本格的な「紬(つむぎ)」に興味はあるけれど、高価な着物や帯に手を出すのは勇気がいる。そんな人に知ってほしいのが、昔から綿織物がさかんな遠州の地で作られる遠州綿紬の小物たち。ファブリックや身の回り品の数々は、紬本来の手触りを伝えながらもカジュアルで使いやすく、デザインも日常に取り入れやすいものが揃っている。今回は「ぬくもり工房」が作る綿織物・遠州綿紬の魅力に迫ってみたい。
2021年4月1日
●取材・構成・文:編集部 ●撮影:下山剛志[ALFA STUDIO]
紬(つむぎ)ってなあに?
まずは紬とは何かについておさらいしておこう。紬とは繭玉や綿花からより合わせるように引き出した糸を使って織られた織物のこと。機械化が進んだ今でこそ均一な糸が作られるようになったが、手作業で紡いでいた頃の糸にはごつごつとした凹凸がある。この糸の節感を活かして作られたのが紬である。
中でも遠州綿紬は経糸(よこいと)の色の違いを利用した縞模様が特徴的で、「遠州縞」という言葉が生まれたほどだ。もともと農家の副業や冬支度として発展してきたものが、トヨタやスズキの開発した織機(しょっき)により機械化に成功。遠州綿紬や遠州織物という地域ブランドとして広まっていった。
しかし、昭和中期から海外の安価な生地が市場に広まる中で、伝統的な織物は急激に衰退していく。そんな中、「ぬくもり工房」では“日本の縞”を表現した雑貨ブランド「つむぐ」を発信。着物だけでなく、ハンカチやスリッパ、扇子、ふろしき、バッグなど誰もが使うような雑貨類を中心に全国に向けて展開している。
遠州綿紬のある暮らし
「ぬくもり工房」の製品は、伝統的な織物であると同時に日常に取り入れやすいアイテムが多い。色柄も豊富でお土産にも最適。価格帯も500円~4,000円と手に取りやすいものが揃っている。
バラエティーに富んだ縞柄は見ているだけでも楽しくなってくる。このような魅力的な模様はなぜ生まれてきたのだろうか。その理由の一つに、江戸中期にまでさかのぼる遠州綿紬の歴史にある。伝統工芸品は、名家や大名といった権力者の庇護のもと発展してきたものが多いが、遠州綿紬は農家の副業として手工業で引き継がれてきたのだ。
今でこそ特徴的と見える遠州縞も、これと決まったシンボリックな色柄があるわけではなく、それぞれの家庭で余った糸を活用しながら自由につくられた縞模様がはじまり。だからこそ無数の縞柄が生まれ、それが遠州縞、ひいては遠州綿紬の魅力にもなっている。
現代の遠州綿紬には色鮮やかな糸染めも加わり、メガネケースやハンカチ、扇子、スリッパ、ふろしき、バッグなど、身近な小物にも見事にマッチしている。
遠州綿紬はもともと、真夏以外の3シーズンをすべてカバーできるといわれる布地だ。生地の厚みもちょうどよく、シャツやスカートに仕立てても着心地がいい。
ぬくもり工房の遠州綿紬は、使えば使うほど柔らかく、優しい風合いになっていくという。「使い続けた時の風合いや使い心地は、長く使っていただいているお客様の声からも間違いないと思います」と代表の大高氏。量産化の時代に普及した安価な化学染料などは一切使われていないので、色落ちを気にせず長く愛用することができる。
さらにあの憧れの「星野リゾート」でも。煎茶と遠州綿紬をコンセプトにした温泉旅館「星野リゾート 界 遠州」では、全部屋・全館にわたってぬくもり工房がプロデュースした遠州綿紬が採用されており、どこへ行っても遠州綿紬の魅力に触れられるようになっている。
伝統工芸の技が支える「ぬくもり工房」の確かな品質
カジュアルに見えるぬくもり工房の製品だが、伝統工芸品としての確かなこだわりのもとに作られている。製造の裏側を少し覗いてみよう。
●「シャトル織機」へのこだわり
ぬくもり工房の遠州綿紬を織るにの使われているのは、明治時代、トヨタグループの創始者である豊田佐吉 翁が発明したという「シャトル織機」。シャトル織機は空気を含みながら経糸緯糸(たていとよこいと)が織り込まれていくので自然な余白が生まれ、それが洋服になった時の着心地の良さ、風合いにつながっていく。機を織っているのは祖父の代から取引のある地元の織屋たちだ。
最新のエアジェット織機を使えば大量の布を織ることも可能だが、シャトル織機のような風合いを出すことはできない。ぬくもり工房では昔ながらのこの機織り機に強いこだわりを持っている。
「遠州縞」のデザインは、ぬくもり工房が一手に担う。藍のイメージが強かった遠州綿紬に華やかな色を取り入れ、縞模様は過去の膨大な織物から良いところを抽出して取り入れていった。大高氏の祖父は浜松で織物問屋を創業した人物で、当時は700~800件の機屋と付き合いがあったというから、さぞかし千差万別な織物が飛び交っていたことだろう。大高氏の目も肥えているはずだ。
糸の染めに使われているのは、鮮やかな色からくすんだ色まであらゆる色を得ることができる反応染料。藍染めや草木染めといった天然の染料には独自の魅力があるが、色落ち、色移りなど問題点も多い。ぬくもり工房では、百貨店などを通して全国展開をする上で、使いやすく色の再現性にも優れたこの染料を採用した。消費者目線で考えた時、安心安全に使えるのが一番だと大高氏は語る。
●ストーリーのあるモノづくりを
ぬくもり工房の製品たちには、それぞれ独自のストーリーがある。浜松に居を構える扇子職人との出会いから遠州綿紬を使った扇子が誕生した。浜松発のトートバッグ専門ブランド「ROOTOTE」とのコラボレーションからは、軽くて持ち運びやすい遠州綿紬のトートバッグが生まれている。
メガネケースも浜松の会社との出会いがきっかけとなった。メガネというと鯖江(福井)のイメージが強いが、実はメガネケースやクリーナーなどメガネの付属品製造で日本一の生産量を誇る会社が浜松にあるのだとか。一つ一つの製品を見ていくと、浜松という製造の街、工業の街がモノづくりを支えていることがよくわかる。
ちなみに、ぬくもり工房本店も地元の天竜杉を使用して建てられた。美しい無垢材が遠州綿紬の鮮やかな縞模様をより一層引き立てている。
代表の大高氏自身が、それぞれの生産背景に思いを寄せる人物であることも確かだが、作り手の思いがこもったストーリーのある製品だけが生き残ってきたというのも事実だ。ぬくもり工房としても、「そうでなければうちの製品を選ぶ意味がない」という。
「ぬくもり工房」のこれから
ぬくもり工房は静岡県内を中心に複数の百貨店への進出を果たし、5年前には遠鉄百貨店に直営店もオープンした。海外からの需要も高く、フランス、オーストラリア、シンガポール、台湾などからも引き合いがある。
しかしコロナ禍で大きく変わった世の中で、大高氏は、ぬくもり工房が浜松の地にあり、浜松を中心にモノづくりをする大切さを再認識したという。ただモノを売るのではなく、どうやったら遠州綿紬を自然に手に取ってもらい、愛してもらえるのか。地元の産業や文化財、観光資源も全部ひっくるめての新たな取り組みに目を向けている。
「例えば、工場見学をして、遠州綿紬の歴史などを知ることができる博物館では知識欲を満たし、ふと入ったカフェでは遠州綿紬をはじめとする地元産業の価値に触れられて……。」
よりディープな遠州綿紬の世界観が浜松から発信される日は近いのかもしれない。
「ぬくもり工房」
https://nukumorikoubou.com/
代表取締役 大高旭 氏。祖父の代から続く織物問屋から、2006年の4月に独立し「有限会社ぬくもり工房」を設立、遠州綿紬を使ったオリジナル雑貨ブランド「つむぐ」を立ち上げる。浜松の本店、遠州百貨店内の直営店をはじめ、県内に複数のアンテナショップを構える。
2021.04.01 Thu