手作り。作り手によって模様に個性がでるのも興味深い
「仕掛け」作業の様子。ここで漆の高さが揃っていないと研ぎ出した時に均等な模様にならない。簡単そうに見えるが、高い技術が要求される職人技だ

仕掛けの漆が固まったら違う色の漆を何重にも塗り重ねていき、最後に「上げ漆」といわれる一番表層の色漆を塗り重ねて厚みを出す。漆が乾いた後で研ぎ出すと、仕掛けの凹凸の周囲に塗り重ねた色漆が年輪のように出てきて、唐塗独特の模様が現れるのだ。

実際には細かい工程がもっとあり、基本の唐塗でも約40~50工程、期間にすると2~3ヶ月程を要するという。なんとも気が遠くなりそうだが、一つひとつの細かい工程を丁寧に重ねて行くからこそ、見る者の目を奪う逸品が生まれるのだ。

「研ぎ出し」を行うと、幾重にも塗り重ねた漆が表れて唐塗独特の文様に

塗り重ねる漆が違えば、商品の見た目も大きく変わってくる。今度は、さまざまな表情を見せる津軽塗を「津軽塗たなか」の商品と共に見ていきたい。

●模様、煌めき、透明感…。さまざまな表情をみせる「唐塗」バリエーション

【めじゃ】 唐塗 赤[中箸]・緑[大箸]

 

まずは定番品の箸から。左の赤い箸をよく見て欲しい。こちらは「黒」の仕掛けの上に、1度「黄」の色漆を塗り、その上に「緑」の色漆、最後に「赤」の色漆を5回ほど塗り重ねている。最後の「赤」を重ねているのは塗厚を出すためだ。

研ぎ出すと、最初の仕掛けの模様が黒で現れ、その次に緑、黄色、赤といった順番で出てくる。細いラインの部分に「黄」「緑」の2色が使われているので、落ち着いた風合いの中にも虹のような煌めきを感じる仕上がりだ。緑も、ほぼ同じ製造工程で作られており、こちらは「黒」「黄」「赤」「緑」が層になっている。

この商品は、箸先がすべらない加工が施されているので、機能性(掴みやすさ・舌触りなど)に優れている点も見逃せない。

【唐塗箸】特赤 貝蒔[中箸]・特緑 貝蒔[大箸]

 

こちらは、唐塗をベースに、虹色光沢を持つ貝の真珠層をあしらった津軽塗箸。貝蒔のキラキラした輝きが唐塗独特のデザインと相まって、より一層の高級感を纏っている。

【汁椀・箸めじゃセット】唐塗 呂

 

続いては、根強い人気の「呂上げ」のお椀+お箸セット。デザインはもちろん、独特な色遣いとやさしいグラデーションが見事にマッチ。じっくりと見つめていたくなる美しさを放っている。

美しさの秘密は、赤と緑の漆を市松配置で塗る「彩色」という工程の後、全体に薄く錫粉を塗り、その上に透け感のある「茶」の漆を塗って研ぎ出しているから。層になったさまざまな素材に加えて、最後に塗る色漆にわずかな透明感を持たせることで、表層の漆の濃いところと薄いところで絶妙な変化を出しているのだ。

絶妙なグラデーションが美しい「呂」のお椀

津軽塗の定番といってもよい模様だが、それぞれの工房が最も美しいと思うバランスを追求しているため、工房の個性が発揮される商品でもある。

【弁当箱】唐塗 貝蒔 黒・赤々

 

日常使いにピッタリなお弁当箱は、金属粉を使った煌びやかな模様が特徴。唐塗の「彩色」の工程の際に「梨地粉」と言われる平らな金属粉を一定間隔でまいている。そのため、キラキラと輝く花火のような模様が規則的に並んでいるのがおもしろい。

中はコンパクトに収納できる二段式で、20~30代の若い人も使いやすい。もちろん、家族や目上の方などへの贈物にも最適だ。本体はプラスチック素材のため、津軽塗加工が施された上蓋を外せば、電子レンジや食洗器で使えるのもポイントが高い。

本体はプラスチック素材なので、レンジや食洗器でも使える

【カトラリー6本セット】星海 透緑・透赤

ロングセラー商品のカトラリーは、和食器にはない洋風な雰囲気を纏わせるため、既存の唐塗にひと手間加えている。4年ほど前に開発・製品化されたものだが、お祝い品としての人気が高い一品だ。

やさしい透け感と艶感が洋風なカトラリーとマッチ

ここまでの製品と比べて、表面の漆が半透明になっており、やや透け感がある。その秘密は細かい螺鈿を使用するほかに、工程の終盤で純銀の粉を薄く撒きつけ、その上に透明感のある赤や緑の漆を重ねているからだ。この純銀の層が、最後に塗ったやや透明な漆の発色を抑え、絶妙なグラデーションとなりキラっと見えるのだ。

他にもいろいろ。津軽塗の伝統技術 ~「七々子塗」「塗分」~

「唐塗」以外の技法についても紹介しよう。こちらは「七々子塗」と呼ばれる技法で、小さな輪紋のみというシンプルかつ上品なデザイン。菜の花の種(菜種)を使って器全体に隈なく輪紋を浮き上がらせる技法だ。

その工程は独特で、まず漆を塗って塗厚を作ったところで、全体に菜種を蒔く。すると、表面張力が働き、次第に漆が菜種のまわりに昇ってくる。数日置いて漆が固まったら、輪を壊さないように気を付けながら菜種を剥いでいく。すると、クレーター状の凹凸が現れてくる。

菜種を剥ぐ
すると、菜種の周りに表面張力で盛り上がった漆の輪が

クレーター状の凹凸ができたら、その上に違う色の漆を数回塗り重ねる。そして漆が乾いた後に、「唐塗」と同じように研ぎ出すと「七々子塗」特有の輪紋が現れる。この時に、少しでも研ぎすぎると、輪が切れたり、無くなってしまうので要注意だ。小さな菜種を使った「七々子塗」は、基本の「唐塗」よりもはるかに繊細で、熟練の職人技が要求される技法だ。

「七々子塗」のお椀の表面。均一にならんだ輪紋が美しい

このほかにも、光沢のある漆黒と、光沢のないマットブラックのツートーンで構成する「紋紗塗」、「七々子塗」をベースに図柄を幾重も組み合わせた「錦塗」という技法などがある。

「紋紗塗」
「錦塗」

そして、これら4つの技法を合わせたのが「塗分(ぬりわけ)」だ。言葉の通り、ひとつの商品に津軽塗の技法を複数散りばめたもので、これもまた、高い技術力が必要となる。

異なる工程の技法をひとつずつ手掛けていくため、通常よりも手間と時間がかかる。さらに、さまざまな技法を施した面を、研ぎ出すときにすべて同じ高さに仕上げないとならないため、一つの技法で仕上げるよりも緻密な計算が重要となるのだ。

完成品は、技法の配置や彩色などのデザインも重要。長い時間をかけて培ってきた経験と技術と感性があってこそ出来上がる。まさに芸術作品と言っても過言ではないだろう。

「塗分」の盆と汁椀
「塗分」の作業風景。高い技術とセンスが必要なため、「塗分」を施せる職人は少ない

皇室献上のために開発された「ロイヤルブルー」

赤や黒のイメージが強い漆器だが、ある目的のために開発された特別な色がある。それが深い海のような色あいの「ロイヤルブルー」だ。

ロイヤルブルーは、約30年前に皇室献上のために開発された特別な色。津軽塗業界の組合が共同で開発に当たった。しかし、年数が経って、ロイヤルブルーを扱う工房は減りつつあるという。

「津軽塗たなか」で販売しているのは、箸、箸置、汁椀、ボールペンなど。このシリーズでは、濃淡の違う3色の青が厳密に定められた工程で塗り重ねられている。

仕掛けに使われているのはなんと「新聞紙」。新聞紙の皺の寄せ方によってデザインが変わり、一つひとつ違った表情が楽しめるようになっている。ロイヤルの名に相応しい美しさを放ち、30年が経った今でも「新しい津軽塗」として人気を確立しているのも、うなずけるだろう。

「ロイヤルブルー」シリーズの制作風景。丸めた新聞紙をつかって「仕掛け」を行い模様を作っていく

新感覚! 津軽塗たなかオリジナル「さわるツガルヌリ」

昔ながらの伝統を重んじながらも進化を続ける「津軽塗たなか」の津軽塗。なかでも新境地を開いた最新の商品が「さわるツガルヌリ」シリーズだ。新型コロナウイルス感染拡大により、日本全国で人流が止まり、多くの企業が営業をストップせざるをえなくなった。そんな中、ストックしていたアイデアの実現化に踏み切ったことで「さわるツガルヌリ」が誕生した。

【さわるツガルヌリ タンブラー】全5色

シリーズの大きな特徴は、唐塗を施す際の仕掛けでできる漆の凸凹を、実際にさわって楽しめること。また、通常の漆塗では表現できないデザインを実現している点だ。凹凸が手に馴染みやすく、すべりにくいという実用性も兼ね備えている。

さらに、透明なガラスに加飾しているので、水などを入れると、光の屈折で奥の模様が拡大され、万華鏡のような変化が楽しめる。さわるツガルヌリのタンブラーは、中に入れる飲み物の色によっても、印象がグッと変わる。

【さわるツガルヌリ スプレーボトル】全5色

スプレーボトルは、化粧水や香水などの持ち運びはもちろん、手指消毒用アルコールを携帯するのにも最適。感染予防対策やエチケットとして、おしゃれなマイ消毒スプレーを持ち歩きたいという人にオススメである。

漆の凸凹は、何とも言えない独特な手触りがある。また、透明なガラスとの相性もよく、明るくて爽やかな雰囲気に仕上がるのも今風といえる。これまでの漆器のイメージが覆ってしまう人も多いだろう。

「さわるツガルヌリ」の表面

そして、購入しやすい価格帯というのも同シリーズの魅力だろう。初めから安価な商品を作り出そうとしたわけではないが、結果的に、研ぎ出す工程がないから低価格の商品となった。高価なイメージのある漆塗だが、タンブラーは1,980円(税込)、スプレーボトルは1,320円(税込)といずれも手に取りやすい価格で販売されている。

●千変万化の新製品「ゆいぬり」

最後は、「さわるツガルヌリ」のプレミアム版として、今年の6月に発売された新製品「ゆいぬり」を紹介したい。これは、商品の保護やノウハウの蓄積の観点から、津軽塗の新商品を知的財産として残したいという考えから生まれたシリーズだ。

新発売となるタンブラーとぐい呑みは、ともに東京のプロダクトデザイナーなどの協力を得て完成させたもの。「さわるツガルヌリ」シリーズの性質を残しつつ、高いデザイン性を持ち、ギフトにも向いた商品である。

【ゆいぬり タンブラー】結 赤(むすび あか)
【ゆいぬり タンブラー】彩(いろどり)

ガラスは、従来の「さわるツガルヌリ」シリーズよりも質の高いものを使用。水を入れると、手前と奥の模様の見え方が変化する。いつもの食卓に明るさと色どりを加え、食事をワンランクに引き上げる魅力がある。

「ゆいぬり」タンブラーに水を入れて

ぐい吞みは、見る角度によってデザインが変化するなんとも不思議な一品。底全面に漆が塗ってあるこちらは、斜めから見るのと、真上から見るのとでは、全く異なるデザインに。タンブラー同様、食卓をより華やかにする存在感を持っており、贈り物にも最適だ。

【ゆいぬり ぐい吞み】上塗 赤・黒
見る角度でデザインが変わる

底面に漆の塗膜がなく仕掛のみのぐい吞みは、横から見るととてもシンプルなデザイン。しかし、斜め上、真上から見ると表情は一変。万華鏡のようにデザインが変化する。

【ゆいぬり ぐい吞み】仕掛 赤・黒

新たな形で引き継がれる伝統工芸「津軽塗」

技術者の高齢化や後継者不足などの複数の問題を抱え、少しずつ縮小を続けていた漆業界は、新型コロナウイルス感染拡大により、それが一気に加速した。あれから2年余りが経過し、徐々に平常時を取り戻そうとしているが、相変わらず伝統工芸「津軽塗」をめぐる状況は厳しい。

そんな中で、「津軽塗たなか」は、創業者が掲げた「その時代の暮らしにあった商品を作る」という精神のもと、新商品開発に力を注いでいる。江戸時代に、津軽塗を生み出した先人たちへ敬意を払いながら、時代に合った形で伝統を伝え続けようとしているのだ。
 

「津軽塗たなか」
1947年創業の津軽塗の老舗。 製造から販売までをワンストップで手掛けている。伝統と高い技術に裏付けされた商品には定評があり、現代のニーズに合った、品質と実用性の高い津軽塗商品を生み出している。 Webサイト:https://tanaka-meisan.jp/
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